「おさんぽだってよ」
そうそう、今年で中三になる私なのですが、実はとある事情で二年の二学期から学校に行っていません。
お恥ずかしながら、バリバリの「不登校」です。
なお私は最初、学校に行かない人はみんな「引き篭もり」だと思っていたのですが、よくスーパーへの買い物がてら飽馬川へ散歩に行くので、どうやら「引き篭もり」とは違うのだそうです。
お母さんがそう言ってました。
そんな不登校な私が普段家で何をしているのかと言うと、趣味でウェブ小説なんかを書いていたりします。
恋愛ものだったり、青春ものだったり、ホラーやコメディなんかも少し。
最近はミステリーやSFなんかも、ちょっと挑戦してみたいと思っています。
そんなウェブ小説ですが、一般にはまだまだ認知されていません。
実は私も知りませんでした。
けれど私のような個人の作品を投稿出来るサイトの存在を知ってからは、ほとんど毎日のように物語を書き綴っては投稿しています。
そして今も、黙々とボーイミーツな甘酸っぱい物語をひそかに執筆中です。
「おいサナ、暇なんだけど。」
黙々と執筆していると、後ろからブゥちゃんがパソコンの画面を覗き込んできました。
可愛いです。
因みにこういう時のブゥちゃんは、もう既にヒマでヒマで死にそうになっています。
構って欲しくて仕方ない時に、こうしてアピールしてきます。
可愛いです。
「うん? お散歩行く?」
「おうッ!!」
私の提案に、ブゥちゃんの表情が満開の桜のようにパァっと明るくなりました。
もう本当に可愛いです。
永久に頭を撫で撫でしていたいです。
そんなわけで、今日の執筆はこのぐらいにして、飽馬川へお散歩に出かけることになりました。
「それじゃぁ行こっか~。」
「いやったぁ~ッ!!」
「あ、ブゥちゃん羽根は仕舞ってね~。」
「あ、そうだったなッ! それッ!」
その無邪気な掛け声と同時に、背中の小さな羽根はシュポンッと消えました。
とても可愛い手品です。
何度見ても癒されます。
時刻は十二時半を回ったところ。
今日もポカポカ陽気、桜堤を散歩するには絶好の天気です。
そろそろ、あの人も来てる頃かな――。
***
「ワンワン!」
「おぉッ! タンソクッ! 元気だったかッ!」
飽馬川の土手には、歩いて数分で着きます。
私達が満開の桜堤を歩いていると、今日もブゥちゃんお気に入りのコーギーさんが、飼い主のお婆ちゃんとのんびりお散歩していました。
さっそくブゥちゃんとコーギーさんが元気いっぱいにじゃれ合っています。
可愛いです。
「サナちゃん、いつも悪いわね。」
「いえ、こちらこそ、なんかすみません。」
私はお婆ちゃんを「お婆ちゃん」と呼んでいますが、本名は「梨刃とも子」と言うそうです。
「梨刃」なかなか変わった名字でカッコイイです。
ちなみにコーギーさんの本当の名前は「タンソク」ではなく「フェニックス」だそうです。
お婆ちゃんの名字と合わせると、「梨刃フェニックス」になります。
なんだかハリウッドスターのような名前なのです。
お婆ちゃんは「ちょっと狙った」と言っていました。
そんなお茶目なお婆ちゃんとお転婆なコーギーさんですが、お散歩中にこうして会った時は、お婆ちゃんの代わりにブゥちゃんがお散歩に行くのが恒例となっています。
「ワンワン!」
「行くぞタンソクーッ!」
「ブゥちゃん、転んでケガしないようにね~。」
「おー!」
さっそく元気に駆けて行きました。
無邪気に駆けて行くその後姿が、とても可愛いです。
そしてそれを見送って、お婆ちゃんが近くのベンチにゆったりと腰掛けました。
「それじゃぁ、私はここで桜を眺めていようかな。あぁサナちゃん、あの子、今日も来てたよ。」
「ありがとうございます。それではまた後で戻ってきますね。」
