撲殺ワンコさん、ギルドの雑用をこなす。
リハビリ第5彈です。
此処はある世界にある若き王が治める国、ファランクス。
そのファランクスの首都スパルタンの冒険者ギルドに異様な格好の者が現れた。
それは、黒い鎧だった。
ガッシャン、ガッシャン・・・。
背丈は140センチの半ば辺りなので、中身の人もかなり小さい部類だと思われる。
ガッシャン、ガッシャン・・・。
ゆっくり受付カウンターに進んでいく黒い鎧。
黒い鎧はかなり重量があるようだ。
多分魔鋼と呼ばれる鉄の数倍は重いであろう材質であのフルアーマーは作られているようだ。
普通はあんな重い鎧、ましてやフルアーマーなんて装備したら動けない。
動ける事自体が異常である。
このフルアーマーは、職人さんの趣味で作られた物で、所謂フルアーマーはこんなのですよ。みたいな見本のような物であった。
作った本人もまさかこれを購入し、装備して歩いて店を出ていくとは思ってもみなかった。
そんな鎧を着たナニかが此方に向かってくる。
「ひっ!」
受付嬢が悲鳴をあげる。
ガッシャン、ガッシャン、ピタ。
黒い鎧は怯える受付嬢の前に到着した。
「冒険者ギルド、スパルタン支部へようこそ・・・。 あの、今日はどんなご用件でしょうか?」
ひきつった笑顔だが、笑顔を絶やさない彼女は受付嬢の鑑である。
彼女の左右の受付嬢さん達は驚愕の表情を浮かべていた。
「冒険者登録をお願いしたいワン・・・。」
「ワン?」
受付嬢は、意外と可愛い声の黒い鎧が語尾にワンを付けた事で、その中身が犬の獣人である事に気が付いた。
また、黒い鎧を着ている為か、その声は地球の某ロボットのペッ〇ー君に似ていた事は、受付嬢は知らない。
「冒険者登録ですね。 では、こちらの用紙にお名前とご年齢、性別に、得意な武器や魔法等を書いて頂き、犯罪歴があるか、この水晶に触れて下さいね。」
受付嬢は目の前の黒い鎧に丁寧に要点を述べた。
「了解だワン。」
すらすらと用紙に記入していく鎧。
意外と字は綺麗だと受付嬢は思った。
名前はレトリア。
歳は二十五歳の女性。
得意武器は、メイス。
得意な魔法は、身体強化に、生活魔法。
あの『撲殺ワンコ』と同じ名前、性別、同じ年齢、得意な武器、魔法も同じ・・・。
背丈も同じだし、まさか本人?
確かに元S級冒険者レトリアは、三年前の彼女が22歳の時に、冒険者を引退していた。
引退の理由が、「パーティ勧誘がウザイワン! あと、指名依頼が多すぎて、ベロちゃんと一緒に居る時間が取れないワン! 少しは休ませろワン!」と、ぶちギレたらしい。
確かに、指名依頼が多すぎた。
当時、S級冒険者は、『TS猫勇者』三人の娘の母、ニャコルと、『ニャコルの愛妻を名乗る変態』狐獣人のセラ、『子沢山なケルベロスのハーレム野郎』又は『断罪の剣士』こと、ケルイチローの三人だ。
セラが変態と呼ばれているのは、自身の夫を女性にした挙げ句、元に戻れなくした上、妊〇させると言う恐ろしい事をしでかした存在である。
当時、ニャコルが産休を取る為冒険者活動を休止した為に、ヤバイ存在であるセラを除くレトリアとケルイチローに仕事が降りかかってきた。
セラにはデリケートな案件は無理と判断された為、ケルイチローとレトリアが割を食ったのだ。
真面目なレトリアは頑張り過ぎてパンクしたのだ。
今は、S級冒険者の数は増えて、『変態狩り』のサディと、『サディのオモチャメイド』のエミュ、『サディのマゾ犬』のエスメレーや、『レトリアの妹トリオ』、『亡き王妃の亡霊』のメルティ等がS級冒険者になっている。
マトモな二つ名の冒険者が少ないのはどうしてなのか?
