【リヒトの頼み 2024年】アルヴィス視点
祝福の日のお返しについてのお話。
大半がリヒトとアルヴィスですが、最後はちゃんとエリナです(;^ω^)
「ってことで、頼むわ」
「……」
今、執務机で仕事をしているアルヴィスの目の前で両手を合わせて拝むように頭を下げているのは、友人リヒトだ。そもそも、ここにリヒトがいるというのは異例のこと。なぜなら、この場所はアルヴィスの執務室。つまり王城内でも限られた人間しか立ち入ることのできない区画にあるのだから。
溜息を吐きながら、アルヴィスは動かしていた手を止めペンを置いた。そうして改めてリヒトを見上げる。
「そもそも、どうしてリヒトがここにいる?」
「ん? あぁ、お前に会いに行きたいんだけどどうすればいいかなーと悩んでたらさ、なんだっけあの人……お前によく絡んでた女子で、妃さんの傍にいる近衛の」
エリナの傍にいる近衛隊士で、リヒトと面識がある人物。そんな人間は一人しかいない。フィラリータだ。
「フィラリータ・フォン・アムールか」
「そうそう! 俺と顔があったら、やけに嫌そうだったけどな」
「そうだろうな……お前とアムールとが関わったことといえば碌なことじゃなかったはずだ」
おそらくはアルヴィスとシオディラン以外で、学園時代にリヒトと関わった人間でよい思い出がある人間の方が少ない。それだけリヒトはある意味で問題児だったのだから。フィラリータが苦い顔をするのも当然だ。
「んなに何かした覚えはないんだけど」
「それで、アムールがお前をここに案内したのか?」
「妃さんに許可を取ってくるとか言って、その後でここに案内してくれたんだ」
リヒトが信頼できる人間だというのは、アルヴィスの周囲の人間なら知っている。だが、王城内にいる大多数の者たちにとってはそうではない。だからリヒト一人でここへ来ることはできない。それを知っているからこそ、わざわざフィラリータが案内役を買って出てくれたらしい。
「下手に出歩かれて、問題を起こされても困るからって言われたけど、そのくらい俺だってわかってるって。さすがにお前に迷惑はかけられないからな」
「アムールだってわかっているだろう。ただ、お前の印象が学生時代のものでしかないからというだけだ。それで、そこまでして頼みたいことがお返しを買うのに付き合えということか」
「いやまぁ……俺と姫さんの共通の接点ていうと、お前だからさ」
リヒトがいう姫というのはリティーヌのことだ。一般の研究員でしかないリヒトと第一王女であるリティーヌ。リティーヌが研究者であるということを省けば、まったくと言って接点がない二人だ。共通の知り合いというのならば、確かにアルヴィスに声をかけるのが一番。そのアルヴィスが王太子であることを除けば。後宮に住むリティーヌ程でないにしても、アルヴィスと会うのだって普通なら早々できることではないのだから。そもそもリヒトがリティーヌに何かを買ったところで渡しに行くことはできない。結局、リヒトから動けることはない状況だ。
「手紙でも渡してっていうのもできないしな……何かしらお前との連絡手段は持つべきだった。悪い」
「気にすんな。そうそうお前に要件があることなんてないんだし、お前の手を煩わせることもあんまりしたくないんだ」
「リヒト」
「けど今回は、やっぱりそのままだとまずいんじゃないかって言われて」
相手がリティーヌとは言っていないものの、リヒトが祝福の日に女性から受け取ったということを同僚達には知られてしまったらしい。それでお返しをしないのはあり得ないと説教まがいのことまでされて、リヒトも動かざるを得ない状況に追い込まれてしまった。
「アルヴィスが忙しいのは重々承知の上だけど、姫さんに渡すにはお前に頼むしかないし」
「まぁ、俺以外の男から手紙でもなんでも来たら、リティはともかくとしてキュリアンヌ妃は何かしら言ってくるだろうからな」
「だろ?」
リヒトには世話になった。特に最近のことでは。だから可能ならば力を貸してやりたい。明日は祝福の日の一か月後。アルヴィスは休暇にしているので、多少なら時間を作ってもそれほど大きく変わりはしない。今日中に済ませなければならないものは既に終わらせてある。
