初めての贈り物【エリナ視点】
それが目に入ったのは偶然だった。
楽しみながら道を歩いていると、エリナの目にウィンドウに飾られている品物が映った。金色の装飾もあるが、中心にあるのは水色の石だ。まるでアルヴィスの瞳の色をそのまま抜き取ったような綺麗なものだった。思わず目を奪われても仕方がないだろう。
「綺麗……」
ポツリと呟き、足を止める。手を繋いでいたからか、アルヴィスも同じように足を止めてくれた。
「エリナ嬢、何か気になるものでも?」
「あ、いえ……」
「中を見てみましょうか」
「あ、アルヴィス殿下!」
答える間もなく、アルヴィスはスタスタとお店の中へ入ってしまった。もちろん、手を繋いでいるエリナも共に入ることになる。
中には、他にも宝石がそこかしこに並べられていた。小さなお店だが、多少なりとも貴族令嬢として宝石を見てきたエリナが見ても、質の高い物を取り扱っているのがわかる。誰もいないのかと、辺りを見回してみるとカウンターの方に人影が見えた。
「いらっしゃい……おや、誰かと思えば、噂の王太子様ではありませんか?」
「あ、貴女は……メルティ?メルティ・ファーレン殿?」
「フォッフォッフォ、一年振りですなぁ。相も変わらず、美味しいマナの匂いを持っておられる」
「貴女も相変わらずの様ですね」
カウンターに座っていたのは、一人の老齢の女性だった。メルティ・ファーレンというらしい。どうやらアルヴィスの知り合いのようだった。「美味しいマナの匂い」という言葉に、エリナは得体の知れない恐怖を感じた。マナは誰もが持っているもので、それを感じ取ることが出来る人もいる。しかし、それを匂いという言い回しをする人には出会ったことがない。店の雰囲気も相まって、エリナは少しだけメルティから隠れるようにアルヴィスの背に入った。
「して、何用かな?また何かの依頼でもありましたかな?」
「いえ……彼女が気になったモノがあったようで立ち寄らせていただいたんですよ」
「彼女……なるほど、かの噂のご令嬢、リトアード公爵令嬢かい」
カウンターから出てきたメルティが、値踏みをするようにエリナへと近寄った。淑女として、アルヴィスに恥をかかせるわけにはいかない。エリナは、少しだけ後ろに下がると頭を下げる。
「あ、あの、エリナ・フォン・リトアードでございます」
「礼儀正しいお嬢さんだ。……まぁ、このお方に付き合うことになるとは、苦労するだろうねぇ」
「え……」
アルヴィスに付き合うと苦労する。それはどういうことだろうか。不思議に思って首を傾げるが、アルヴィスがエリナを背に隠してしまう。聞かれてはいけないことなのかと、エリナはアルヴィスを盗み見た。だが、特に変わった様子はない。
「メルティ殿、エリナ嬢に変なことを吹き込まないでください」
「年寄りの戯言など気になさることでもないでしょうに。さて、お嬢さんは何が気になったのかね?」
「……そのウィンドウにあった石が」
メルティに問われてエリナは、店に入る前に気になった水色の石が嵌っている指輪とネックレスを示す。
「ほう、どうしてこれを?」
何故と問われて、エリナは一瞬アルヴィスの方を見る。そのまま告げるのは何となく気恥ずかしい。だが、メルティもアルヴィスもエリナの答えを待っている。頬が赤くなるのを自覚しながら、エリナはせめてもの抵抗に俯いて告げた。
「あ……えっと、その……アルヴィス殿下の、色でした、ので」
「え……?」
メルティが手に取って持ってきてくれたそれ。実物と当人を見比べると、やはり色合いが似ていた。金髪に水色の瞳を持つアルヴィスの色に。装飾品に相手の持つ色合いを選ぶのは、恋人への贈り物として一般的なものだ。しかし、今回はエリナから示したようなもの。それも恋人ではなく、婚約者だ。会うのはこれが二回目。まともに会話をしたというのならば、今回が初めてとも言える。そんな相手の色を選ぶなんて、はしたないと思われるかもしれない。確実にアルヴィスは困っているはずだ。
ネックレスと指輪を持ったメルティは、それは愉快そうに微笑んでいた。一方、差し出されたアルヴィスはやはり困っていた。
「ほーう、まぁ女性の方がこういうことは鋭いもの。どうなさるのかな、王太子様?」
「……アルヴィスで構いませんよ、メルティ殿。いちいちわざとらしいです」
「くっくっく、すまないねぇ。で、アルヴィス様はどうなさるおつもりで?」
「買いますよ。エリナ嬢が気に入っているようですし」
「え、そんなアルヴィス殿下!?」
慌てるエリナに対し、メルティとアルヴィスは話を進める。購入すると決めてしまったアルヴィスの行動は早かった。手早く支払いを済ませてしまったかと思うと、アルヴィスがネックレスを付けてくれたのだ。
「いいじゃないかい。よくお似合いだよ、お嬢さん」
「……そうで、しょうか」
「似合っていますよ……」
メルティ、そしてアルヴィスにも似合っていると告げられてば、エリナも嬉しい。自然と頬が緩んでしまう。こうして装飾品を贈ってもらうのは、初めてだった。誰かに頼まれたのではなく、アルヴィスが購入してくれたのだ。それはエリナにとって、涙が出るほど嬉しいことだった。
「……ありがとうございます。とても、嬉しいです」
「婚約祝い、とでも受け取っておいてください」
「良い宝石を使っている代物さね。大事にしなさいよ、お嬢さん」
「はいっ!!」
泣きそうになるのを堪えて、エリナは胸元で光る水色の石に触れた。この日のことは、一生忘れないだろう。それくらいエリナにとって特別な日となったのだった。
ひとまずデート編はこれで終わりです。