煙草
「君は、確か、、」
先生は私のことを覚えていないようだった。
その様子さえも私にとっては、先生らしく
また嬉しかった。
自己紹介はしなかった。
ただ「先生にものを教わりたく思います。」
とだけ伝えた。
なぜ先生に気に入られたのかはわからない。
少なくとも先生はその時私を生徒君と呼んでくれた。
私が先生に認められた証拠でもあっただろう。
その日から、先生に個別で教えを乞うようになった。
授業と同じように、
また違うように、
やはり先生に、ものを乞うて良かった。
そう思った。
先生は煙草が好きなようだった。
私にとってそれは意外なことであった。
なぜなら、先生はかなり論理的思考の持ち主であったためである。
煙草を吸ってもただ、胸を焼くだけであろう。そう思っていた。
だからこそ、煙草を嗜むと云うことが衝撃ではあった。
先生の羽織の中かららいたーを取り出し、
じっ、と煙草に火を点す。
その後、かちかちと数刻が過ぎ、
灰と銀に縁取られた灰皿に、
その一本をじりっ、と擦り付ける。
その光景は、様式美のようでもあり、
現実ではないどこかのようでもあった。
先生にいつだったか
「なぜ先生は煙草を吸うのでしょうか。」
と聞いたことがあった。
「周りは本に囲われていますし、何より非効率であると思います。」
非の打ち所の無い完璧な論理だと思っていた。
「長生きが恵まれている。それは事実だ。」
「だが、長生きが得をもたらす、それは決して事実ではない。」
「そのことはこれらの本にとっても同じことだ。」
「失くしたい訳ではない。ただ、失くなってしまってもいいだろうとは思っている。」
なんだか要領を得ないような、納得のいくような、
そんな回答だった。
その言葉の本当の真意とは何か、
今をもってしても、閉じられた箱のままである。
煙草と先生