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【クリスマス特別編】恋人の日

クリスマスイブということで、ちょっとした番外編を作成してみました。

少しでも甘い二人になればとおもったら、そうでもなかったり(汗)

 

 ルベリア王国は比較的温暖な気候だ。一年を通して、それほど厳しい寒さを感じることはない。年の瀬が近いこの日、アルヴィスはいつも通り執務に追われていた。書類仕事に加えて、国政に携わるための勉強も並行して行う。アルヴィスが処理したのは、そのまま国の意志となる。国王ほどではないにしても、それほどの権限を持っているのだ。一つ一つの書類を裁くことに慎重さが加わってしまうのも仕方がないだろう。


「アルヴィス様、それほど根を詰めずとも宜しいと思いますが」

「そういうわけにもいかない。まだ俺がこの地位に立って一年だ。まだまだ新人の部類だろう」


 先日、無事に学園の創立記念パーティーが終わった。あの日、アルヴィスが国王に呼ばれて己の未来が変わってから一年が経ったことになる。下地がある程度あったとはいえ、実際には必要ないと思っていた知識だ。それでも頭はきちんと覚えている。こればっかりは当時の家庭教師たちに感謝すべきだろう。でなければ、こうして目の前の書類の束を裁くことなど出来なかった筈だ。


「アルヴィス様はいつもご自身には厳しいですね。たまには骨休みも必要かと思いますよ」

「……また何か企んでいる、というわけか?」

「何のことでしょう」


 笑みを浮かべているエドワルドに、アルヴィスは呆れたように息を吐く。とぼけて見せてはいるものの、アルヴィスが気づいていることもわかっていての反応だ。

 思い出すのは、アルヴィスが生誕祭の後、エリナと出かけたことだ。偶然を装っていたものの、それは意図的なものだった。その原因も、元はと言えばアルヴィスの所為なのだけれども。だとしても、そのためにエリナを使うのはどうかと思う。相手は公爵令嬢だ。それも王太子の婚約者という立場。それでも出向いてくれたのは、彼女の優しさか、それともアルヴィスが心配だったのか。もしくはその両方か。


「それで……今度は何をしようとしている?」

「私はただ偶然昼頃に公爵家のご令嬢と共に王城へ来ていた侍女殿に、()()お話をしただけです」


 偶然という言葉が強調されているように聞こえるのは、決して勘違いではない。そもそもエリナが今日王城へ来ていることは、アルヴィスとて知らされている。その目的は、王妃教育の一環だ。学園が長期休暇に入ったこともあり、その時間を利用して王妃のサロンにお邪魔しているらしい。


「今日は、伯母上が主催したお茶会がある。俺以上にエリナの方が疲れているはずだ」


 王妃が主催しているお茶会に参加する。それは多くの夫人たちの憧れでもあるだろう。今回の参加者は、既婚者ばかり。その中に一人未婚であるエリナが参加するのだ。同年代の集まりではなく、年上の夫人ばかりの会合。王太子妃となるエリナの一挙一動が注目される。

 幼少期から注目され続けたエリナにとっては、どうということもないのかもしれない。それでも気疲れはするだろう。


「俺以上に、社交界ではエリナの方が頼りになりそうだな」

「アルヴィス様は、そういう事は避けていらっしゃいましたからね」


 本当に必要最低限。あの当時は、公爵令息という身分に感謝したいことも多かった。招待状を受けても断ることが出来たのはそのおかげだ。参加しなければならないのは、公爵家で開かれるものと王城でのもの。そういう場合に同伴者が必要な時は、リティーヌに頼むことも多かった。騎士になってからは、出席すること自体がなくなり安堵していたものだ。それもこれも、自分は貴族としてより騎士として生涯を終えると思っていたからに他ならない。