それは受付嬢自身も聞きたい。
ケルイチローさんと、レトリアの妹達のレト、レリ、レラは、S級冒険者の良心と言われるくらい丁寧な仕事をしてくれるので、冒険者ギルドは評判を落とさずに運営出来ている。
S級冒険者は、変人が多いのだ。
ニャコルさんの復帰を冒険者ギルド一同は、心よりお待ちしております。
ニャコルも丁寧な仕事内容で評判は一番良かったのだ・・・。
そんな事情を抱えつつも、何とか仕事を割り振り依頼を消化している冒険者ギルドに、レトリアが帰って来た。
「あの、レトリアさんは、元S級・・・、」
「違うワン! こんな歳だけど、新人冒険者だワン!」
受付嬢の言葉に被せてくるレトリア。
「えっと、レトリアさんは、経験者なので・・・、」
「は? 何の経験者か知らないけど、ド素人だワン! Fランク冒険者だワン!」
頑なに冒険者未経験者を主張するレトリア。
じゃあ、何で正直に本名や年齢やらを書いたのよ・・・。
受付嬢は困った様子を微塵も出さず笑顔でいるが、内心は馬鹿正直なレトリアに沢山ツッコミを入れたくて堪らなかった。
冒険者は、偽名でも犯罪歴が無ければ登録出来る。
誤魔化せないのは、年齢と種族くらいだ。
実際に、偽名や、身分を隠して登録している冒険者は多数居る。
レトリアさんは、嘘を吐けない性格なんですね・・・。
ギルドの決まりで、元冒険者が復帰する場合、元のランクより三つ下がったランクで再開出来る。
レトリアはS級だったので、C級から始められるのに、彼女は何故、最下級ランクから始めたい等と思ったのだろうか?
まあ、本人の希望ですし、ギルドはあまり干渉したらいけませんから、レトリアさんにはFランクから冒険者をやり直してもらいましょう。
受付嬢は、そう判断した。
「レトリアさんは、冒険者初心者なので、Fランクからになります。 これがレトリアさんのギルド証です。」
受付嬢は、ドッグタグみたいな銀色のギルド証を彼女に渡す。
「ありがとうだワン。」
レトリアは受付嬢の目の前でフルフェイスの兜を外すと、ドッグタグを首に掛けた。
そして、兜を被りなおした。
えっ? レトリアさんは今、何をしたの?
受付嬢は驚く。
レトリアの手にはドッグタグは無く、何も持っていない。
恐らく、彼女は私の目の前でとんでもない早さで兜を外して、ドッグタグを装着し、また兜を被り直したんだわ・・・。
「じゃあ、Fランクだから、王都の雑用をこなしてくるワン。」
レトリアは冒険者ギルドから出ていった。
「あんなFランクなんて、いないわよ・・・。」
項垂れる受付嬢に対し、彼女の左右に座っていた受付嬢達も、深く頷きながら、肩をポンと叩いたのだった。
依頼 ボクのペットを探して!
