「ヴェノヲィアルナエボルタァだってよ」
まんまとクソガキの挑発に乗った俺はもうヤケクソのバーサーカーだった。
そう、進級早々に学校をサボって、朝っぱらから公園のバスケコートで生意気なクソガキとの一騎打ちだ。
ルールはシンプル、先に十点を先取した方の勝ち。
まぁ余裕っしょ、利き手で鼻ほじりながらでも勝てるわ。
そして――。
「ま、負けたぁ……。」
「ヘッ!! なんだお前クッソよえぇなぁっ!! ザーコッ!! 死ねバーカッ!!」
信じがたいことに、俺は10-0で惨敗した。
俺は高校生。
そしてコイツは小五か小六が精々。
更に言うなら、俺は中学の頃から今までずっとバスケをやってきたし、なんならスタメンだぞ。
仮に慣れないこんなサッカーボールを使ったのだとしても、この俺が負けるはずがない。
――それなのに、惨敗だと?
「そうだ、これは悪い夢だ……ははー。夢、夢だ夢。」
俺は青空へと高らかに笑い飛ばした。
「あ? 何言ってんだおまえ。学校までサボって俺様と遊んでたくせに。現実見ろよ。」
――小学生に「現実見ろ」とか、言われちまった……。
「うぅ……。ちくしょう……。こんなヤツに……。こんなヤツに、俺は……。」
血と汗と涙と、そして俺の青春のすべてを地道に捧げたバスケットボール。
なんの為にやってるのかとかよく分かんなかったけど、とにかく頑張ってたバスケットボール。
なんなら別にそんなに好きじゃなかったけど、バスケットボール。
様々な無念と真実を胸に――膝を付きうな垂れた俺をよそに、悪魔じみた笑い声がケタケタと朝の公園に鳴り響く。
「そんじゃ約束通り、今日からお前は俺様の下僕だ。んでお前、名前は?」
俺が顔をあげると俺の主は腕を組み、勝ち誇った顔で俺を見下ろしていた。
「く……俺……灰崎、アキラ……。」
「そうか。アキラ、よろしくな。」
地面に手を突いた俺の顔の前に、主が意気揚々と左手を差し出して来た。
清々しいまでの純粋な笑顔、健康的な卑しい野良犬みたいな真っ白な犬歯が狂おしいほど眩しくて腹立たしい。
昨日の敵は今日の友と言うが――でもこちとら高校生ぞ。
小学生の不良なんかに、よろしくされたくねぇだろ、常識的に考えて。
俺は主の手を取らず、反抗的に目を細めて無言で立ち上がった。
――色々聞きたいことはあるが、ひとまずは……。
「なぁ、お前、いったい何者だ? 小学生だよな? 学校はどうした。」
「あ? 学校?」
そも、そこである。
ランドセルも背負わず、朝っぱらからサッカーボールでバスケしてる半袖短パンの主。
どう考えても不健全な主だろう。
俺の主の親はいったい何考えてやがるんだ。
まぁそれに付き合ってる下僕の俺も地上最強にボケナスだが。
「俺様は悪魔だ、学校は楽しそうだと思うけど、そんなもんはねぇよ。」
「は?」
うっわ~、まじか、俺の主この歳で中二病とか。
あ、いや、この歳でなら、むしろまだマシか。
そして不良だと思ってたが多分違う、ただの不登校だろう。
最近のガキってこーゆーの増えてるって聞くし、なんかこの国もいよいよかって感じだ。
まぁでも、ソレの下僕である俺が言えた口じゃないか。
「俺様は、ヴェノヲィアルナエボルタァ。」
「は? べ……は? な、なんだぁ?」
得意げな主。
どうやら名前を名乗ったようなのだが、ここきて唐突に滑舌が悪いらしく俺はよくわからない聞き間違いをしてしまった。
「ヴェノヲィアルナエボルタァだっ。」
と、主。
急にワッと声を張ったが、なんだか先程よりも呂律が怪しくなった。
ここはオブラートに包んで「お前の滑舌かなり死んでるよ」と伝えよう。
「いやーすまん、そーゆー年頃なんだろうけどさぁ。本名は?」
「だから、ヴェノヲィアルナエボルタァだっつってんだろ!」
「え、あ、あぁ。うん……。おっけー。アルね。」
「おうよっ!!」
なんか知らんが、これ以上はもう触れないでおこう。
俺は僅かに聞き取れた部分だけで主を呼ぶ事にした。
しかしまぁ、色んな意味で悲惨すぎるわ、コイツ。
とりあえず、得意気に腕を組んだこのバカが、重度の中二病で不登校のニュージェネレーションで滑舌が世紀末だということは解った。
