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225話 のんびりデート2

225話 のんびりデート2



 ここ、うみしま水族館は日本でも有数の巨大水族館として有名である。


 イルカやペンギン、サメにシャチ、深海魚まで。飼育が難しいとされていて日本ではここでしか見ることのできない生き物も多い。ようはそれほどまでに設備の整えられた貴重な水族館なのだ。


 そしてそんな館内ーーーー入り口から一番近い巨大水槽で俺たちを歓迎してくれたのは……


「……じゅるっ」


「サキさん? 涎垂れてますよ?」


「はっ! い、いやこれは。違うもん!」


「何が違うんだよ……」


 全長十センチから二十センチほどの小さな魚達が大群となって作り出す、ハリケーンであった。


 群れを成したイワシ達が一方向に泳ぎ続けるそれはまさに圧巻そのもの、だったのだが。


 さっきメックでお腹いっぱいになったばかりだろうに。目を輝かせたかと思った次の瞬間には、サキの口元から涎が溢れていた。


 いや分かるけどな? 美味しいよな、イワシ。けど普通、真っ先に出る感想が「美味しそう」にはならないと思うんだよ。


 一体サキの脳内には今の一瞬でどれだけのイワシ料理が姿を現したのだろうか。流石は食いしんぼさんだ。俺はそんなところも好きです。


「でもよく見るとこれ、結構怖いな。ほら、一匹一匹中々のギョロ目で……」


「ま、待って! それは言わないでよぉ! この後に見る魚も全部怖く見えちゃったらどうするの!?」


「大丈夫。そんな心配しなくても怖い魚なんてこの後山ほど見ることになるからな」


「ひいっ!?」


 まあまあ。そんな顔しなくても。確かに怖い魚もいるけど、可愛いのも色々いるから。


 昔からサキは魚の目が苦手らしく、イワシやサンマなどは買ってくる時も頭がついていないものを選んできて料理しているほどだ。


 ぶっちゃけた話、俺もあまり魚は得意ではない。正直サキと違って触ることも出来ないくらいなのだが。


 どうしてだろうな。ただ単体でいると怖い魚達が、水槽に入って鮮やかなライトに照らされているだけでここまで平気になるものなのか。なるほど、水族館が人気な理由が分かった気がする。


「ほれ、見てみろ隣。魚じゃないけど可愛いイルカさんいるぞ」


「ほんとに? 実は怖いのがいて、油断させたところに見せようとしてない?」


「……ごめんて」


 少し意地悪してしまったな。


 でも、安心してもらって大丈夫だ。


「いいからほれ。こっちゃ来い」


 繋いでいた手を、少し強く引く。


 すると呆れるほど軽いサキの身体は、俺に寄りかかって。そのままぽすんっ、と胸の中に収まると、ゆっくりと水槽へ視線を向ける。


「……わぁっ! わぁ!!」


「な? 言ったろ。可愛いイルカさんいるって」


「イルカさんだ……私、こんなに間近で見たの初めて!」


「俺も、初めてだな」


 サキを抱いたまま、思わず見入るように立ち尽くす。


 数秒か数十秒か……もしかしたら数分、そのままだったかもしれない。


 恋人と水族館に来るというのはこういうことなのか。ただ二人で水槽を眺めているだけで身体中が幸せに包まれて、なんと言えばいいのか……もはや言語化すら難しいほどに心が昂っている。


 ただでさえ普段から溢れ出ている″好き″が、止まらない。


「なんか、ずーっと眺めていられそうだね」


「そうだなぁ」


「もう少し、このままでもいい?」


「……ん」


 まだまだこの先には色んな水槽があって、色んな生き物がいる。全部効率的に回るなら、こんな序盤で長居はできない。


 分かってはいる……けど。


(まあ、時間はたっぷりとあるしな)


 今日はのんびりデート。効率なんかよりも気持ち優先だ。



 この素直な気持ちに、従うとしよう。

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