「必要になるとは万が一にも思っていなかった」

「……そう思っていたのは、アルヴィス様だけだと思いますけど」


 小さな声で呟かれた言葉は、アルヴィスには聞き取れなかった。怪訝そうな顔でエドワルドを見返していると、彼は苦笑しながら首を横に振る。


「いえ、こちらの話です。ところで、そろそろいいころ合いだと思うのですが休憩をなさいませんか?」

「キリがいいところまではやっておきたい」

「……アルヴィス様」


 眉を寄せるエドワルドだが、中途半端なままにしておくと逆に気になってしまう。これは性分のようなものなのだろう。無理をしているつもりはない。年の瀬を迎える日くらいはゆっくりする予定だ。アルヴィスが休まなければ、エドワルドたちも休めないのだから。近衛隊たちにも、せめてその日は家族と共に過ごせる時間を作ってやりたいと思う。既婚者たちに対しては特に。


「我々のことなど後回しで結構です。アルヴィス様こそ、ベルフィアス公爵家の方々とお過ごしになりたいとは思いませんか?」


 そこまで言われて、アルヴィスも手が止まる。しかし、父を始めとしてそろそろ領地に帰っている頃だろう。新年の挨拶の場である祝賀参賀には来るだろうが、その前の日までは領地で過ごすのが通例だった。アルヴィスにはそこまで行くことは出来ない。


「今更、だな」


 騎士団に入団してからは新年は王都で過ごしている。領地に帰ることはせず、仕事で動き回っていた。昨年は色々と環境が変わりすぎて、そこまで考える余裕がなくここで過ごしていたし、領地に帰って新年を過ごしたいなどと考える暇もなかった。それを寂しいと思いはするが、どちらかというと申し訳なさの方が優る。

 それ以降、アルヴィスは何も答えることなく、黙って手を動かした。



 漸くひと段落した。アルヴィスはペンを置くと、腕を伸ばしながら立ち上がる。空は赤みを帯びてきていた。エドワルドと話をしてから随分と時間が経っていたらしい。

 そこへ、ガチャリと扉が開かれる。


「おい、エド。ノックくらい――」

「失礼いたします。お茶をお持ちしました」


 声を掛けようとしてアルヴィスは言葉を止めた。エドワルドだとばかり思っていた相手は、まさかのエリナだったからだ。


「エ、リナ?」

「はい。集中しておられるので、邪魔をしないようノックを控えるようにと言われたのですが……あの」


 ノックをしなかった理由を話すエリナだが、そういう問題ではない。どうしてエリナがここにいるのか。確かにこの時間ならば、既にお茶会も終わっている頃だろう。であれば、そのまま屋敷に戻るはず。いやそうではない。何故、エリナがお茶を運んでいるのか。突っ込みたいところが多すぎて、アルヴィスは思わず掌を顔に当てた。


「アルヴィス様、どこか具合でも」

「いやそうじゃない。ちょっと、状況がわからなくなっているだけだ」

「?」


 首を傾げるエリナに、アルヴィスは色々といいたいことはあるが飲み込むことにした。文句はあとでエドワルドに言えばいい。


「王妃様から、お茶菓子のおすそ分けをいただいたのです。お茶をいれますね」

「あ、あぁ」


 手際よく紅茶を淹れ始めるエリナを見守りながら、アルヴィスはソファーへ腰かけた。普段は侍女の仕事で、執務室にはジュアンナがいることが多いのだが、今はいない。間違いなく、気を利かせたのだろう。

 目の前に紅茶を置くと、エリナはアルヴィスの隣へと座った。エリナが淹れてくれた紅茶を手に取ると、香りを楽しみながら口に含む。


「美味いな」

「ありがとうございます。そういっていただけて嬉しいです」


 分けてもらったというお茶菓子を摘まみながら、エリナからお茶会での話を聞く。政治的な話もあるが、やはりというかアルヴィスとのことも色々と聞かれたらしい。特段、聞かれて困る様なことはしていないはずだが、それでも答えにくいということはある。


