前編
初投稿です。
別サイトのブログに投稿していたBL話を加筆しながら新たに男女物へと書き直しました。
登場人物に名前はありません。
半袖の夏服から長袖の冬服に替わってまもなくの頃。
彼女は私達のクラスにやって来た転校生。
時期的には不自然だ。
こんな季節に珍しい、と誰もが噂する。
その子はごく普通の、誰からも好かれそうなイメージに見えた。
髪はセミロングのストレートで肌は白く、一度もメイクなんてした事がなさそうだ。
はにかみながら挨拶する姿はただただ可愛くて、もし彼氏がいたら浮気しなさそうだし、好きになるのは成績優秀で優しい人なのだろう。
転校生というのはまるでテレビの中の有名人のような存在で、見る側は誰もが新たな仲間に興味を持つし、知りたがる。
私だってそうだ。
どんな人かな、友達になれるかな、勉強は出来るのかな、スポーツはどうだろう。
彼氏はいるのかな、それとも……。
そんな風に興味を抱いた。
そして、どの席に座るのか視線で追った。
担任の教師が指示したのは私の座る廊下側とは反対の、窓側。
そこは付き合って半年になる、私の彼氏の隣。
黒板前から移動する際、その子は隣の席に視線を移してから座った。
さりげなく、チラと。
でも彼は机に視線を落としたまま。
その二人の仕草はごく普通のクラスメートのもの。
私自身も目で追っていたけれど、別に違和感なんて感じなかった。
☆ ☆ ☆
その日の放課後、いつも通りの帰り道。
「今日の転校生、どんな感じの子?」
彼に聞いた。
隣同士の席、授業中も話をしていた。
だから聞いたのだ。
なのに……。
「さぁ、な」
まるで興味の無さそうな答え。
いつもの彼なら何でも話すのに、その子に関してはまるで話そうとしない。
いや、話したがらないのだ。
「何か、怒ってる?」
「興味ないだけだ」
気になっても、内心ホッとした。
彼が興味を持っていないのが私の中の優越感を引き出したからだ。
「今日は家に寄って行けよ」
彼が誘う。
夏服の半袖シャツの下に見えていた彼の肩先の包帯は冬服となった今も変わらず。
怪我をしているわけではないらしい。
でも何故、包帯をしているのか聞いても教えてくれない。包帯を外さないし、見せてもくれない。
トレードマークだとしか言わない。
私はそこに、誰も知り得ない秘密があるような気がした。
でも、それでも良かった。
彼の側にいられるのは私だけ、許すのも私の存在だけ。
彼が興味あるのは私の事だけ。
だから彼にどんな秘密があったとしても平気でいられる。
そう、思っていた。
☆ ☆ ☆
その転校生は一言で言えば、器用。
どこにでも一人はこんなタイプがいるかもしれない。
何でも平均的にこなすし、失敗しない。いきなり転校して来たのがテスト時期だというのに、全ての教科で平均以上の点を取った。
スポーツだって運動神経は悪くない。むしろ、天性の勘があるような気がする。
クラスメートとの付き合いだってそうだ。
人当たりが良いせいか、誰もが好意的。
いつもニコニコだから、その子を嫌う生徒はいない。
あっという間に人の心を掴んでいった。
転校して、たったの二週間だというのに。
私はその子とは正反対で不器用。
テストは徹夜するくらい頑張って勉強しないと良い点は取れない。
運動神経も良くないから、体育の授業でリレーやバスケの試合があっても大抵が控えのみ。
マラソンなんて完走した事がない。
何をするにも人より頑張らないと上手く出来ないのだ。
だから羨ましかった。
あの子のように何でも出来たらいいのに。
誰とでも仲良く出来たらいいのに。
あの子のように可愛くて肌が白くて、スタイルが良ければいいのに。
そう思う事が増えていった。
☆ ☆ ☆
ある日の日直当番。
もう一人の当番がゴミ出しを嫌がったせいで、一人でゴミ出し。
仕方なく両手にゴミを抱えて焼却炉へと歩いて行く途中、その子が廊下で声を掛けて来た。
「一人でゴミ出し?私も手伝うわ」
困っている人がいたら声を掛けて助けるところも、好かれる要因の一つなのだろう。
並んで歩いていると……。
「貴方、彼と仲良しなのよね?」
「仲良しというか……」
彼との関係は誰にも言っていない。
内緒にしたがっていたし、わざわざ口にする事もないと思ったから。
なのに、何故か知っている。
無邪気にニコニコしながら。
彼が私との関係を喋った?
「彼って、いいよね」
そう言って……。
「貴方にはもったいないから、私が貰ってもいい?」
☆ ☆ ☆
彼にとっての唯一は私の存在で、私だけが隣にいられる。
彼は私とは違う不器用さで、人を近付けさせない孤高タイプな人間だ。
それが私の優越感だった。
他人より劣るであろう私の事を、彼はいつもこう言う。
『お前はお前。それだけだ』
そして、こうも言うのだ。
『お前は誰にもなれない』
だから、あの子のようにもなれない。
そんなの、わかっている。
でも隣同士の席で、彼に親しそうに話し掛ける姿に心臓が泣くのだ。
次第に噂が出来上がっていく。
二人は昔からの知り合いだったらしい、と。
彼の秘密を知っているらしい、と。
私の知らない、彼の包帯に隠されている真実さえも。
授業中、ふと横目で彼等の席に視線を向けた。
そこに見えたのは、彼の包帯の表面に手を当てて笑う姿。
一瞬、手に手を重ねたように見えた彼の本音。
☆ ☆ ☆
私は不器用で、誰よりも頑張らないと追い付けないという自覚はある。
それでも卑屈になる事はなかった。
それは彼がいつも側にいてくれる安心感と優越感がそうさせていたから。
でも最近の私はどこか自分ではないようで、らしくない。
あるはずの感覚がないのだ。
彼と喧嘩をしたわけでも嫌われたわけでもない。
なのに彼の特別だという意識が遠く薄らいでいった。
教室の机の上で頬杖をついて、午後の授業が始まるのを待つ。
そのすぐ側で、同級生達が無神経に噂話を続ける。
「あの二人、今頃……」
「やっぱり怪しかったよね」
「でもお似合いだったじゃない」
「近所の話では二人で遠くに逃げたんじゃないかって話だよ」
「誰も居場所は知らないんだよね」
「愛の逃避行?」
教室の空席が二つ。
ある日突然、消えた。
私は何も聞かされなかった。
別れの言葉も、愛の囁きも。
サヨナラさえも……。
誰も知らない彼をあの子は知っていた。
誰にも悪く言われないあの子の性格も存在も、彼は興味を持たなかったはずなのに。
でも……。
彼が許したのも共に生きる価値も、私ではなくあの子だった。
二人が消えた直後、彼の連絡先すら消えていた。
何ヵ月経っても彼からの音はスマホに表示されない。
彼にとって私はどんな存在だったのだろうか。
これから彼は私のいない世界で私の知らない世界で生きて行くのだろうか、あの子と。
ある日、私のスマホに非通知の着信。
もしかしたら彼かもしれない、そう思った。
でも……。
聞いた事のある小さな笑い。
含みを覚える声、奥歯に力が入る。
耳を塞ぎたくなった。
無言の笑いだけを耳に残し、電話は切れた。
いつか言われた、あの日のあの子の言葉が私の心臓を再び突き刺す。
『彼は返して貰うわ。元々は私のだから』