「押入れだってよ」
「ほれ、食え。」
「おぉっ、もう出来たのかっ。」
腹が減ったというので、セラがドライヤーで白い髪を乾かしている間に飯の用意をしてやった。
つっても、レンチンしたパックご飯に、缶詰めのさんま蒲焼をそのままガバッと乗っけただけだが。
それをテーブルに置いてやると、セラはさっそく野良犬みたいに匂いを嗅ぎ始めた。
そして、俺は別にセラへの待遇が特別酷いとは思わない。
哀れに思って助けたとはいえ、お姫様扱いする気は毛頭ないからな。
この家では俺がルールだ、文句は言わせない。
だからわざと粗末な飯を出してやった。
のだが――。
「うぉぉお……!! うまいなぁ!! これは美味いなぁ!! もっちもっちでしっかりと甘みが凝縮されているぞ……。まずお米の炊き具合が抜群じゃないか!! そして舌に絡みつくほどまろやかな口当たりの濃厚タレに、骨まで味がギュッとしみ込んだ美味しい肉厚なお魚!! キミ、料理の才能が凄いとってもあるんじゃないか?!」
「いや、悪いけどそれ、パックご飯、あと缶詰めだ。」
「なに!? そうなのか!? 日夜こんな美味いものを食していたとは……。人間、パないっ!!」
「あぁ、まぁ、よかったな。それ、近所のスーパーで一個80円とかで売ってんぞ。」
さんま蒲焼を食べた途端、セラは興奮した様子で目を輝かせて、聞いてもいない食レポを始めた。
そしてどうやら、この缶詰めが大層お気に召したらしい。
もっとくれと言わんばかりに、空になったご飯パックに付着したタレをレロンレロンと舐め始めた。
コイツ、色々ヤバいな。
「あー、なぁ、まだあるぞ……。」
「わ! ほんとか!?」
戸棚に買い溜めしてあったさんま缶を幾つか取り出して、俺は渋々とセラに献上した。
まぁ、仕方なし。
空のプラスチック容器を、女性が妖怪のようにベロベロと舐めるなんて、そんなみっともない姿を俺は流石に見たくなかった。
なにしろ罪悪感すごい。
見ているこっちが哀れな気分になってくる。
「はぁ、おいしぃなぁ……。とっても、おいしぃなぁ……。」
しめて四缶ほど。
漏れなく食い尽くしたところで、セラは何故か遠い目をしている。
俺はテーブル越し、セラの正面に胡坐をかいて座り、その様子を眺めていた。
大丈夫かコイツ。
ところでだ――。
「お前さぁ、ズボン履けよ……。用意しといたろ。」
流石に濡れたままじゃ可哀想かと思い、俺はコイツが着れそうな着替えを律儀に上下用意してやったんだが――しかし起こるはずのない問題が、明らかに意図的に発生していた。
「うん?」
何故かコイツは、上しか着ていない。
サイズ的にブカブカな無地の黒Tシャツ。
確かに短めのワンピースみたいになったが、着てるのはそれ一枚だけだ。
確かに七分丈パンツも用意したんだが――。
「あれは流石にブカブカ過ぎたからなぁ。やめたよ。」
やめるな。
そして心を読むな。
「目のやり場に困ると?」
「まぁ、そうだ。」
別に、コイツに興味もないが。
覗き込むように俺の目を見たセラから、なんとなく目を逸らした。
「ん、可愛くないなぁ。ぅ、げっぷぅ。」
そうしてお腹をさすりながら胡坐をかくと、遂にげっぷをした。
そのオヤジ臭いゲップが俺の顔に掛かる。
とにかく120%純粋に蒲焼くさい。
いよいよ可愛げの欠片もない。
「いやーしかし、こんなに美味しいものがあるとはねぇ。人間っていうのは本当に面白い奴らだなっ。うん、恐れ入ったよ。」
