孤独な友人【ガイ視点】
少し前に書いたものになりますので、シーンも結構前のものです。
アルヴィス学生時代のお話になります。
ガイって誰、と思った方もいらっしゃるかもしれませんが。
本編の第四章3話に出てくる友人です。
ガイ・セアンは、ルベリア王国の王都で店を構える料理人の息子である。ガイの店は、焼き菓子などを専門に作る女性向けのお店だった。その跡取り息子だったガイだったが、彼には致命的な問題があった。お菓子作りのセンスが全くなかったのだ。
女性たちが喜ぶお菓子というのは、美味しさは勿論のこと見栄えも大切である。だというのに、ガイが作るお菓子は凄まじいものばかりだった。多少の焦げ目がつく程度ならば、成功と言っていい。お菓子以外の料理は普通に作れるのだが、お菓子だけはダメだった。原因は、ガイの性格にある。
ガイは、大雑把で結果が良ければいいと常々思っている。多少の間違いがあっても、最終的にうまくいっていれば構わないと。そんなガイに、繊細さを求められるお菓子作りは鬼門だったのだ。分量を計っているつもりでも、それはつもりでしかないことがほとんど。客に出せるような代物ではない。
そこで悩んだ末に考え付いた結果が、お菓子以外を作ることだ。料理は得意だったので意気揚々として取り組んだわけだが、ガイの父は猛反対。客層が若い女性だというのに、料理を作っても意味がないと取り合ってももらえなかった。
ガイは一人息子だ。ガイが作れなければ、店は終わりとなる。自分の代で終わりにすることだけは嫌だったガイが、考え付いたのが王立学園の学生たちをターゲットにすることだった。ちょうど学園には友人がいる。その友人に頼んで、他にも誰か連れてきてもらえば常連になってもらえるかもしれない。貴族間の情報共有というものを利用させてもらえばいい。
後日、ガイは友人に出来るだけ多くの友人を誘って試食会に来てもらえないかと、図々しいお願いをした。そこで出会ったのが、アルヴィスだったのだ。
ガイの友人は、子爵家出身。まさか、公爵子息を友人に持っているなどとはつゆほどにも考えていなかったため、驚きを通り越して不安でいっぱいだった。この店は、貴族令嬢たちも利用することは多いが下級貴族が主である。公爵家のような高位貴族などを相手になどしていない。
「アルヴィス・フォン・ベルフィアスだ。宜しく」
「……ガイ・セアンだ」
笑みを浮かべながら挨拶をしてきた彼の第一印象は、胡散臭いだった。だが、友人よりも下位貴族ならまだしも、公爵を親に持つ彼が友人を利用するわけがない。ベルフィアス公爵家ならば尚のことだ。ガイたち平民でも知っている名前、国王の弟の家名なのだから。その息子ということだろう。
「おい、なんでよりにもよってこいつを連れてきたんだ⁉」
「っちょ、ガイ!」
友人の首根っこを捕まえて、耳元で問い詰める。確かに貴族の友人を連れてこいとは言った。だが、他にも友人はいるだろうに、何故公爵家の人間を連れてくるのか。しかもこんな平民の店にだ。言いたい文句が山の様に口から出てくる。
「落ち着けよ、ガイ。一番連れてきやすいのが、アルヴィスだったんだよ」
「はぁ⁉ 公爵様の息子が連れてきやすいって、お前どういう交友関係築いているんだ!」
「仕方ないだろ。ここにガタイの良い男なんて連れてきてみろよ。視線が痛すぎるって」
「っ……それは、そうかもだけど」
「似合いそうなのを連れてくるとなると、他にいなくてさ」
友人なりに、あまり店と違和感のない人物を厳選した結果らしい。確かに彼を盗み見ると、この店にいても大した違和感を感じられなかった。というよりも、その辺の女性よりも似合っているかもしれない。もう少し身長が低ければ、女といわれても気が付かないだろう。ジーッと彼を見つめていると、眉が寄せられていった。
「言いたいことがあるなら聞くが?」
「言いたいことっていうか、女みたいだなって思っただけで」
「……」
正直に伝えると、ますます眉が寄せられていく。どうやら、彼にとって鬼門の言葉だったのかもしれない。そんなガイに友人は、ケラケラと腹を抱えて笑い出した。
