後編
「少しは言葉、喋れるようになった?」
「まぁな」
「さすが。私も英語の授業、真面目に受けていれば良かったな」
「だったら勉強しろ。金髪男相手にな」
「えぇ~、嫌よ」
「そこら辺にたくさん歩いているんだ、好きな奴を適当に選んで遊んでろ」
「それより、貴方の部屋に行きたい」
「断る」
「……」
「俺は一人でいたい」
「昨日、あの子に電話したわ」
「は?」
「聞きたくなったでしょ?」
「あいつに喋ったのか?」
「何も。貴方の秘密は私だけのものだから」
「俺の後悔を利用するな」
「それは私と一緒にいる事?それともあの子を愛した事?」
「お前を切れなかった事だ」
「貴方をどこまでも追い掛けて行くわ。その心が私だけの物になるまで」
「俺はお前を選んだ。それでじゅうぶんだろ」
「一度は捨てたくせに」
「二度とお前に殺されたくないからだ」
「何それぇ。怖い事、言うよね」
「お前の面の良さには心底、辟易する」
「今度こそ、裏切ったら許さないけどね」
「この痛みは忘れやしない」
「その包帯の下にあるのは私の愛なのよ?」
「お前から離れたりしないさ」
「当然。貴方の隣はいつだって私でなければいけないのよ」
「わかってる」
「その傷がある限り、ね」
「触るなと何度も言っているだろう」
「ずいぶん嫌われたものよね」
「嫌ってはいないさ。ただ……」
「私達が終わる事はないのよ。あの頃からずっと」
「あぁ……」
「あの子には二度と会わせないから」
「あいつとはもう会う事はないよ」
「そんなにあの子が大切……?」
「お前には関係ない」
「貴方が私だけを見てくれれば、あの子に手を出したりしないわ」
「もう逃げるつもりはない」
「もしまた逃げたら、今度こそあの子をこの世から消すからね」
「俺達は一緒に生きて行くんだ」
「そうね」
「あいつの人生に俺が関わる事は二度とない、だからお前も関わるな」
「でも、貴方の心からあの子が消える事はない。そうよね?」
「……」
「私の後悔はね、あの子の幸せが今後も続くと知った事」
「……」
「あの子の心をもっと壊してやれば良かった」
☆ ☆ ☆
あれはいつ頃だっただろうか。
皮膚を刺す寒さが、寂しさだと気付いたのは。
お互いに子供とも言えない、全てに興味を持て余すくらいのギラついた目をした、そんな思春期真っ盛りの身体をぶつけ合う関係だった。
好きではない、友達でもない。
言葉にしなくても、求める何かを理解できる。
少なくとも俺はそうだった。
それだけしかなかった。
でもそれが一方的な思いなのだと気付いたのは、お前の粘りつく目を見た時だ。
お前は心の奥に俺への執着を隠していた。
それが俺を刺すお前の寂しさだと、血に染まる白いシャツを見るまで気付かなかった。
痛みより、身体の震えが止まらなくなった。
お前の寂しさが再び俺を突き刺した時、涙が溢れた。
なのに、お前はそんな俺を見て笑ったのだ。
消える事のない、愛の紅だと言って。
☆ ☆ ☆
俺はお前に一度も愛を囁かなかった。
いや、違う。
その手段を知らなかったのだ。
愛を囁くお前が側にいても、答え方がわからなかった。
それまで俺は誰にも必要とされて来なかったのだ。
本気で俺を求める人間がいるとは思えなかった。
俺は気付いていなかったのだ。
お前を見て、どんどん心が冷えていく事に。
俺自身がそれを必要としていなかったのだから。
そして……。
俺は、落胆した。
こんなの、無駄だ。
求めれば求めるほどにお前の心が飢えていく。
もう、無理だ。
壊れた心の修復は俺にはできない。
お前を愛せやしないのに。
包帯の下で、お前が寂しいと笑う。
斜めに歪んだ跡が泣いている。
☆ ☆ ☆
お前のいない、誰もが俺を置いていく世界。
通り過ぎる雨が街に佇む俺の気配を消していく。
お前に与えられた罰が囁いた。
『愛して、寂しいよ』
通り雨は、二人の心だ。
決して、留まる事がない。
なのに、冷えていた心が温まっていく。
途端に包帯の下で疼き出したのは、予感だろうか。
過ぎて行く雨が道筋を示した時、遠くに見えた人影。
傘を持って空を見上げるあいつの柔らかな横顔。
雨上がりのわずかな日射しを浴びながら、まるで俺を迎えるように立っていたのだ。
俺はお前への持ち合わせない愛を懺悔するように、あいつを愛した。
お前では味わえなかった、自分の中の感情を知った。
☆ ☆ ☆
あいつを初めて目にした時。
その汚れを知らないような、まるで雨上がりの階段を上っていくような。
不思議な感覚に目が離せなくなった。
そのまま、俺の前から消えていなくなってしまうような。
そんな感じた事のない気持ちに怖くなった。
消えないでくれ。
俺の側にいてくれ。
そう、思った。
☆ ☆ ☆
教壇の、教師の隣に立つ俺を見つめる姿に、心が震えた。
同じ教室の空間にいる幸せだけでは物足りなくなった。
汚れのない、純粋なあいつの瞳の中に映りたい。
その願いは、俺の心の奥底にある愛だと知った。
あいつを独り占めにしたい。
俺だけを見ていればいい。
愛されなくてもいいから、愛させてくれ。
それが執着だとは思わなかった。
俺は今まで知らなかったから。
誰かを求める事も、独り占めしたいと思う気持ちも。
☆ ☆ ☆
なのに……。
お前が現れた。
俺の中の汚れた感情を知る存在、俺が壊した女。
あいつの汚れのない瞳を汚したくないのに。
次第に不安と怖れが俺を支配していく。
お前の存在があいつを苦しめるのだ。
俺はようやく気付いた。
あいつとは一緒に生きる事も、側にいる事も叶わない。
だから消えたのだ。
俺はお前を離さない。
あいつと生きるのが望みではないのだ。
俺の願いはその瞳を曇らせない事だ。
☆ ☆ ☆
「何を考えてるの?」
「別に」
「また、あの子の事?」
「俺を探ろうとするな」
「私はいつになったら貴方に愛されるのかしらね」
「お前を愛するなんてあり得ないさ」
「貴方はどこまでも酷い人ね」
「そうかもな」
「私は貴方から愛される事はないのね」
「贅沢だな」
俺はあいつの元に置いて来たのだ。
あいつへの思いも、何もかも。
初投稿なので、
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