よっこらせと立ち上がり、腰に手を当てて笑顔でそう頷いた。
その無邪気な笑顔はワクワクと希望に満ち溢れ、その瞳はキラキラと光り輝き。
いよいよ悪魔などと名乗れるような残忍性や非情さは欠片も見受けられなかった。
「それでハヤト君よ、私はどこで寝ればいいのかな?」
「ベランダ。」
「ベランダ? それはどこだ?」
「ん。」
当然のようにキョロキョロと部屋の中を見渡すセラに、俺は雨の降る暗い窓の方を指さした。
「ん、ふざけてるのか?」
「もう出てけよお前。」
「……。」
端から見れば鬼畜のようだろう。
しかし俺としてはこんな頭の悪そうな蒲焼臭い女を家に置いときたくない。
それに悪魔なんだろ、なら別に雨に濡れても構うまい。
そう思った。
「うぅ……。酷いですぅ〜……。私……ひっく……お金が無くってぇ〜……。」
めそめそと白々しい演技を始めた。
「なら身体でも売ればいいだろ。」
大きな声では言えないが、我ながら気の利いた返しだ。
案の定、俺の悪魔のような発言にセラはさっそく噓泣きをやめ、ムッとした表情で俺を見下すように睨みつけてくる。
「はー、可愛くなーい。」
「お前もな。」
「ンんー……。なんか生意気だなぁ。叫ぶよ?」
「は?」
「キミさぁ、一人暮らしなんだよねぇ? 私が今ここで大声で叫んだらさぁ、どうなるのかなぁ。キャー助けてー、乱暴されるわーってさぁ。ねぇ?」
「ちっ……。」
「あー、舌打ちしたあー。」
ニヤニヤと卑しい笑みを浮かべながら、女という最大の武器を盾にも矛にも器用に変え、俺の神経を言葉巧みに逆なでしてくる。
どこまでもムカつく野郎だ。
完全に俺の事をバカにしてやがるな、この野郎は。
このブスが。
「ブスッ!? 童貞の分際でぇ!!」
「……。」
うるせぇ。
あと心を読むな。
「……。」
あぁ、クソ……。
さっさと出てけよこの野郎……。
なんか余計な恥かいたじゃねーか……。
「まったくもー。そりゃ、キミは暇を持て余していた私に構ってくれたし、とっても美味しいご飯もご馳走してくれたから、これでも少しは感謝してるけどさぁ。もうこの際、寝床ぐらい別にいいじゃないかぁ、減るもんじゃなしー。それにほら、あわよくばこんな可憐な美少女が添い寝してくれるんだぞ。滅多にないチャンスだと思わないかい? 逆に感謝して欲しいくらいだね。」
「何を偉そうに、この疫病神が。」
「ふ、悪魔だからねっ?」
な、んだ、そりゃ……。
セラは両手で長い髪をフワッと掻き上げ、とんでもないドヤ顔をキッカリ斜め45度に傾げながらそう言った。
まぁ、正直どうあっても勝ち目はない。
実際こんな状況で、もしコイツに大声で叫ばれようもんなら、間違いなく俺は警察様の御用になるだろう。
それはまぁ、火を見るより明らかだった。
「そうそう、それで? ハヤト君よ、私はどこで寝ればいいのかな?」
「ん。」
そして色々を諦めた俺は押入れを指さした。
「だーかーらぁ!!」
――俺はこの日、何かマズいものを拾ってしまった。
「そもそも私達は永遠に近い時を過ごすんだから、年齢なんてくだらないものを一々覚えてられないよ。」
「あー、まぁ……。そーゆーもん、かもしれんが……。」
「の割には不服そうじゃないか。こんな見目麗しい20そこらのナイスバディな美女が4000年くらい生きてるだと!? って感じの顔だ。」
「見目麗しい美女は思ってねぇ。あとナイスバディも。」
「思ってるよ。」
「思ってねぇ、心を読むな。」
「ふふっ、キミは可愛いなぁ。」