不慣れな贈り物への奮闘【エリナ視点】
バレンタインデーということでサクッと書いたものになります。
中身の突っ込みはなしでお願いします!
とある日、エリナは王太子宮の厨房に来ていた。傍では料理人たちが青白い表情をしオロオロとしている。
「……本気、ですか?」
「本気よ。だって夫婦の間では当たり前、なのでしょう?」
「それはあくまで平民の間の話だとお伝えしたはずですが」
頭を抱えているサラを余所に、エリナは傍に置いてある本を真剣な眼差しで見つめていた。それは王城の書庫に置いてあった一冊の料理本。お菓子の作り方だった。
本を読み進めながら、エリナは手を動かす。すると、料理人たちが慌てたように動こうとするが、それはフィラリータによって制止されてしまった。王太子妃であるエリナの邪魔をしないようにと考えているらしいが、料理人からすれば邪魔ではなく手を貸したくてたまらない状態だった。
「これは何かしら……きゃっ、ゴホッ」
茶色袋を開けた途端、白い粉が舞い上がりエリナが咳き込む。その様子に、サラは手を頭に当てながらも呆れていた。
「……他のことは完璧なのですが、お嬢様にも出来ないことはあったのですね」
「ゴホっ、サラ」
「さぁ、お顔を拭いてください。そのようなことをなさらなくても、王太子殿下にお渡しするものならば用意できますから」
「それは、そうかもしれないのだけれど」
そもそもの発端は、王城で聞いたとある噂話だった。エリナはアルヴィスに用事があったので、王太子執務室まで出向き、その帰りに回廊で侍女たちの話を聞いたのだ。彼女たちもまさかエリナが聞いているとは思わず、回廊の端で話をしていただけ。
『今日は早く上がれるから嬉しいの』
『いいなー、私は今日に限って遅番だからまだなのよね』
『あれ、じゃあ料理はどうするの? 今日は祝福の日なのに』
『明日に延期させてもらおうと思ってる。あの人も、無理して作らなくていいって言ってくれてるし』
『相変わらず優しい旦那さんで良かったね』
『それだけは自慢したいくらいよ』
嬉しそうに話す侍女たちの会話。これまでならば気に留めなかったかもしれない。ただこの時はどうしてか気になった。彼女たちの会話が。
王太子宮に戻った後もどうしても気になって仕方なく、エリナは意を決してサラに尋ねることにした。
「サラ、祝福の日を知っているわよね?」
「もちろんですが、それがどうかしたのですか?」
「その日は……夫である人に手料理を振る舞う日、なの?」
「それは初めてお聞きしますが、どこでそれを?」
事情を説明すると、サラは少しだけ考え込んだ。サラも、そしてここに居る他の侍女たちも含めて初めて聞くらしく、エリナの疑問に答えられる者はここにはいなかった。一人を除いて。
「僭越ながら、発言してもいいでしょうか?」
「ミューゼ? 何か知っているの?」
「恐らく平民の風習かと思います。祝福の日は恋人、もしくは妻が手作りの物をを贈るというものがありまして」
ミューゼの話では、料理でなくてもいいのだという。手作りをした何かを大切な人に贈る。それとともに、感謝と愛を伝えるらしい。夫婦となった者の多くは、それが料理となっているため例の侍女たちはそういう話をしていたのだろうということだ。
「では夫婦であれば料理を贈るのが定番、ということなのね」
「えぇ、まぁそうですが」
という事情があって、エリナは夫婦ならば料理を作るということで厨房に入ってみたというわけだった。
だがしかし、エリナは生まれてこの方料理などしたことがない。厨房に入ったことも初めてだった。本を手に色々とチャレンジするのだが、どうやらエリナには向いていないようで、どうやっても失敗してしまうのだ。
「……妃殿下、別に料理でなくとも構わないと思うのですが」
「……そう、ね」
これ以上続ければ、厨房を汚してしまうだけかもしれない。料理人の彼らの邪魔にもなってしまう。彼らの休憩時間だというのに、ここに居るのが何より時間を潰していることに他ならない。
「ごめんなさい、邪魔をしてしまって」
「いえいえ。とんでもございません。王太子殿下に何かを作って差し上げたいというお気持ちだけでも、素晴らしいと思います」
「そうです、妃殿下」
「ありがとう」
エリナは厨房から去って、サロンへやってくると深く溜息をついてしまう。ここまで出来ないとは思わなかった。
「元気を出してください。誰にでも苦手なことはあるものです」
「……ありがとう」
そうはいっても気落ちしてしまうのは止められなかった。そんなエリナの下に、籠に入れられた小さなお菓子が届けられた。
「サラ、これ」
「料理長たちがこれならばと、用意してくださいました」
小さなお菓子と一緒にあるのは、可愛らしい袋とリボン。これを飾り付ければよいというのだろうか。チラリとサラを見れば、微笑んでいた。これならばエリナにも出来る。
「気持ちが大事なのです。きっと王太子殿下もそうおっしゃると思いますよ」
「ありがとう」
元気を取り戻したエリナは早速作業に取り掛かった。リボンというのは、普通女性に贈るものだろう。でもアルヴィスならばそれも似合うように思う。そんな事を想いながら、エリナは手を動かした。
その日の夜、エリナから手渡されたそれを見て、アルヴィスは大いに驚いたという。
続きは、たぶん次のホワイトデーにでも書きたい、と思います(;^ω^)