今すぐ知らなくても良い
季節は4月の陽気に眠気を誘われながら入学式の説明を栄羽は大学で使われる大きな講堂で、ケンタウロスのブレンと同じく騎士を目指そうとするケンタウロスの学生たちが規律正しく整列をしていた。ここからでもブレンの勇ましい姿を拝見できるが配られた教科書は思っていた以上の3倍の厚みで構成されていた。
これからの1年間で勉学をしながらアイツと過ごすことになるとは骨が折れそうだと怠い感じになるも表紙に描かれているケンタウロスの絵を見てやってみようと意気込む。
「では教科書を配り終えて早速ですが授業を始めるよ。4ページを開いて」
「これから暮らす部屋についてか…」
入学式を終えるとキャレス教官に連れられ案内されたのは、自分とブレンが暮らす1人と1頭のワンルーム。およそ15畳くらいの広々としたオシャレで清潔感のある部屋。
セミダブルベッドが2つほど揃えているが1つは普通に敷布団が、もう1つには藁を束ねて形を整えたベッドが用意されていた。ケンタウロスは馬の特性を引き継いでおり綺麗好きでリラックスできる空間が欲しいとのこと。
横長の収納タンスは大きく上にも落ち着くためのお香や紅茶を入れるガラスの急須にフレーバー一式が取り揃えている。これからファンタジーの世界で生活するのにチート能力とかの話ではなく、昔の騎士が中世ヨーロッパの時代に突入したかのような世界観で栄羽はブレンと過ごすのだと思うとあの性格を受け入れないと難しいと顔を曇らせる。
「ここには最低限の支給物があるが要望書提出で必要な物を注文してみると良い」
「例えば塩分補給のタブレット錠剤とかは?」
「お菓子の類ではあるが夏や水分補給、疲れを癒すケンタウロスと君の両方が喜ぶ物が良いだろう」
「アイツとはまだ知り合ったばかりだ。今後聞いておかねば」
「今すぐにでも知らなければいけないわけじゃないだろ?これでも読んで知っておけばいい」
手渡されたのは教科書と同じく分厚いケンタウロスの歴史書。
彼らの行動や弱点などが書かれており騎蹄士として学ぶことが多く相手方の種族を知るためにも栄羽はブレンが来るまでの間に読み進めていた。
蒼白の目と黒髪の長髪で視力も人間の約4倍は見える。
さらには馬の視力と聴力も良いため半径5㎞の音は拾い集めて、状況判断も早い。弱点として退避が難しいため奇襲や罠などの回避が出来ないため騎士部隊の前衛を弓部隊の中衛と後衛の回復士が様子見で判断する群れの特性を生かした連係プレーがセオリー通りだ。
「一部の者は多少の魔法を使えるが殆どのケンタウロスは魔力耐性が無いため騎蹄士という職業が作られたという。まず必要なことはファンタジー世界とはゲームや参考書よりも軽いものであること」
その意味しているのはまずブレンが着用する鎧だ。
ファンタジー世界で描かれる騎士は銀色で統一されて長剣を携えて勇ましく戦場で戦う姿で有名だが、実際はそんなに重くはない。ただでさえ重量級のケンタウロスに重たい鎧を着ること自体が機動力を奪ってしまうため、現在使われているのは合金で強度も良く軽いのを使われている。剣を納める鞘も無く、使い終えると魔法で出し入れが可能になるため自分が思っている以上にファンタジー世界は現実的に利便性が良くなりつつある。
「ファンタジー世界ってあんまり現実と変わらないものなんだな」
「貴様の言う通りファンタジー世界は東京という現実世界と同じように利便性が良くなっている」
「ブレン。もう入学式は終わったの?」
「ああ、とっくにな。その本はキャレス教官からか?」
ベットの背に凭れて本を読んでいる栄羽に近寄り内容を読もうとすると後ろを気にしながら足を畳んでゆっくりと座る仕草を不思議そうに見る。
「ケンタウロスは後ろを気にしながら座るんだね」
「この行為は馬が座る時にやるんだが耳ではわかっていてもその目で確かめないと判断が付かないことがある。本に書いてあることは真実だが近距離ではかなり判断が遅れる」
頭で理解しても近接戦になると陣形が崩れるタイプだからケンタウロスの職業も分かれており、窓の外から見ても数百頭のケンタウロスが居ることに驚いたが、あれは組み分けをするために集められたのかと納得する栄羽であった。
「貴様に質問を説いてよいか? なぜ学園を出る時に笑ったのだ?」
「…ブレンに言われるうちに見返してやろうと思っただけだよ」
「そんな人間を見たのは初めてだ」
ブレンの問いに答えた後もケンタウロスのことが書かれた書物を読み漁る姿を彼は黙々と感心する。
無気力な顔から険しい表情へと変わる――