ボクのペットのディザスターウルフのキャンディちゃんが逃げ出してしまったんだ。
多分王都の森林公園に居ると思うんだけど、隠れるのが得意だから見付からないんだ。
何とかキャンディちゃんを見付けてボクの元に連れてきて欲しいな。
報酬 魔法のビキニ
「ディザスターウルフ・・・。 お使いクエストとは何なんだワン・・・。」
レトリアは適当に取った雑用クエストを良く見てみたところ、内容がとんでも無かった。
ディザスターウルフ。
Sランク指定の魔物であり、体長は五メートルながら、隠れるのが非常に巧く、『森林の暗殺者』『闇に煌めく牙』等の異名を持つ何処かのSランク冒険者よりもマトモな異名の持ち主の魔物だったりする。
また、ペットなんかにしちゃダメなヤツである。
「誰だワン。 こんなの雑用クエストにねじ込んだヤツは・・・。」
死人が出てもおかしくないワン・・・。
王都の街中を、魔鋼製のフルアーマー姿でガッシャンガッシャンと歩くレトリアを王都の人々は異様な者を見るような目で見ていた。
ファランクス王都森林公園。
ここの広場では、国王主催の早食い、大食い大会や、水着コンテスト等のイベントが開催される王都でも人気のスポットである。
また、森林公園と言われるだけあり、王都にありながら、自然溢れる豊かな森が広がっている。
「隠蔽しているけど、魔力が感じとれるワン・・・。」
レトリアは、森の中央にディザスターウルフが居るのを察知した。
ガッシャン、ガッシャン・・・。
パーティを組んでいたら、目立ちすぎて魔物に気付かれちゃう!って必ず言われるであろう音を立てながら、レトリアは森を進んでいく。
そんな時だった。
「うひゃあ! た、助けてくれぇ!」
おっさんの声がした。
ガッシャン、ガッシャン。
レトリアはペースを崩さない。
別に鎧が重たく感じる訳でも無い。
ただ、こんな森林の中央に居る一般人等は居ないのだ。
なので、放置一卓である。
レトリアはゆっくりと現場に辿り着いた。
体長は五メートル以上はある漆黒の狼だが、その尻尾は固く鋭い。
その固さは鉄の鎧を軽く引き裂くと言われる。
ぐっちゃ、ぐっちゃ・・・。
ディザスターウルフは、先ほど捕獲した獲物を甘噛みしている最中であった。
レトリアからしたら、汚いおっさんを甘噛みしているディザスターウルフに対して、「汚いからペッしなさい!」って言いたい。
おっさんは汚物扱いである。
気を失っているおっさんをペッと、吐き出しレトリアを見るディザスターウルフのキャンディちゃん。
依頼書にある首輪の絵と、キャンディちゃんが着けている首輪のデザインが一致しているので、間違いなくキャンディちゃんであろう。
「グルルルル・・・。」
キャンディちゃんがレトリアを威嚇する。
レトリアは思う。
相手の実力を量れないとは、まだ若いワン・・・。
レトリアは無防備にキャンディちゃんに近付く。
ガァァァッ!
キャンディちゃんがレトリアに飛び掛かる。
だが、「てい!」「キャウン!」レトリアのチョップがディザスターウルフの頭に直撃し、彼女は意識を失った。
完全なる出オチであった。
レトリアは気絶したキャンディちゃんを生きた魔物を収納出来る空間に入れると、依頼主の元に届ける事にした。
おっさん? そんなの知らないワン。
だって、唾液やら何やらでまみれたおっさんなんて救助したくないし・・・。
確かに嫌である。
「おお! キャンディちゃん!」
「クウ~ン。」
キャンディちゃんは慢心していた。
わたしは強いの!
だから、自由気儘に遊ぶの!
だが、「キャンディちゃん。 お外は危ないから、勝手にお外に出てはダメだよ。」と言う飼い主の言葉を無視していた彼女は、たった一撃でのされるなんて思ってもみなかった。
お外怖い!
キャンディちゃんは、外には怖い存在が居る事に漸く気付いたのだった。
「ワフフン。 魔法のビキニを手に入れたワン。」
まさかの2着!
「これをベロちゃんと一緒に着て海で泳ぐワン。」
ケルベロスと言うより、綺麗なコボルトと言うほうがしっくりくるベロの事を、レトリアは大好きだ。
あまりの好き好きぶりに、彼女の妹達が嫉妬するくらいだ。
でも、妹達も大好きなレトリアは妹達も満遍なく可愛がっている。
兄も居る?
