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34 力比べ

「な、なんだ?」


 俺はおそるおそる聞いてみた。


 嫌な予感が増大する。クィチュセアがニヤニヤしているのが気にさわった。


「おまえ、弱そうにみえるくせにやるな。面白え。勝負しようぜ」


「し、勝負!?」


 反射的に俺は身構えた。勝負とはただごとではない。命のやり取りになるかもしれなかった。


 まずい。俺は胸の内で叫んだ。


 ドワーフの国見物のつもりだった。それなのにドワーフと戦うことになるとは。とんでもない面倒事に巻き込まれてしまった。


 思えば最初からけちがついていた。あのごろつきどもにからまれた時から。


 そんな俺の当惑も知らぬげにクィチュセアはニカッと笑っている。ずいぶんと嬉しそうだ。


「そうだ。勝負だ」


 そういってクィチュセアは両腕を突き出した。


「どっちが強いか、勝負だ。押し倒した方がかちだぜ」


「あ、ああ」


 俺は胸をなでおろした。どうやら命のやり取りはしなくてよさそうである。


「こいよ」


 クィチュセアが促した。仕方なく俺はうなずいた。


「わ、わかった」


 くすくすと笑うガガの声が聞こえてきた。むかついたが無視して俺はクィチュセアに歩み寄っていった。


「さあ、やろうぜ」


 クィチュセアが手をのばしてきた。見下ろし俺は多少ためらった。


 クィチュセアはドワーフらしく小柄で、少女のような外見だ。それと力較べするなんて大人気ないような気がしたのだ。


「なにしてんだ。早くしろ」


「あ、ああ」


 急かされ、仕方なく俺はクィチュセアの手をつかみ、組み合った。


「いくぜ」


 クィチュセアが力を込めてきた。応じるように俺も力を込め──。

 俺は顔色を変えたに違いない。ものすごい力が俺の手に加わってきたからだ。とても女性のものとは思えない。


「くっ」


 俺は唸った。たえきれなくなってきたからだ。


「どうだ。俺の力は?」


 勝ち誇ったようにクィチュセアがニンマリした。


 さすがに力試しを挑んできただけはある。俺はたまらずがくりと膝を折った。


「まいったかよ?」


 クィチュセアの笑みが深くなった。


 うなずけば終わる。それはわかっているが、妙に俺は意地をはってしまった。まだだ、とこたえる。


「へっ、ねばるじゃないか」


 さらにクィチュセアが力を込めてきた。たまらず俺は膝を地につけてしまった。


「あーあ、女にやられちまうとはな。かっこわりい」

 嘲るガガの声。それが俺の魂に火をつけた。


 俺はあらためて腕に力を込めた。バグベアの力を。


 ぐう、と俺はゆっくりとだが立ち上がっていった。クィチュセアの力をおしのけて。


「な、なにっ」


 クィチュセアがうめいた。異常な俺の力を感じ取ったのだろう。


 それは周囲で見ていた者も同じだった。信じられないものを目の当たりにしているかのように目を見開いている。


 やがて俺は完全に立ち上がった。今度は俺がクィチュセアをおさえこむ。


 いくら力を誇るクィチュセアであってもどうすることもできない。ドワーフの力ではバグベアにかなわないのだ。


「どうだ?」


「ま、まだだ」


 クィチュセアの可愛らしい顔がゆがんだ。


 俺はさらに力を込めた。今度はクィチュセアが膝をつく。


「どうだ?」


「ま、まいった」


 クィチュセアが叫んだ。


 ほっと息をつき、俺は力をぬいた。クィチュセアの手から俺のそれをはなす。


「これでもうかんばんしてくれるか?」


「ああ」


 うなずいたクィチュセアの顔に笑みがういた。さっぱりとした笑みだ。


「おまえ、強いな」


「いや、それほどでも」


 俺は謙遜した。まさかバグベアを喰らって得た力とはいえない。


 ともかく何とか事はおさめることはできたようだ。あとはさっさと逃げ出すだけである。


「じゃあ、俺はこれで」


 俺は背を返した。が、ぐいと肩をつかまれた。クィチュセアだ。


「まだいいじゃねえか。おまえ、気にいったぜ。俺、昼飯がまだなんだ。奢ってやるからつき合えよ」


「い、いや、俺は」


 逆らおうとしたが無駄だった。バグベアの力を使わなければクィチュセアの腕力に抗することはできない。


「さあ、いこうぜ」


 俺を引きずるようにしてクィチュセアが歩き出した。




 どうなってるんだ?