「ですが、王妃様からは喜ばれました。少しでもご安心させることが出来て、私も嬉しく思っています」

「そうだな。最近は、伯母上も体調を崩すことも無くなってきた。落ち着いてくれて何よりだと思うよ」

「はい。ですがアルヴィス様は最近ずっとお忙しくしていらっしゃると聞きました。年の瀬も、お仕事なのですか?」

「俺が仕事をしていると休めない者が増える。だから、その日は大人しくしているつもりだ」


 全員を休ませることは出来ないにしても、最低限で済むようにしたい。そう伝えると、エリナは微笑んだ。


「アルヴィス様らしいです。ご自身よりも周りのことをお考えになられているところが」

「俺は一人だし、自由が利くからな。それも今年までだが」

「そう、ですね」


 今年まで。その意味は、アルヴィスが独り身でいるのも今年までということ。来年の同じ時には、夫婦となっている。エリナと。

 その意味を意識したのか、エリナは頬が赤くなった。あと少し。二か月余りでその日がやってくる。


「エリナ」

「は、はい!」

「そう緊張されると、俺も困るんだが」

「いえ、あの違うのです。その……アルヴィス様は、今日は何の日かご存じですか?」


 突然の話題に、アルヴィスは目を丸くした。今日が何の日か。少し考え込むが見当もつかない。年の瀬が近い日に、特別な記念日があっただろうか。


「先ほど伯爵夫人から聞いたのですが、とある国では今日は恋人の日というそうです」

「恋人の日?」

「だからその……恋人同士が一緒に夜を過ごす日で、贈り物を渡したり食事をしたりする日で」

「初めて聞いたな。そんな日があるとは」


 他の国々の習慣にも目を通しているつもりだが、そのような習慣がある国はあっただろうか。もしかすると、まだ目を通していないものがあるのかもしれない。それは後で確認するとして、アルヴィスはエリナへと改めて向かい合った。


「それで、エリナはどう過ごしたいんだ?」

「っ……」

「その夫人の言う恋人の日というのが今日ならば、婚約者である俺たちには当てはまらない。だが、来年になれば俺たちはもう結婚後になる。そういう意味では、今日しかないが」


 エリナへわざわざこの日が恋人と過ごす日だと話題を提供したということは、夫人たちに乗せられている気がしないわけではない。王太子と婚約者の仲を推し量る良い機会にでもしようと言うのだろう。ならば、乗せられてみるのも悪い気はしなかった。

 アルヴィスはエリナの髪をひと房手に取る。


「エリナ?」

「……もし、アルヴィス様が宜しければなのですが」

「あぁ」

「もう少しだけここにいさせていただけないでしょうか? もちろん、お仕事の邪魔は致しません! ただ傍にいさせていただくだけでいいので」

「そんなことでいいのか?」


 あくまでアルヴィスを優先するエリナらしい頼み事だが、ここにいることを許すだけならば別に特別でも何でもないだろう。


「アルヴィス様がお仕事をしているお姿を見ているだけでも私にとっては特別、と申しますか」

「だが、それでは退屈だろ? 直ぐに日も沈む。屋敷に戻る時間を考えれば、それほど時間もない」

「はい。なので、それまでの間だけで結構ですから」

「……」


 アルヴィスは考え込む。その程度ならば、たいして変わり映えがしない。エリナがいても、仕事に支障をきたすような真似はしないと断言できる。だが、それは何か違う気もする。恋人の日にやることではないことは確かだ。経験が少ないアルヴィスでも、その程度は想像できる。


