【祝福の日2025】義妹の提案とは
今年のバレンタインデー!
ラナリスを関わらせてみました。アルヴィスは最後だけ登場です!この先は、皆さまでご想像ください(笑)
今年もこの日がやってきた。初めての頃とは違い、大分エリナも手慣れてきたように思う。初めの頃は、形も歪なものもあったり、焦がしたりと何度も失敗を繰り返した。手先が器用という程ではなかったが、不器用ではなかったはずだ。それでも、苦手な部類に入る。慣れてきたといっても、それはあくまでエリナの認識の上でのこと。同じころに始めた侍女の中には、手慣れたなんてものではないくらい上手に仕上がっている。
「どうしてもこうなってしまうのよね……」
「それはそれでエリナ様らしいと思いますよ。」
「サラ……」
不格好な形のお菓子。料理を生業にする人たちからしてみれば、完全に失敗作だと判断するはずだ。それでもエリナにとっては大分上達した完成品だった。
本当は手作りの物である必要はない。むしろ購入する方を選ぶべきだろう。調理場に入る令嬢などほとんどいないし、エリナとて王太子妃となる前は立ち入ったことなどなかった。初めての作業、失敗ばかりで迷惑をかけたことも、今となっては懐かしい思い出でもある。改めて調理をするという大変さを知ったという意味では、経験すること自体が悪かったとは思わない。それでも、ここまでセンスがないとエリナとて落ち込んでしまうこともあるのだ。
「まだ日にちはありますから」
「えぇ、そうね。ありがとう、サラ」
「それはそうとエリナ様。そろそろ準備をなさらないと、時間に間に合いませんよ」
「もうこんな時間なのね。皆さまをお待たせするわけにはいかないわ」
直ぐに気持ちを切り替えてエリナは調理場を後にした。
自室へ戻り、エリナはドレスへと着替える。今日の予定の中に、令嬢たちを集めたお茶会があるのだ。王太子妃として、エリナは定期的に王城のサロンでお茶会を開いている。誰でもというわけではなく、どういった趣旨のお茶会にするかによって招く相手も変わってくる。今回は同年代の令嬢たちを中心としたお茶会だ。学園にいる令嬢たちも多いため、講義が休みとなる日を設定した。それが今日だった。
淡い水色のドレスに身を包んだエリナが姿を現すと、既に集まっていた令嬢たちが揃って立ち上がる。今回の主宰はエリナではあるが、姿を現すのは最後だ。それがここでのお茶会の暗黙となっているルールだった。
「皆さま、今日はお集りいただきありがとうございます。どうか楽しんでいってくださいませ」
「「はい!」」
簡単な挨拶と共にエリナが微笑みかける。学園でもお茶会のような催しが開かれることはあるが、ドレスコードは制服であることが多い。だがここでのお茶会はドレスを着用する。社交界デビューしたばかりであまりパーティーなどに参加できていない令嬢たちも、招いているため今回はそれなりの規模のものだった。
「エリナお義姉様」
「ラナリス様、お久しぶりですね。お元気そうで何よりです」
「ありがとうございます」
エリナが座るテーブルにやってきたのはラナリスだった。一緒にいる令嬢たちは、学園の同級生らしい。ラナリスはここにいる令嬢たちの中では最も身分が高い令嬢だ。加えてエリナの義妹でもある。本来ならば、身分が下位の者が上位の者に声を掛けるのは憚られる行為。だからこそ身分が高いラナリスがエリナへ紹介するという形を取った。緊張しながらもエリナへ挨拶してくる令嬢たちへ、エリナは微笑みを返した。
「皆さまとても綺麗な所作ですね。学園でも頑張っていらっしゃるのがよくわかります」
「ありがとうございます! 今日のために頑張って練習しました。ラナリス様にも沢山教えていただいたのですが、失敗ばかりだったので……少し不安だったのですが」
