【妹の暗躍再び? 2025年】アルヴィス視点
これまでスルーしてきましたが、3月は二人の結婚記念日でもあるので一度出してみたかったのです。
そしてケーキを食べさせたかっただけでして(;^ω^)
本編では今取り込み中ではありますので、いつものように時間軸は気にしないようにお願いいたしますw
祝福の日のお返しとして、アルヴィスはエリナを外に連れ出すことにした。今は城下全体が慌ただしい時期でもあるため、衣装の上から外套を羽織る。エリナはともかくとして、アルヴィスはすぐに誰かなどバレてしまうだろう。顔見せを行っているだけでなく、騎士時代にその顔のまま普通に出入りしていたのだから。普段ならばアルヴィスもさほど気にせずにいるのだが、今の情勢の中そういうわけにもいかなかった。
「ここが、祭事の時は賑わいを見せるのですね」
「あぁ。今回は視察も兼ねて、という名目ではあるが、一度エリナも見ておくべきだろう。この前の建国祭は色々とあってみることも叶わなかっただろうしな」
「そうですね……」
アルヴィスがエリナを連れ出したのは、祭事の時に市場の区画に店を構えるところだった。ここの出店許可を出しているのはほかならぬアルヴィスだ。前回の建国祭は国外におり、その前は来賓の多さもあって外出する余裕がなかったからだ。今はまだ人の通りも多くない場所だが、建国祭の時はたくさんの人で埋め尽くされる。それを経験することは、もうできないだろうが。
「それで今日は他にどちらに向かわれるのですか?」
「……知り合いの店だ。本当はあまり使いたくなかったんだが……ルークにも一度顔を見せてやってほしいって頼まれてな」
「え?」
「エリナも通ったことがある店だよ」
馬車を使わずに二人で城下を歩くのは、婚約を交わした後で一度だけあった。アルヴィスが護衛もつけずに、エリナを連れ出した時のことだ。それ以降は馬車を使うことが多かったため、徒歩で城下を歩くことはなかった。その日以来となる。今回は少し離れてはいるものの護衛は当然ついていた。
そうして向かったのは、とあるレストランだ。今日は定休日であるため、他の客はいない。それを利用させてもらうことにした。中に入ると、懐かしい顔が出迎えてくれる。
「アルヴィス様っ!」
「……久しぶりだな、カルロ。それに」
「ご無沙汰しております、王太子殿下」
ルークの知己であるという店長。アルヴィスももちろん顔見知りだ。あの時、結婚式で城下を回った時にも祝いの言葉を述べてくれた。アルヴィスが王太子となってからここに来るのは初めてであり、直接言葉を交わすのもそれ以来だった。
「こちらの我儘を受け入れてくれて感謝する」
「いいえ。友人より事情は承っております」
「ありがとう」
中に入るとアルヴィスはフードを少し上げて店内を見回す。店内はアルヴィスが知る頃と全く変わりがない。そのことを嬉しく思うと同時に懐かしく感じた。
「それではこちらへ、護衛の方々もどうぞ」
「わかった」
案内されたのは二階にある個室だ。近衛隊士数人を一階に残し、いつものメンツであるディンとレックス、エリナの専属であるフィラリータとミューゼを伴ってアルヴィスはその個室に入る。
「王太子殿下、給仕の方はいかがいたしますか?」
「こちらの二名を連れて行ってほしい。レックス、アービー、頼めるか?」
「「承知しました」」
ここは王城でも王太子宮でもない。安全が確保されているとはいいがたい場所だ。ゆえに、調理場にも監視を付ける。そのための人選だ。レックスらは調理の安全確認、そして残されたディンらは毒見も兼ねてこの場にいる。この店を信頼していないわけではない。それでも何かが起きないとも言い切れない。それが今のアルヴィスとこの店の距離だった。
店長らが去った後で、アルヴィスは外套を脱ぐ。それに合わせてエリナも羽織っていた外套を脱いだ。
「ここは貴族らが使う個室らしい。俺も入ったのは初めてだが」
「そうなのですね。その、あまりこのような場所を利用したことがなくて、少しだけ緊張をしてしまいました」
「悪い。定休日とはいえ、誰もこないとは限らないからな」
この店に入ってから口を開いたのはアルヴィスだけだ。エリナは当然ながら挨拶の一つでもしたかっただろうが、それは遠慮してもらった。この店は貴族御用達というわけではない。平民にも広く利用されている店だ。城下で働く騎士たちもよく利用しているため、レックスはもちろんディンらも利用したことは多いだろう。馴染みの店といえばその通りなのだが、それでもアルヴィスが気軽に来ることができる店ではなくなってしまった。
「でもどうして、この店に私を連れてきてくださったのですか?」
「それはまぁ……あとでわかる」
「?」
しばらく会話を楽しんでいると、アルヴィスが頼んでいたものが運ばれてきた。それは赤い果実が綺麗に並べられた円形の白いケーキだった。
「アルヴィス様、これは?」
「……とある世界では、結婚式の時にこういうケーキを食べるらしい。ウェディングケーキというらしいな」
「ウェディング、ケーキ? ですか?」
「意味はよくわからないが、結婚を祝うためのものということだろう」
「何故、これを……?」
「……もうすぐ結婚記念日、だからな」
「アルヴィス様」
運んでくれたのはカルロと店長だ。ルベリア王国にこういった風習はない。ルークを通じて、色々と事情を説明した上で作ってもらったもので、アルヴィスも実物をみるのは初めてだった。祝福の日のお返しというわけではないが、結婚記念日というものを大事にするというのはどこの世界でも同じ。祝福の日のお返しという意味合いであればアルヴィスも考えていたが、記念日という意識は持っていなかった。アルヴィスたちの結婚式の日は、エリナの誕生日だ。祝うとしたらそちらだろう。
「当日でなくて申し訳ない。その日はエリナの誕生日でもあるから、きっと他の皆も祝いたいだろう?」
「ありがとうございます、アルヴィス様。とてもうれしいです。こんな可愛らしいケーキ、初めて見ました」
使っているものは少ないが、それでいても可愛らしいとアルヴィスも感じた。店長からフォークとナイフを受け取ったアルヴィスは、円形のケーキを小さく切り出す。そして、フォークで一口サイズ分を取ると、それをエリナの前へと差し出した。
「え? アルヴィス、さま?」
「最初の一口は、こうするものらしいからな」
「あ、あの……」
エリナは左右を確認する。当然、ディンやフィラリータもこの場にいる。店長たちだって下がったわけではない。人前だということはアルヴィスもわかっていた。だからこそエリナの困惑も理解できる。
徐々に頬を赤くしながら、エリナはゆっくりと口を開く。恥ずかしいけれど、このままにもしておけないと思ったのだろう。小さな口の中に収められたケーキ。エリナは口を動かしそれを飲み込んだ。
「どうだ?」
「お、美味しいですけれどその、恥ずかしかったです」
照れながらそう話すエリナを見て、アルヴィスは笑った。
これは祝福の日のお返しでもある。余談だが、こういうものがあるというのをアルヴィスに教えたのは、妹のラナリスだった。