兄は奥さんに可愛がって貰えば良い。
甥に姪も居るから、寂しく無いだろうし・・・。
「次の依頼はなんだろワン!」
レトリアは次の依頼を見てみる。
依頼 庭の草むしりをして欲しい。
おじいさんと住んでいるんじゃが、わたしもおじいさんも足腰が弱くなっていてな、庭の草むしりをしようにも大変なんじゃよ。
でも、草が繁っていると虫が一杯涌いてしまうし、それはそれで虫嫌いのわたしには苦痛なんじゃよ。
もし可能ならば、害虫も駆除してくれると有り難いの。
報酬 冒険者時代に地下遺跡で見付けた一万ペリカ硬貨と、4、5、6の目しかないサイコロ三つ。
「一万ペリカ硬貨に、使えなさそうなサイコロ? 何だワン? でも、妹達が珍しい物を集めているから、この仕事を受けるワン。」
レトリアは老夫婦の住む家に向かう事にした。
「まあまあ、立派な鎧だこと!」
「おお、これは魔鋼製か! ロマン溢れる装備じゃわい!」
流石年配者の方だ。
レトリアの姿にビビること無く、寧ろ魔鋼製のフルアーマーに興奮している。
なので、ここなら鎧を脱いでも構わないと、レトリアは鎧を脱ぐ。
「あらあら、まあまあ! 可愛らしいお嬢さんだこと!」
「なんと! あんな重い鎧を着ているからどんな筋肉質の男が出てくるのかと思いきや、こんな可愛いお嬢さんだったとは・・・。」
ベタ褒めの老夫婦。
照れるワン・・・。
栗色の髪に、翠の瞳に垂れた犬耳に、フサフサの尻尾を持つ美少女。
彼女がレトリアだ。
美少女っぽく見えるのは、進化の影響と、沢山の魔物を倒した為に、大量の魔素を取り込んだ為に、年を取らなくなってしまった事が原因らしい。
二度驚いている老夫婦はさておき、レトリアは結構広めの庭の草むしりを始める事にした。
辺り一面一メートル程の雑草が生えている庭。
そこに蠢く芋虫の群れ。
「う~ん。 おばあちゃんの言う通り、虫が一杯涌いてしまっているワン・・・。」
レトリアは虫は大丈夫だ。
ベロは虫が嫌いなので、何時も頼られているぞ。
レトリアは暫く考えてから、「そうだワン! アレを使うワン!」空間収納を漁る。
「『範囲殲滅ジェノサイド君』!」
物騒なネーミングである。
これはケルちゃん曰く、『デスの人』こと、夜の女神クロエが開発した害虫を焼き払う為だけの使いきり魔道具である。
使い方は簡単。
庭の四隅に付属の杭を抜けないよう地面に刺すと、結界が張られます。
次にジェノサイド君本体を起動させたら、庭の真ん中にポイして下さい。
「ポイっと。」
レトリアは起動させたジェノサイド君を庭の真ん中に投げ入れた。
五秒後、カッ!っと目映い光が結界内を包み、『ドン!』と言う音が庭に鳴り響いた。
「な、何が起きたんじゃ!」
おじいさんがあわてて庭に来た。
「こ、これは・・・。」
おじいさんが見た物は、草が一本も生えていない何故かふわふわの耕された畑のようになってしまった庭だった。
「えっと、虫も駆除出来たし、あとは芝生を植えていくと・・・。」
レトリアは四角く切られた芝生をフカフカになっている庭の土に並べていく。
ケルちゃんの加工品店には、芝生が一枚銅貨一枚で売られているぞ。
レトリアは朝の鍛練で、いきおい余って、リリスの家の芝生をダメにしてしまうので、ケルちゃんに芝生を持たされているぞ。
そして、芝生が根付くように軽く水を撒いたら。
「終了だワン!」
おばあちゃんとおじいさんは無言で庭を見ている。
そこには芝生を敷き詰められ綺麗になった庭が現れていた。
「そうだ、次に虫が涌いたらこれを使うと良いワン。」
「これは、何ですかの?」
「これは『虫絶対殺すマン』だワン。」
レトリアがおじいさんに見せた物は、黒い小さな箱だった。
「これは庭やご自宅に虫が発生した時に起動させると、虫だけを殺す霧が発生して虫を駆除出来る魔道具だワン。」
しかも、虫は魔素に変換されて死体は残らないし、変換された魔素は空気を綺麗にしてから霧散するんだワン。
使いきりだから、気に入ったらケルちゃんの加工品店宛にギルドで依頼を出してくれれば納品出来るワン。
この魔道具は、ケルちゃんの加工品店で売っているので、ギルドの納品クエストを発注して貰えば何時でも購入出来ますワン。
リリス辺境伯領は遠いからギルド経由なら安心だワン。
虫が嫌いなおばあちゃんは大喜びしてくれた。
報酬の一万ペリカ硬貨と四五六サイと言うサイコロを手に入れたレトリアは、次の依頼をこなしにいく。
次の依頼はなんだワン。
依頼書を見たレトリアの手が止まる。
依頼 お店のお手伝いをして。
私、ナイトクラブ『麗』のオーナーをしているのですが、最近質の悪い方々が営業妨害をしてきまして、大変なんですよ。
どなたか腕に覚えのある方、ウチの店の子達を守って下さいませんか?