「正直すぎるよ、お前」
「悪かったな」
ガイの料理を試食してからアルヴィスは帰っていったが、それからも何度か友人と共に足を運んでくれるようになった。その回数に比例するように女性客も増えてくる。目当ては、彼だということはガイにもわかった。何を食べているのかなどと聞いてくる客もいるほどだ。
「まるで客寄せにしているみたいじゃないか……」
アルヴィスと二人だけになった時にポツリと呟いてしまった。するとアルヴィスは目を見開いて驚く。その態度に、ガイの方が驚いてしまった。
「そのために俺が来ているんだろ? 今更何を言っているんだ?」
「それは……確かにそうだけど」
言われてみれば、確かにその通りだ。学園の人たちがもっと店へ足を運んでもらえるようにと、友人を頼った。貴族間の情報、所謂噂を利用して客を増やそうと思っていた。その通りに、今は動いているのだから予想通りの結果と言っていい。
「お前は、それでいいのか?」
「何がだ? 利用するなら俺が一番適任だったから、あいつも俺を誘ったんだろ?」
見た目も地位もアルヴィスが適任だった。それも当たっている。だが、あまりにも利用されることを当然と受け入れているアルヴィスの様子に、何かが腑に落ちない。
「友人、なんだろ?」
「クラスメイトだから、友人だろう」
「ここ以外に何か出かけたりするのか?」
「あいつとはいかないが、それが何の関係がある?」
関係ないわけがないだろう。ここでガイは、友人に腹が立つのを止められなかった。だが文句を言うのは間違っている。元よりガイが頼み、その頼みを叶えようと動いてくれた結果なのだから。
しかし、怒りは収まらない。それが目の前の彼に対してなのか、友人に対してなのかはわからなかった。
「どうかしたのか?」
「どうかしたも何もない! おい、アルヴィス!」
「……何だ?」
こうしてアルヴィスの名を呼んだのはこれが初めてだ。ガイなりに、公爵子息を呼び捨てにしてはいけないという考えてだったのだが、呼び捨てにしてもアルヴィスは怒らなかった。ならば、構うまいとガイはビシッと人差し指をアルヴィスの面前に突き出した。
「俺は店が大事だ。だからお前を客寄せとして利用させてもらう!」
「あぁ」
「だから、お前から金はとらない」
「?」
「ダチから金をとるわけにはいかないからな」
「……」
友人からアルヴィスは優秀だと聞かされていた。何でも無難にこなす優等生だと。だが、人間関係については劣等生だ。ガイにとっての当たり前がアルヴィスに通じるわけがないのはわかっているが、それでもどこかイライラする。アルヴィスにとって友人とは、利用し合う関係らしい。一緒にいて得がないなら、付き合わないということだろう。そんなのは友人とは呼べない。少なくとも、ガイはそうだ。
「いいか、アルヴィス。友人てのは、利を得るために一緒にいるわけじゃないんだ」
「……正論だな。だが、それはガイだから通じる話だ。それに、別段困ることはない」
「困るか困らないかじゃないんだって。あーっ、もう」
髪をわしゃわしゃとかきむしる。伝わらないもどかしさにいら立ちが募るばかりだ。そんなガイに、アルヴィスは声を上げて笑い始めた。
「おいっ」
「いや、悪い。……俺にそんなことをいう奴は珍しくて」
「そりゃ、公爵様の息子には言えないだろうな。だが生憎と、俺はお貴族様とは違うんだよ」
プイッと口を尖らせて横を向くと、アルヴィスは口元を手で押さえてまだ笑っていた。初めて会った時に見せた笑みとは違うその表情に、ガイはこれがアルヴィスの素のものなんだと理解する。今はそれが見れただけでもいいかと、ガイもつられるように笑った。
「これからも来いよな。その顔、利用させてもらうからよ」
「顔って……またストレートに言うな」
「顔以外に利用できることあるのか?」
あるに決まっている。公爵家、それも王弟の息子だ。だが、敢えてガイは伝えた。アルヴィスにもガイの意図は伝わっただろう。驚いているのはその表情でわかった。この時から、ガイはアルヴィスの友人となった。本当の意味で。