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9 助けてやろうか

 俺は焦って訊いた。


「助けたくても助けられないって、どういうことですか? 神様から遣わされたんでしょ。それって、助けになってやれってことじゃないんですか? あんまり意地悪すると神様にいいつけますよ、ぼけ」


「てめえ、やけくそか。図に乗んなよ。いっとくがな、おまえを助けちゃならねえってのは神の命令なんだぞ」


「嘘っ!」


 俺は思わず叫んでいた。


「嘘だね。神様がそんなこというはずないね」


「てめえ、時々調子にのるよな。つうか、しょっちゅうな。まあ、いい。てめえは馬鹿だから混乱してる。今回は大目にみてやるよ。で、だ。今もいったが、嘘じゃねえよ。神は俺に命じたんだ。手出しはならないってな。だから俺にできるのは助言くらいだ」


「そんな」


 俺は絶望に喘いだ。頼ることができるのはガガしかいなかったからだ。もしガガが手を貸してくれないなら、もうどうすることもできなくなる。


 縋る思いで、俺は懇願してみた。


「少しくらい力を貸してくれてもいいでしょ。それくらいなら神様も見逃してくれるんじゃないでしょうか?」


「神はそんなに甘く見るねえよ。ほんの小さなミスも神は見逃さないねえ。かわりにほんの小さな善行も見逃さないけどな」


 俺の手違いは見逃したけどな。俺は胸の中で毒づいた。


 その俺の心中の独語に気づいたかのようにガガは続けた。


「まあ、おまえのことは例外だがな。例外ってのは、どこにでも誰にでもあるもんさ。ともかく俺には手出しできねえ。しちまうと消滅させられちまうからな」


「消滅……」


 さすがな俺は絶句した。消滅などと聞いたら、もう何もいえない。


「だったら、俺はもうおしまいなんですか?」


「というわけでもねえんだな」


 ガガはニヤリとした。


「人間の治癒方法はゾンビーには当てはまらねえ。が、ゾンビーにはゾンビーの治癒方法がある」


「ゾンビーの治癒方法?」


 俺の脳裏にゾンビーに関するドラマや映画の情報がよぎった。ゾンビーの傷が治癒する場面などない。


「そうだ。ゾンビーの治癒方法。それは死霊魔術だ」


「死霊……魔術」


 俺は舌の上でその言葉を転がしてみた。


 聞き慣れない言葉だ。俺が生きていた頃はアニメや漫画、小説に魔法があふれていた。スマホみたいに誰もが簡単に操っていたのだ。古代魔法とか精霊魔法とか。でも死霊魔術という言葉には馴染みがなかった。


「死霊魔術って何ですか?」


「文字どおり死霊を扱う魔術だよ。その魔術の中には再生があるんだ」


「再生!」


 すごい言葉が来た! 俺の胸に熱い希望の炎がともる。


「その死霊魔術をつかえば俺の身体は治るんですか?」


「ああ、多分な」


「だったらやっちゃってください!」


 俺はお願いした。


「はあん?」


 ガガは眉をしかめた。


「やっちゃってくださいって……どういうことだよ?」


「どういうことって……死神でしょ? だったら死霊魔術を使えるんでしょ? もったいぶらずにちゃちゃっと死霊魔術使って俺を治してくださいよ」


 俺はガガを急かせた。するとガガはしぶい顔をした。


「おまえ、相変わらず俺のいったこと覚えてねえのな。いったろ。俺は手出しできねえって」


「ええっ!」


 俺は思いっきり不満の声をもらしてやった。


「だったら、どうして死霊魔術のことなんかいうんだよ? 希望もたせやがって。ここには俺とあんたしかいないだぞ。あんたがやってくれないんなら、いったい誰が俺を治してくれるんだよ?」


「おまえだよ」


 挑むような、嘲弄するような目でガガが俺を見た。


「おまえって……ええっ、お、俺!」


 俺は素っ頓狂な声をはりあげた。ガガは何を言い出すのかと思ったのだ。


「無理無理無理無理無理!」


 俺ははっきりと否定した。


「俺はただのゾンビーですよ。ゾンビーに魔術なんか使えるはずがないじゃないですか」


「使えるんだよ、それが。アンデッドには──ゾンビーにはそもそも死霊魔術の素養があるんだ」


「ゾンビーに死霊魔術の素養が……いやいやいやいや」


 俺はもう一度否定した。魔術を使うゾンビーなんか見たことなかったからだ。フィクションの怪物はたくさんいるが、ゾンビーは最も肉弾戦に特化した存在である。


「ゾンビーに魔術の素養なんかあるはずないじゃないですか。もしあるんだったら、どうしてゾンビーは魔術を使わないんですか?」


 俺は問うた。するとガガはコツコツとこめかみを指で叩いて見せた。


「魔術を使うには、ここがいるんだよ。それから」


 ガガは次いで胸を親指でつついた。


「ここがな。けれどゾンビーには意識がねえ。それじゃあ魔術は使えねえんだよ。ってか使おうと思わねえだろ。だからゾンビーは魔術を使わねえんだ。使えねえんじゃなくて、使わないんだ」


「ははあ」


 俺はなんとなくだが納得した。ゾンビーが魔術を使わない理屈を。


「じゃあ意識のある俺は死霊魔術を使えるんですか? 意識があるから使えるってことですよね?」


「ああ。そういうことになるな。一応」


「一応?」


 俺は眉をしかめてみせた。なんだか煮え切らない。


「一応ってどういうことですか?」


「一応は一応だよ。俺は魔術の素養があるっていったんだ。素養は素養。すぐに魔術が使えるってわけじゃねえ。おまえ、死霊魔術なんて知らねえだろ」


「あっ」


 はっとして俺は声をもらした。確かにガガのいうとおりだ。俺は死霊魔術なんて知らない。


「そうか……。確かに死霊魔術なんて知らない。じゃあガガさん。あなたが死霊魔術を使ってくださいよ。死神っつうくらいだから死霊魔術の一つや二つ使えるんでしょ。さあ、早く。もったいぶらずに」


「誰がもったいぶらずに、だ。もったいぶってなんぞいるかよ、ばーか。いったろ、俺は直接手出しできねえって。何度いったらわかるんだよ、おまえは。馬鹿か」


「おまえよりましじゃ」


 俺はぼそっとつぶやいてやった。するとガガは目をすがめた。


「てめえ、またなんかいいやがったな」


「なにもいってません。で……俺はどうすればいいんですか? 誰かが死霊魔術を使って治してくれるのを、ここでずっと待ってなくちゃならないんですか?」


 俺はため息混じりの声で訊いた。ほとんど絶望して。


 迷宮の中。こんな崖の下に死霊魔術を使うことのできる者がやってくるとは思えなかった。


 もしかすると永遠に俺はここで横たわったままになるかもしれなかった。なまじゾンビーなだけに朽ちることもなく。


「あっ」


 あることを俺は思いついた。で、だめもとで訊いてみた。


「死神さんは死霊魔術を知ってるんですよね。で、俺を助けるのはだめとして、俺に教えるのはどうなんですか?」


「だめだな」


 あっさりと死神は否定した。俺には出せる声もない。


 もう、どうしようもなかった。あとは死霊魔術を使うことのできる何者かが偶然ここを訪れてきてくれるのを待つしかなかった。


 俺は悲嘆した。こうなってみれば不老不死の身が恨めしい。死ぬこともできず、こんなところで倒れたままでいるしかないのだから。


 それは、おそらくは地獄だろう。身動き一つできないまま意識だけがあるなんて。


 その時だ。声がした。


「助けてやろうかぁ」

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