報酬 ワ・タ・シ。(嘘よ。) イカロスの腕輪 アキレスの指輪
依頼は夜かららしい。
レトリアは一度冒険者ギルドに戻り、ギルド併設の食堂で軽食を食べた。
「あれは軽食じゃないから!」とは、休憩をしていた受付嬢の一人の言葉である。
レトリアの軽食。
タマゴサンド四人前、オムレツ五人前、パフェ五杯、ケーキワンホール。
ナイトクラブ『麗』。
ここは、麗しき夜の蝶が・・・。
「ナイトクラブって、騎士の方なのかワン!」
全身鎧を着た女性達と楽しそうにお酒を飲む騎士達。
「ナイトクラブの意味・・・。」
自分もフルアーマーで佇んでいる事を忘れているレトリア。
「今日もなんて素敵な鎧なんだい。」
「まあ、お口が上手だ事。」
フルアーマーの騎士をフルアーマーでもてなすキャストの女性。
「お口より、ダンジョンの奥地で魔物を倒すのを上手くした方が良いワン・・・。」
レトリアはフルフェイスの奥でげんなりした顔をしていた。
そんなナイトクラブ『麗』での時間は緩やかに過ぎていく・・・。
「おうおう! このアタシの男を奪っておいて、何を図々しく営業してくれてんだ?」
野太い声のフルアーマーの男が、怒鳴り混んで来た。
「ランスロットは貴方なんて興味が無いのよ!」
キャストのフルアーマーの女性がランスロットと呼ばれたフルアーマーの男の腕に抱き付く。
鎧同士がぶつかりとても固そうだ。
「アタシが用があるのは、ランスロットじゃねえよ! ん? まって? ランスロットって・・・! アナタ、グィネヴィアはどうしたのさ?」
「ななな、何の事だい? ボボ、ボクはそんな人は知らないな~。」
アハハハ・・・と笑うランスロット。
何か隠してそうな感じだワン。
腕を組んでいたキャストさんも、疑惑の目を彼に向けている。
「そうね。 アタシが用があるのは、エドワードよ!」
厳ついフルアーマーの男が店内に入ろうとしている。
「お客様では無い方のご入店はお断りしているワン・・・。」
私は彼のガントレットに覆われた太い腕を掴む。
「アナタ、何アタシの邪魔をしてくれちゃっているわけ?」
ああん?
そんな感じで顔を斜めにして睨み付けてくる男。
「アタシはねぇ! エドワードを散々可愛がってあげたのよ! それなのに! この店のアバスレがアタシのエドワードを奪ったのよ~!」
つまり、私怨でこのお店に嫌がらせしているワン?
「では、貴方はエドワードさんが好きで付き合っていたところ、自身の魅力が無くなり、エドワードさんとやらに浮気をされた腹いせの為にお店に嫌がらせをした訳ですワン?」
「ちょっと! もう少しオブラートに包みなさいよ! なによ! アタシに魅力が無くなったですって? チョット裏に面貸しなさいよ・・・。」
私の発言にブチ切れたらしい男は怒りのあまり、私をブチのめす事を決定したらしい。
お店の裏は、森林公園に近い路地に繋がっていた。
怖い人に追われていても、森林公園に逃げれば何とかなるらしいと、お店のキャストさんが言っていた。
「アタシはね、これまでに自身の身体を磨いてきたわ。」
ふん!
フルアーマーが内側の筋肉の膨張と魔力により弾け飛ぶ。
鎧の下から出てきたのは、正に筋肉の塊のような男の姿だった。
何故か『I LOVE ゴードン』と編まれているサマーセーターを着ている。
どうやら、この男はゴードンと言う名前らしい。
「ワタシの能力は筋肉操作よ! この段階で60%。 この姿で軽くワイバーンを10体倒せるわ・・・。」
行くわよ・・・。
ゴードンは私にダッシュしてくる。
「えい。」
私は軽く彼を払い除ける。
これには彼も驚愕の表情を浮かべる。
「まさか、このワタシが100%を出す時が来るなんて・・・。」
なんか面倒だワン・・・。
「フフフ・・・、見せてあげるわ! アタシの本気を!」
フンヌ!
