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33 クィチュセア

 レザスドス。ドワーフの王国である。


 建国王はドリン・ヴェルフ。千二百年の歴史のある国だ。


 頑強な戦士の国。のみならず卓越した技術を誇る国としても知られている。


 現在の王はウオレヴィ・ルキヤノフ。エルフと並んで長命なドワーフらしく、四代目である。勇猛な賢王として名高い。


 この地には多くの者──人だけでなく、エルフなどの様々な異種族が訪れる。ドワーフが造り出す高品質の道具を求めてのことだ。世界で使われている武器のほとんどはここで生産されているといってよかった。


 さらに、この国を特徴づけることがある。完全中立的であることだ。

 世界中に武器を売っているのだから仕方ない。また各国間もその関係からこの国を侵すことはなかった。

 故にレザスドスはどの国よりも平和であった。武器製造国家がどこよりも平和であるとはなんとも皮肉なことではあるのだが。


「あれがドワーフか」


 俺は前方に目をむけた。


 開いた大きな鉄扉がある。前に数人の小柄の人影が見えた。


 身長は子供よりやや大きいくらいだろうか。がっしりした体格の持ち主だ。


 そして豊かな髭をたくわえている。映画やアニメで見たとおりだ。いや──。


 一人、髭のないドワーフがいる。なんか顔が可愛い。


「女のドワーフだ」


 面白くもなさそうなガガの声。無論、俺以外には聞こえない。


「お、女!?」


 驚いて、俺は目をぱちくりさせた。改めて髭のないドワーフを見つめる。


 そう思って見てみると、確かに女の顔だ。ややつり上がった目といい、薄紅色の唇といい、野性味を帯びた美少女である。


 さらに胸元。鎧に隠されてはいるが、確かに膨らみのようなものが見受けられる。かなりの巨乳のようだ。


「……女なんているんですね」


 感心して俺は唸った。


 するとガガがふんと鼻を鳴らした。つまらなそうにいう。


「当たり前だろ、馬鹿が。男だけだったらどうやって子供をつくるんだよ。もしそうなら、とっくにドワーフは滅びてるだろうが」


「ははあ、確かにそうですね」


 さらに俺は感心した。ガガのいうとおりである。


 考えてみればおかしなことだ。どうしてドワーフに女はいないと思っていたんだろうか。


「おい」


「うん?」


 突然声をかけられ、俺は我に返った。そして声の主を見た。さっき見た女のドワーフだった。


「えっ……あ、あの……何か?」


 しどろもどろになって俺は訊いた。もしかすると何か気づかれたのかもしれないと思ったのだ。


 すると女ドワーフは俺をぎろりと睨みつけてきた。


「何かと訊きたいのはこっちだ。さっきからじろじろと見やがって。何か文句でもあるのか」


「も、文句だなんて」


 俺は胸をなで下ろした。どうやらゾンビーめあることには気づかれなかったらしい。


「おまえ、ちょっと来い」


 女ドワーフが顎をしゃくった。なんか嫌な予感がする。


「あの……何か?」


「なんでもいいからこっちに来い」


「いや、あの……なんか気になるのものでもありましたか?」


「あるから呼んでんだ。こっちに来い」


「えっ」


 俺は他のドワーフに視線をむけた。全員、ニヤニヤしている。


 俺は首を傾げた。特に目をつけられるようなことはしていないはずだ。


 俺はちらりと頭上に目をやった。囁く声で問う。


「もしかしてばれたんですかね?」


「そんなことはねえだろ」


 あっけらかんとガガがこたえた。


 まあ、そうだろうな。俺もまた思った。


 なんらかの感知系の魔法でも使わない限り、俺がゾンビーだとは見抜かれないはずだ。


 ともかく俺は女ドワーフにむかって歩き出した。近くで見ると、思ったより幼い顔立ちをしている。


「あの……気になることって」


「うるせえな」


 眉間に皺を寄せると、女ドワーフが俺の全身を舐めるように視線を這わせだした。


「クィチュセア」


 男のドワーフの一人が声をかけた。女ドワーフの名はクィチュセアというらしい。


「何かおかしなところがあったか?」


「うーん」


 クィチュセアが首を傾げた。


「なんか感じたんだけどな。こいつ、怪しいって」


「あ、怪しいって……俺がですか?」


 俺はとぼけた。が、顔に浮かべた笑みは強ばっているはずだ。


「そうだよ。だから調べてるんだろ。黙ってろ」


 クィチュセアがじろりと俺を睨めつけてきた。


 ずいぶん口の悪い女だな。内心舌打ちしたが、顔には笑みを張りつけたままだ。


 その時だ。怒鳴る声がした。


「おい。何をぐずぐずしてやがんだ!」


 俺は慌てて振り向いた。


 門の前で並ぶ行列。その中ほどに男がいた。声の主だ。


 これは好機じゃないか。俺は思った。利用するしかない。


「なんだと、きさま!」


 クィチュセアから離れ、俺は男にむかって歩み寄っていった。女ドワーフの追求から逃れるために。


 くすくすという笑い声が聞こえた。ガガのやつだ。俺が面倒事に巻き込まれるのが楽しくてたまらないようだ。


 俺は心の手帳にこのことを書き込んだ。復讐帳だ。むかつくことが百までたまったらガガに恐ろしいことをしてやると俺は目論んでいる。


 ともかく今は男のことだ。こいつを利用してこの場から逃れなければならない。 


「若造。何か文句でもあるのか?」


 男が凄んだ。すると隣の男がせせら笑った。


「あるんだろうよ。のこのこ近寄ってきてるんだから」


 仲間がいやがる。


 俺は後悔し始めた。二人も相手するとは予想していなかったんだ。


 またくすくすとガガが笑っている。復讐帖に一つ追加だ。

   