「俺も大概だが、エリナもだな。確かに」

「アルヴィス様?」

「尤も、俺も人のことは言えないが」

「あの――」


 エリナから手を離すと、アルヴィスは立ち上がり執務机へと足を向けた。机の上にある書類をまとめて片づけをする。


「エド!」


 声を大きくしてエドワルドを呼べば、扉が開かれて呼ばれた当人が顔をだした。どこかその表情が何もかも分かった風なのが面白くないが、今はそれを飲みこむ。


「リトアード公爵家に伝令を頼む」

「承知いたしました。お帰りの時間はどの程度に?」

「それほど遅くはならない」

「わかりました。そちらはお任せください。では、陛下にもお伝えを?」

「俺の方から伝える」

「はっ」


 指示を受けてエドワルドが動く。その背を見送ると、アルヴィスはエリナへと向き合った。何も知らされていない状態なので、その表情には困惑がありありと現れている。


「エリナ」

「はいっ」

「せっかくだ。夕食を共にしないか?」

「え……いいの、ですか?」

「あぁ」


 考えてみれば、エリナと食事を共にしたことは一度もない。お茶会程度ならばあるし、立ち食いをしたこともある。しかしそれだけだ。


「ですが、私はドレスもこれしか」

「俺と二人だけのものだから、そのままでいい。もし気になるならば、俺の部屋に少しだけエリナのドレスも用意してあるから、着替えてきてもいいが」

「アルヴィス様のお部屋にですか⁉」


 驚くのも当然だ。アルヴィスとて知った時は驚いた。生誕祭の時に滞在したことで、今度も念のためということで、エリナ用の衣装を数点用意してあるのだ。これは王家側が用意したものなので、エリナが知らなくても無理はない。


「俺は一旦伯父上のところに報告してくる。その間、準備していてくれればいい」

「では、お言葉に甘えさせていただいてもよろしいですか?」

「もちろんだ」

「ありがとうございます!」


 突然決まった食事。だが、実際はお膳立てされていたものだ。公爵家への伝達がすんなり出来たことも、伯父へ伝えた時に意味深に微笑まれたことも。

 それでもこれに乗ると決めたのはアルヴィスだ。何よりも嬉しそうにしているエリナがいる。それで充分だろう。

 食事の席に姿を見せたエリナは、淡い赤色のドレスへと着替えていた。髪型もそれに合わせるように、アップにされて首元が露わになって襟足が出されている。あまり見ない姿に、思わず心臓が跳ねた。


「どうでしょうか?」

「……」

「似合いませんか……?」

「いや、よく似合っている。あまり見ない髪型だからちょっと驚いて」

「サラがやってくれたのです。初めて共にするお食事だからととても気合が入っていて」


 クスクスと思い出すように笑うエリナに、サラのその様子が容易に思い浮かんでアルヴィスも笑う。今回、給仕をするのは王城に務めている者たちであり、公爵家の人間であるサラたちは別室で食事を摂っている。今頃、くしゃみでもしているのかもしれない。そんな他愛ない話をしながら、アルヴィスとエリナは初めての時間を過ごした。



 楽しい時間というのはあっという間に過ぎるもの。食事を終えた後、アルヴィスはエリナを公爵家へと送るため馬車へと乗り込んだ。


「アルヴィス様、今日はありがとうございました。とても楽しかったです」

「そうか。ならば良かった」

「はい」


 本当に嬉しそうに微笑むエリナ。アルヴィスは半ば無意識に手を添えると、そのまま額へと口づける。


「アル、ヴィスさま?」

「っ⁉ 悪い……」

「いえ、そんな! とても嬉しい、です。ですから、もう少しだけ」


 照れながらも胸に頭を預けてくるエリナの肩を、アルヴィスは支えた。リトアード公爵家まではさほど時間がかからない。ほんの少しの時間だ。肩を抱く手に力を入れると、エリナがアルヴィスを見上げてくる。そのままアルヴィスとエリナは自然に顔を近づけ、ゆっくりとお互いの唇を重ねた。



コロナ禍で色々とあると思いますが、皆様もよいクリスマスをお過ごしください。

来週月曜日が今年最後の投稿となる予定です。


宜しくお願いします!

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― 新着の感想 ―
[一言] こちらの投稿に気がつきませんでした。 プチプレゼントありがとうございます。 ほっこりしました。もう少し甘さ強め版も期待しています!
[一言] こっちの投稿を見逃してました‼︎ こんなチョイ甘めの2人が読めるとは、嬉しい限りです。 もぅちょっと甘々の2人も見てみたいですねー。
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