「大丈夫ですよ。でも、不安になってしまうとその心が所作を制限してしまうこともあります。ですから自信をもってください。やってきたことは決して裏切りませんから」
「はい!」
ラナリスが紹介してくれた令嬢は子爵位などの令嬢たちばかりだった。王城で開かれるお茶会に参加するのも初めてであり、少し緊張をしていたらしい。今回の経験はきっと彼女たちの糧となってくれるだろう。
「ありがとうございます、お義姉様。彼女たちもどこか萎縮していることが多くて、私ともこうしてお話するまでには色々とあったものですから」
「そうだったのですね」
公爵家はルベリア王国に四つしかない。その一つであるベルフィアス公爵家は特殊な家。その令嬢であるラナリスは気苦労も絶えないだろう。エリナとは違う意味で、ラナリスも常に注目される立場の者だ。
「お義姉様のようにはいきませんが、それでも私なりにできることはやらなければとは思っているのです。私はお兄様の妹ですから」
「ラナリス様」
「たまに不思議な考えをする方もいらっしゃいますが、それもまた個性というものだと思うことにしてます」
少し茶目っ気をみせるようにして話すラナリス。思わずエリナは笑ってしまう。学園はたくさんの貴族令息令嬢が通う場所。平民も通うことは可能だが、大半が貴族だ。その中でも色々な人がいる。きっとエリナがいた頃のリリアンのように、貴族の常識では測れない人もいるのだろう。それでもそれを個性だと言ってしまうラナリスには心強さを感じた。
「そういえばお義姉様は祝福の日にお兄様に何かをお渡ししているのでしょう?」
「はい。ですが……」
「お義姉様?」
「あまりうまく作れないので、今年はどうしようかと悩んでいるところなのです」
エリナはラナリスに事情を説明した。義理の妹にこんな相談をして、ラナリスが困るだろうことはわかっている。それでも話をしたくなった。ラナリスは話を聞き終えると、クスリと笑った。
「ラナリス様?」
「申し訳ありません。お義姉様はお兄様がとても大好きなのだと、改めて思ってしまったものですから」
「そ、そんな話はしていなかったと思いますけれどっ」
ただ、歪なお菓子しか作れないことが不甲斐ないことや、上達がしない料理の腕。それでもアルヴィスは喜んでくれるだろうけれど、せっかくだから美味しいものを、綺麗なものを渡したいと告げただけなのだ。何を渡しても喜んでくれる。でもそれだけでは足りないのだと。
「お義姉様はちゃんとわかっていらっしゃいます。お兄様はきっと他の誰でもなく、お義姉様から渡されるものだから嬉しいと思っているはずです。何も渡さなくても、今私にお話ししたようなことをお兄様にお伝えするだけで、それだけでお兄様は嬉しいと思われるはずです」
「それは、そうかもしれませんが……」
「そうです! それではこれはどうでしょうか?」
「ラナリス様?」
そうして提案されたこと。今年の祝福の日、エリナはラナリスの提案に従うことにした。歪なお菓子と共に、二人きりになったところでアルヴィスに告げる。すると、アルヴィスは目を見開いたかと思うと、そのまま右手で顔を覆った。その耳は真っ赤になっている。
「アルヴィス、様?」
「っ……エリナ、誰の入れ知恵かわからないが、そういうことはあまり言わない方がいい」
「そ、その……迷惑、でしたでしょうか?」
「そうじゃなくて……」
「アルヴィス様?」
盛大な溜息を吐かれたかと思うと、顔を覆っていたはずの右手が下ろされてエリナを抱きしめる。首元にアルヴィスの顔が埋められた。その吐息がエリナにも伝わってきて、エリナは己の顔が真っ赤になっているだろうと自覚する。
「今回は君が悪いと思う」
「えっと」
そっと離れたぬくもり。だがその顔はエリナのすぐそばにあった。至近距離で視線が交わる。そうして……。