「そうだよ。あるんだよ」


 俺はいった。そして二人の男を観察した。


 一人は通常の鎧に長剣といういでたちだ。もう一人は革鎧という軽装備。武装はダガーのようだ。


「何だと!」


 長剣の男が怒鳴った。見る間に二人の顔色が赤黒く染まっていく。


 一瞬で怒りの沸点にまで達したようだ。粗暴という言葉を絵に描いたような連中である。暴力が好きな、いかにも頭が悪そうな顔つきをしていた。


「若造が。なめやがって。ただじゃおかねえぞ!」


「ただじゃおかない?」


 ふん、と俺は鼻で笑ってやった。挑発するべく。


「おまえらみたいな雑魚がなにをぬかす」


「雑魚だと」


 空に銀光が散った。二人の男が抜剣したのだ。

 さすがに周囲の者達は俺達を遠巻きにするように離れ始めた。門衛のドワーフも動き始めたが、すぐに動きをとめた。クィチュセアがとめたからだ。


「面白そうだ。しばらく見物させてもらおうぜ」


 クィチュセアがいった。相変わらずむかつく女である。


 が、まあ、俺としては見物していてもらわないと困るのだが。どさくさに紛れてクィチュセアの取り調べから逃れようとたくらんでいるからだ。


 じゃあ、やるか。


 俺はゆっくりと前にでた。間合いをつめるという奴だ。


 無論、警戒している。人間と戦うのは初めてだったからだ。まあ、たいしたことのない連中のようだが。


「早く終わらせよう。かかってこい」


 かっこつけて俺は指をくいくいって動かし、誘ってやった。すると二人の顔がさらに赤黒くなった。


「やろう、もう許さねえ!」


「ぶっ殺してやるぜ!」


 軽装の男の手が光った。ダガーを放ったのだ。


 同時に長剣の男が斬り込んできた。ダガーは牽制だったんだ。


 普通人なら避けることはできなかったかもしれない。けれど俺にはゴブリンの敏捷性がある。


 かろうじてだがダガーを避けた。俺を掠めるようにダガーが疾り抜けていく。


 直後、長剣が唸りをあげて振り下ろされた。見事な連携だ。


「ぐあっ」

 長剣の男の口から呻きがもれた。長剣を振り下ろそうとした姿勢のまま後退る。


 長剣の男は苦しそうに腹を手でおさえていた。俺が魔弾をぶち込んでやったからだ。


 魔弾の威力は弱めてある。死ぬようなことはないだろう。


 野次馬たちがざわついた。何が起こったのかわからないからだ。俺の魔弾を見とめた者はいないようだ。


「やろう、何をしやがった?」


 俺を睨みつけると、長剣の男は血のまじった唾を吐いた。そのまま動かない。痛みで動けないんだろう。


「そこまでにしな」


 どすのきいた声が背後からした。長剣の男の顔が輝く。


 俺は振り向いた。長身で体格のいい男が立っている。どうやら二人の仲間らしい。


「俺の仲間を傷つけてくれたみたいだな。ただですむと思うなよ」


 男がいきなり殴りかかってきた。男の腕は女性の太股ほどもある。パンチ力は絶大だろう。


 俺はとっさに掌で俺の拳を受けとめた。ぱしいっ、と派手な乾いた音がした。


 受け止めこそすれ、殴り飛ばされる。誰もがそう思っただろう。


 が、事実はちがった。男の拳を掌で受けとめたまま、俺は微動もしなかったんだ。


「や、やろ」


 男の声が途切れた。俺が手に力を込めたからだ。


 男は豪腕そうだった。けれど俺の腕力はバグベアのそれだ。いかに鍛えていようとも人間が対抗できるはずがなかった。


 びきり、と嫌な音がした。俺の手の中で男の拳が砕けたのだ。


「ぎゃあ」


 男が悲鳴をあげた。よほど痛いのだろう。俺が手を放すと、苦痛でうずくまってしまった。


「く、くそ」


 呻く軽装の男の声が途切れた。顔を糸のようなものが覆っている。放射した俺の蜘蛛の糸だ。


 慌てて軽装の男が糸を顔から剥がそうとした。が、怪物すらとらえる大蜘蛛の糸がそう簡単に剥がせるはずもない。


 軽装の男の手が蜘蛛の糸に貼りついてしまった。しばらくはそのままだろう。


「もういいだろ」


 俺は三人の男を睨めつけた。周囲の野次馬たちは声もない。


 きっと俺が痛めつけられると決めてかかっていたのだろう。予想外の結果に呆然としていた。


「おまえ、やるじゃないか」


 感嘆したような声。クィチュセアだ。俺は目をむけた。


「さっきの女ドワーフか?」


「俺はクィチュセアだ」


「クィチュセアか。まあ、なんでもいい。ともかく、もう面倒はたくさんだ。通らせてもらうぞ」


 びくびくしながら、態度だけは居丈高に俺は告げた。黙って通してくれと願いながら。


「いいぜ」


 クィチュセアがニヤリとした。けれど、すぐに指をくいくいさせた。


「ちょっと来い」

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