 髭面で小柄の男が首を傾げた。名をヴンガという。


 四十代ほどに見えるが、実際のところは違った。ドワーフであるからだ。エルフと同じく彼らもまた長命であった。


「騒がしくなってきやがったな」


 ヴンガはごちた。


 各国からの武器購入の依頼が最近増えてきたからだ。それも大量の。


 職人であるヴンガは世界の情勢などあまり興味はなかった。それでも不穏な空気が流れていることは感じ取れた。何か大きなことが世界におころうとしているのかもしれなかった。


「まあ、ともかく」


 武器が売れるのは良いことだ。商売が繁盛することは悪いことではないのだ。それが戦争に結びつくのは面倒なことではあるが。


 とはいえ、それは武器職人の宿命でもあった。武器は所詮戦う道具であるからだ。

 それはわかっている。そんなことよりも──。

 ともかく、今は目の前には重大な問題があった。

 材料。鋼だ。


 大量の注文を受けはしたものの、鉱石が足りない。それがなくては武器はつくれなかった。


 その時だ。勢いよくドアが開いた。


 飛び込んできたのは若い──若く見えるドワーフだ。名をスィロスという。


「ズオジガが大変だ!」


 血相を変えたスィロスが叫んだ。ズオジガというのはヴンガの息子であった。


「ズオジガが? どうしたんだ?」


 スィロスの様子に、さすごに顔色を変えてヴンガが問うた。今頃ズオジガはスィロスと一緒に材料探しをしているはずであったからだ。


「新しい鉱床らしきものが見つかった」


 スィロスがいった。


「本当か!」


 目を輝かせ、ヴンガは立ち上がった。上手くすれば大量の鉱石が手に入るかもしれない。


 が、すぐにヴンガの目から輝きが消えた。ズオジガのことを思い出したのだ。何があったというのか。


「本当だ。けれど」


 スィロスの顔がくもった。


「けれど? どうしたんだ? ズオジガに何があった?」


「怪物が出た」


「怪物?」


「ああ。俺とズオジガは鉱物の眠る洞穴を見つけた。それで調べていたんだが……怪物がいたんだ。オーガだ」


「オーガ!?」


 ヴンガの顔色が変わった。

 オーガは角をもつ巨躯の怪物だ。隆々たる筋肉の持ち主で、恐るべき力を発揮する。一対一ではドワーフでもかなわない。


「まさか高位のオーガか?」


 震える声でヴンガは確認した。


 もしオーガが高位の存在なら大変だ。彼らは知能が高く、戦闘力も高い。ドワーフならば隊を組まなければ太刀打ちできないだろう。


「いいや、下位だと思う」


「──そうか」


 ヴンガは胸をなでおろした。


 たとえ中位といえどもオーガは恐るべき大怪物である。簡単には討伐できなかった。


 が、下位ならばなんとかなる。彼らは知能も戦闘力も高位のそれと比べて低いからだ。それでも数人のドワーフが必要となるが。


「それでズオジガはどうなった?」


「咄嗟に洞窟の奥に逃げた。オーガは何匹もいたんだ」


「なにっ」


 ヴンガは息をひいた。


 下位オーガといえども数体もなるとただごとではない。急がなければズオジガの命はないだろう。


「奥だと?」


「ああ」


 その洞穴に鉱石はない。と、思われていた。

 が、念の為にスィロスたちは奥を探ってみたという。すると洞穴の奥が崩れたらしい。


「さらに洞穴が続いていたんだ」


「それで奥を調べたのか?」


「そうだ。するとオーガが現れたんだ。咄嗟に俺たちは隠れた。けれどすぐに見つかってしまった。俺は外にむかって逃げた。ズオジガは奥にむかって逃げた。オーガどもはズオジガを追いかけていったんだ」


「そうか」


 ヴンガは奥の倉庫にむかって駆けていった。中にはおさめるはずの武器が保管されている。その中から手頃な盾と戦斧をヴンガは選んだ。


「ど、どうするつもりなんだ、ヴンガ?」


「ズオジガを助けにいく」


 スィロスの問いにしっかりとヴンガはこたえた。


 ヴンガは職人であると同時に戦士でもあった。それも手練の戦士だ。戦うことには慣れていた。


「無理だ」


 慌ててスィロスがとめた。


「あんたが強いことは知っている。けれど一人じゃ無理だよ。助けを待った方がいい」


「それじゃあ間にあわん」


 ヴンガは鋭い目をスィロスにむけた。すでに戦士の目になっている。


「おまえは助けを呼んできてくれ。わかったな」


「あ、ああ」


 がくがくとスィロスはうなずいた。


 そのスィロスから洞穴の場所を聞き出し、ヴンガは外に飛び出した。石畳の街路をひたすら疾駆する。息子を助けるために。

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