私はいつものように行きたいところがあったので、お婆ちゃんとはそこで別れました。
土手を川の方に降りて行くと、お婆ちゃんに言われた通り、いつもの場所で、いつものようにタバコを吸ってボーっとしているあの人がいました。
私は気付かれないように、こっそり近づいて後ろから声を掛けました。
「ハヤトさん、こんにちは。」
「兎白か。お前も暇だな。」
この根暗そうな人は、黒波ハヤトさん。
大学生だそうです。
私が勝手に友達だと思っている年上の男の人です。
暗めの短い茶髪、大人びたクールな表情、身長も170センチ以上あるので、立つと大きいです。
そんな一見キツそうな見た目に反して、実は温和でマイペースです。
「今日もサボりか。」
「いつものサボりです。」
いつもこうして、他愛ないやり取りから私たちの会話は始まります。
ハヤトさんは大学二年生だそうです。
授業の無い日や暇な時は、こうして飽馬川へタバコを吸いに来るんだそうです。
そんなハヤトさんは、私とは五歳くらい離れているのですが、なんだかとても話しやすく、ついつい自分語りに夢中になってしまいます。
ハヤトさんはタバコをふかし、抑揚のない調子で返事をしながら、それでも何気にちゃんと話を聞いてくれています。
この温度感が、私は絶妙に好きです。
そして今日も、漏れなく話し過ぎてしまいました。
「それでそのドラマの最終話なんですけど、なんと飽馬川の桜堤がロケ地として使われてるんですよ〜。」
「へ~、そんな有名な作品に起用されてんのか。その割には全然人来ないし、そーゆー看板とかもないよな、ここ。」
「そうなんですよ〜。だから知る人ぞ知――」
「おーい、ハヤトくーんっ。」
――と、そうして話すのに夢中になっていた時でした。
その透き通った優しい呼び声に、ハヤトさんと同時に土手の方を振り返ると、笑顔でめいっぱいに手を振る元気ハツラツな女性がいました。
「またアイツは……。兎白、悪い……。そろそろ行くわ。」
「あ、はい。また。」
タバコを咥えたままハヤトさんは立ち上がり、その女性がいる土手の方へ上がっていくのを、私は笑顔で見送ります。
たぶん、彼女さんです。
確か、ハヤトさんは「セラ」と呼んでいました。
その名前からも解るように、恐らく日本人ではないのかなと思います。
モデルさんのようにスラッとした高身長、透き通るような白い肌と、美しく長い白髪。
ナチュラルで落ち着いた淡い色合いの服装が、育ちの良さを物語っています。
そして、やはりどこかのハーフなのでしょうか。
目の色も綺麗な青色で、初めて見た時は、失礼ながらお人形さんのようでとても驚きました。
それはもう、女の私でも思わず見惚れてしまう程の美貌なんです。
ハヤトさんとセラさん、一体どちらから告白したのでしょうか、とても気になります。
「ふぁ~……。」
二人が並んで歩いていくのを見送って、私はあくび交じりに寝転がりました。
照りつける太陽を手で覆い、浅い飽馬川の流れる音に耳を澄ませ、深呼吸と共に目を閉じます。
空が青く、日差しは温かく、大好きなもの、全部ここにある。
――いつまでも、こんな幸せが続けば良いのに。
「ワンワン!」
「コラ待てタンソクッ!」
どうやら、ブゥちゃんがお散歩から戻ってきたようです。
慌ただしく土手を駆ける足音が聞こえてきました。
「わッ! うぎゃぁッ!!」
「あらあら、大丈夫かい、ブゥの子。」
「ぶぇぇええッ!!」
空間が歪むんじゃないかと思うほどの悲鳴に目を開けて土手の方を見ると、ブゥちゃんが転んでいました。
心配したお婆ちゃんが、泣きぐずるブゥちゃんをよしよしと抱き起してくれています。
あぁもう、本当に可愛いです。
本当に、本当に。
いつまでも、続けば良いのにな――。