アルヴィスは立ち上がると、傍に控えていたエドワルドとディンへ視線を向けた。
「エド、ルークに外出の連絡を頼む」
「はっ、場所はどこになりますか?」
「……中央区や市場だと目立つからな、学園側の店にでも行ってみるか。リヒト構わないか?」
「あぁ。あの辺なら俺もよく知ってるしな」
学園生時代によく言っていた場所。王太子となってからはあまり顔を出していないけれど、リヒトと一緒ならばその方がいい。
「ディン、馬車の用意を頼む。護衛は――」
「承知しております。私たちと部下少数で」
「助かる」
そうしてあらかた指示を出すと、アルヴィスはリヒトを執務室に待たせたまま仮眠室へと移動した。流石に今の服装で出かけるわけにはいかない。軽装に着替えて、剣を腰に差す。華美にならない程度の外套を羽織ってから、アルヴィスは執務室へと戻った。戻ったアルヴィスの恰好を見て、リヒトが苦笑する。
「なんだよ」
「なんかそうしていると、貴族お坊ちゃんのお忍びみたいだな」
「……みたいじゃない。そうなんだよ」
そうみえるように着替えたのだから見えて当然だ。アルヴィスはリヒトの頭を小突いた。
*********
馬車に乗って移動したのは、学園近くの大通り。馬車を止めて、リヒトと横並びになって歩く。学園生向けの商店街もあるここは、アルヴィスとリヒトが在学中に何度も来たことのある店が多かった。久しぶりに顔を出せば、いろいろなところから声をかけられる。
「アルヴィス様じゃありませんか⁉ どうしてこのような場所に」
「ご無沙汰してます」
「おやっさん! 今日のアルヴィスは俺の貸し切りなんだ」
「また危ないものでも作ってるんじゃないだろうな……今やアルヴィス様は王太子殿下なんだ! 馬鹿なことを考えてると――」
「今日は違うって。というか、そんないつも馬鹿やってるわけないだろう」
そう話すリヒトだが、周囲の視線は疑いの眼差しばかりだった。信用していない。言葉には出していないが、この場にいるほぼ全員がそう思っていたことだろう。そんな様子にアルヴィスは思わず声を漏らして笑ってしまった。
「お前信用ないな。あはは」
「笑うなよ、ひでぇなアルヴィス」
そういいつつ、リヒトも笑っていた。それはいつも間にか周囲へも広がり、アルヴィスとリヒトはつかの間の優しい時間を過ごすことができた。
********
「ということがあったんだ」
「そうなのですね。では、リティーヌ様が夕方ここにいらっしゃったのはもしかして」
「一応、リティに直接渡した方がいいだろうということで、エドにリティへの伝言は頼んでおいた」
アルヴィスは顔を合わせていない。王太子宮にいたというのは時間つぶし、というより後宮にいるよりはここからの方がリヒトの研究所に近いからだろう。
「アルヴィス様は何か買われたのですか?」
「あぁ。これをエリナに」
そういってアルヴィスは懐から小さな包みをエリナへと差し出した。
「ありがとうございます! 開けてもいいですか?」
「もちろんだ」
紐を解いて包みを開ける。そこから出てきたのは、髪留めだ。商店街にある店で偶然見つけたもの。髪留めについている石は宝石ではない。店主曰く、瑪瑙と呼ばれる石らしい。その中でアルヴィスが選んだものは、真ん中が赤色で外側に向かって青の色素が加わっていっている不思議な石が付いたもの。マーブル模様といって、まったく同じ石はそうそうないらしい。自然が作り出した石。加工品とは違った良さがあるものの、あまり高位貴族が好むものではないため平民や下級貴族が購入していくことが多いと言っていた。
「これは瑪瑙ですね」
「さすがだな、知っていたのか」
「はい。でも私も装飾品としていただくのは初めてです」
「透明度がないから、貴族にはあまり人気がないと言っていったよ」
「そうですね。でも、とても神秘的で綺麗です」
そういってエリナはじっと石を見つめている。その表情がとても嬉しそうなのを見て、アルヴィスはエリナの肩を抱き寄せる。エリナはそのままアルヴィスの方へと体を預けてくれた。
「ありがとうございます、アルヴィス様。大切にしますね」
「あぁ」