筋肉が更に膨張する。
バリッ!
「ああっ! エドワードから貰った大事なセーターがバラバラに! おのれ、許さん! 許さんぞ!貴様! アタシの100%中の100%でブチのめしてやるわ!」
血の涙を流しながら私を睨む男。
あの、セーターを破ったのは貴方の筋肉ですワン!
私はただ見ていただけですよ~!
私は混乱していた。
「さあ、これがワタシの100%を越えた姿よ!」
バリバリッ!
あっ、・・・。
この瞬間、私はキレた。
「この野郎! おぞましい物を見せるんじゃ無いワン!」
「ぶべらっ!」
私は全裸になった変態を殴り付けた。
何で全部弾け飛ぶんだワン・・・。
私は見なくても良いモノを見てしまい、かなりげんなりしていた。
私は変態を簀巻きにし、「変態を成敗したから、連れていって欲しいワン。」と、男を警備隊の方に引き渡した。
因みにエドワードさんは、ゴードンに力ずくで迫られてしまい、抵抗するも、力及ばずに、成す術がなかったと、涙ながらに自身に遇った被害を語っていた。
確かに、普通の人があんな筋肉のパワーに対抗するなんてなかなか出来ないワン・・・。
私はエドワードさんへ心から同情した。
私が店内の警備に戻ると、ランスロットさんが男に殴られていた。
「ランスロット! お前! 俺の妻に手を出しやがって!」
「アーサー、俺はグィネヴィアを愛しているんだ!」
ランスロット・・・、不倫はダメだワン・・・。
「だからって、不倫はダメだろうが! 愛しているとか言う前にダメな事なんだから、自制しろや! 世の中下半身だけで何とかなるなら、憲兵も国も要らねーんだよ!」
確かにそうだけど、アーサーさんはランスロットさんを殴っても怒りが治まらないようだ。
「まあまあ、アーサーさん? 先ずはこれからどうしたいかだワン。」
私はランスロットさんを絞めるアーサーを落ち着かせる。
「えっと、アーサーさんは、妻であるグィネヴィアさんと、親友であるランスロットさんに裏切られたんだワン?」
「そうだ。」
だからなんだ?と仏頂面のアーサーさん。
「アーサーさんは、奥さんを許すんですかワン?」
私がアーサーさんの立場なら、ランスロットさん同様、許しませんワン。
「確かにグィネヴィアにも責はある・・・。」
アーサーさんは、少し冷静になる。
私はアーサーさんを他の人が聞けない位置に誘導し、話す。
「アーサーさん、ランスロットさんに怒りが湧いても殴ったのは褒められませんワン。」
「先ず、奥さんを許さないのであれば、奥さんを訴えて慰謝料請求と離婚、それと、ランスロットさんには奥さんに裏切られ、離婚する原因になったランスロットさんにも慰謝料請求するワン。」
アーサーさんはフムフムと頷く。
「で、慰謝料請求には決定的な証拠が必要だワン。 それはあるかワン。」
この証拠の有無で、逆に慰謝料を請求されてしまうか、離婚するだけとかに成りかねない。
「大丈夫だ。 以前、家の金が何度か無くなる事があってこっそり映像魔道具を設置したんだが、これが見事に犯人と不倫の証拠を捉えていたんだ。」
暫く泳がせておいたら、証拠がザクザク貯まってしまったものだから、少し人間不振になりかけたとか、彼は語る。
「では、ランスロットさんには窃盗の常習犯の件をちらつかせて、今夜のアーサーさんの暴力は無かった事にするワン。」
そうすれば、慰謝料請求出来るし、離婚もすんなりですワン。
この時、フルフェイスに隠された私の顔は悪い顔をしていた事であろう。
私はアーサーさんに、「実は同じような境遇で離婚したサキュバスさんがいるワン。 離婚後に紹介してあげるワン・・・。」と耳打ちし、彼を気持ちよく送り出した。
後日これを聞いたナイトクラブのオーナーさんは、
「貴女、えげつないわね・・・。」
ドン引かれていた。
浮気はダメだワン。
また、筋肉の方もエドワードさんが訴えを起こし、全面勝訴だった。
私は報酬のアキレスの指輪とイカロスの腕輪を貰った。
貰った魔道具は、妹達の誕生日プレゼントの1つとして渡した。
「お姉ちゃん。 アキレスの指輪なんだけどね。 身体は丈夫になるけど、アキレス腱だけ極端に弱くなるワン・・・。」
どうやら残念な魔道具だったようだ。
「レトリアお姉様。 このイカロスの腕輪を着けていると、イカ料理のイカが消えてしまうみたいですわ。」
イカ天は衣だけに、イカ焼きはタレのみに、イカリングも衣だけ等、イカだけが消えるらしい。
これ、イカロスの腕輪じゃなくて、イカ ロスの腕輪だワン?