さて、これ以上コイツと関わり合いになりたくないし、そろそろ学校に行くとしよう。
「んじゃ、そういうことで。」
俺はアル(仮)に背を向けて公園を後に――
「おい待てアキラ。しれっと逃げんな。」
――したかったが、すかさず後ろから服の裾を引っ張られた。
コイツ、バカだと思ったが意外と勘がいい。
後悔さきに発たずというが正に、いよいよ面倒くさいヤツに関わっちまったと思った。
「今日から俺様の事はっ! アル様と、呼べっ!!」
「えー、やだよ……。」
いよいよダッシュで逃げようかとも思ったが、先程バスケで戦った時にコイツの足の速さを目の当たりにしてる俺は秒で諦めた。
さらに警察に突き出そうにも、ここからだと少し距離がある。
かといって学校にこのまま連れてくわけにもいかない。
さて、どーすっか。
ぐぅぅぅううううう……。
「うぅ……お腹が空いて、力が出ない……。」
「あ? なんだ? 腹へってんのか?」
突然、悪魔のうめき声の様な腹の音。
アル(仮)が苦しそうに膝を付き、わざとらしく腹を抱えて蹲った。
そしてチラチラと俺の目を見てくるのだが、それが妙に癇に障った。
「もう、かれこれ三日は何も食ってない……。」
「は? 嘘だろ?」
それはさて置き、たまに聞く毒親ってやつだろうか。
こんな平日に学校にも行かずに遊んでて、飯もろくに食わせて貰ってないなど、完全に常軌を逸している。
虐待とまでは行かないまでも、育児放棄という事もあり得る。
事と次第によっては、やっぱ警察に届けた方が良いのかもしれないな。
いや、決してこれ以上コイツに関わるのが嫌だとかそーゆーのじゃなく、純粋に心配した上での判断だ。
本当に。
「おまえの親は何してんだよ?」
「親? あぁ、天界にいるし、俺様がこっちにいることも知らない。」
「……。」
アル(仮)は依然苦しそうにチラリズムを発動し続けている。
しかし、厨二病というベールに包まれているとはいえ、親が「天界」にいるということは……。
「……。」
――つまり、そーゆーことだろ。
「ひもじぃ~よぉ~……。」
あぁ、そうか。
コイツがさっき言ってた「学校なんてない」って、つまり「そういう事」なのか。
ならコイツは、現在進行形でホームレスという事もあるかもしれない。
「なぁ、お前、どこに住んでるんだ?」
「いや、こっち来たばっかだし、家、無い。」
「なんだよ、それ……。」
軽蔑から始まった詮索は、いつの間にか事情聴取へと変わっていた。
コイツの事を知れば知るほど気の毒になり、気がつけばコイツに対して情が移り始めている俺がいる。
このまま放ってはおけない。
そして、腹を抱えてグッタリとした様子のアル(仮)のチラリズムはともかく、俺はふと嫌な事を思い出していた。
―― アキはお節介だよ。 ――
今は亡き、俺の弟。
あの頃のまま、あの少し寂しげな笑顔と共に、アイツの優しい声が、鮮明に頭の中を駆け巡る。
思えばこのアル(仮)とか言うガキも、アイツと同じくらいの歳頃だった。
―― でも、ありがとう。 ――
翔……俺は別に――。
「……。カレーなら……ある。」
「え?」
別に、助けてやる義理なんか少しもない。
けれど警察に突き出すにしても、その前にせめて、何か美味いもんでも腹いっぱいに食わせてやりたくなった。
ただ、そんだけだ。
「ウチ、この通り沿いにあるから。家に帰れば、昨日の残りがまだある。」
「え、つまり?」
「あぁもういいから、とりあえずウチに来いよ。」
「お、おう!!」
その日俺は、非日常と出会い、そして歩いて来た道を生まれて初めて自らの意志で戻り始めた――ような気がした。
「んで、すまん、お前の名前なんだっけ。」
良い感じにカッコつけたところで、俺はアル(仮)の滑舌に再びリベンジ。
「ヴェノヲィアルナエボルタァだ。いい加減覚えろよ、アキラ。」
「あー、うん。」
――やっぱだめだなコイツ。
いつからかキミらがそう呼ぶようになったから、私達は「悪魔」って名乗ってるだけだよ。
飽くまでそれもこの国での話だけどね。
そもそも私達は生物じゃないから、「存在してる」ってのともちょっと違うんだよ。
ほら、だからさっき言ったろう?
概念、コンセプト、テーマ。あぁ、あとシンボル、ね?