世の中には不思議な物もあるんだワン。
戦いばかりだったあの時より、今は穏やかな時間が過ぎている。
撲殺ワンコと呼ばれていたレトリアは、自慢のオリハルコン製の二対のメイスを振るうことが無い事が嬉しくて堪らない。
ケルイチローと50000人のゴブリン相手に戦った記憶も過去になりつつある。
平和でもダンジョンがあるから、妹達を誘って行くのも良いかなと感じる。
元々が、弱いとされていたコボルド達を強くし、弱いからと虐げられないように戦ったのが、始まりだった。
そして、兄を旗頭にコボルドの国を作った。
のんびり昼寝が出来る、何時ものコボルド達の穏やかな日常。
「私はもう必要無い。」
彼女はそう思う。
だからこそ、魔鋼製の鎧まで着て姿を隠したのだ。
「レトリアは必要無いなんて、言わないで欲しいワン。」
そう言ってレトリアの側に座るのは、夕日にその赤い髪が映える少女、ベロだった。
「わたくしはレトリアが好きですわ。」
こんなに心が安らかになる場所はレトリアの隣だけですもの。
ベロはレトリアの顔に自身の頬をスリスリとする。
「貴女もリリスも沢山戦いましたもの、今はゆっくりすればいいですワン。」
もう、リリスやレトリアのように運命を歪められた者と戦い、涙を流さなくても良いとベロは言う。
「それに、自分は必要無いなんて言わないで。」
ここに貴女を必要とするワンコが居ますよ。
彼女はレトリアににっこりと笑う。
レトリアは、彼女の笑顔を見ると幸せな気持ちになる。
我ながら単純なのかも知れないけど、少ししんみりとしていた気持ちが温かくなるのに気付いた。
「私もベロちゃんが居ると幸せな気分になるよ。」
レトリアは彼女にそっと微笑む。
それは、ベロの大好きな彼女の微笑みである事を彼女は知らない。
誰かの為に戦い続けた者、戦う者が無事に帰るようにと祈るしか出来なかった者。
レトリアの帰る場所を作ってくれたのは、ベロだった。
お帰りなさいと笑顔を向ける彼女を、レトリアは抱き締める。
それだけで彼女は幸せな気分になった。
どうか、この幸せが続きますように。
撲殺ワンコは、彼女の前では可愛らしい存在に変わるのだ。
お読み頂き、ありがとうございます。
また過去に投稿して削除したキャラクターがメインのお話です。
作者がなろうに投稿した切っ掛けは、彼女との死別と、その後を一緒に過ごしたゴールデンレトリバーの死を経験し、脱け殻のようになっていたところを、彼女の残していた小説のキャラクターだけを書いたノートが見付かり、それを少しでも読んで貰おうとしたのが切っ掛けでした。
作者が不甲斐ないせいで、その物語は削除しなければならなくなりました。
レトリアは、ゴールデンレトリバーの彼女が喋っていたら、どんな娘になるだろう?なんて考えたキャラクターでした。
作者の独り善がりな作品ですが、どうか御容赦して下さい。