墓所にて【ジラルド視点】
少し前に書いてあったものです。忙しかったのもあって放置していましたが、折角なので置いておきます。
「お、おいアルヴィスっお前大丈夫か?」
「っ……」
蹲り動けずにいるアルヴィスへとジラルドが声を掛ける。だがこちらの声が聞こえていないのか、それともその余裕さえない状態なのか、ジラルドの声に対する反応はない。右手を地に付けて、左手は頭を抑えている。
「……どうして、お前は……」
石碑に手が触れる前に、アルヴィスは言った。待っていてほしいと。アルヴィスが回復するまで、ただ待っていろと。それはアルヴィス自身がこうなることを予想していたということだ。
この場にはアルヴィスの侍従であるエドワルド、そして近衛隊の面々もいない。もし彼らがこの場に居たならば、何かしらの行動をとっていたことだろう。だが、それはジラルドには出来ない。どうすればいいのかがわからなかった。
目の前で苦しんでいる様子のアルヴィスに、ジラルドが出来ることはない。ジラルドは、じっとアルヴィスを見つめた。
思えば、幽閉されていた塔を出てからはずっとアルヴィスの傍に居た気がする。当然だが、深夜になるとアルヴィスは王太子宮へと戻るので四六時中というわけではない。それでもほとんどの時間を共に過ごしていることにはなるはずだ。その中でジラルドは苛立ちを感じることが何度もあった。
王太子として動くアルヴィスの姿は、己が王太子だった頃に想像していた姿とは全く違うものだ。ジラルドとて学園を卒業した後は、王太子として本格的に公務を担う予定だった。エリナが卒業するまでの一年間はその準備期間だったが、当時のジラルドは余計な時間だと考えていたものだ。いつでも公務など出来ると考えていた。簡単な仕事ばかり回されていた学園生時代。ジラルドでなくとも捌ける書類などつまらないものばかりであり、対応期間も長かったので後回しにすることもあった。期限さえ守ればいい。遅れたところで大した書類ではないのだから、と。
しかし、アルヴィスはつまらないとは思っていないらしい。申請されたものについては、必要なのか不要なのかを自ら判断し、時には却下することもある。半ば形骸化されているようなものまで、根拠を調べてから許可を出すという手間までかけているらしかった。なんて面倒な真似をしているのだろうと、それならジラルドがやった方が早いと思ったのは数回ではない。
『では名前を偽るだけで、いくらでも虚偽の申請が通るというわけですね』
アルヴィスの専属であるという近衛隊士にこう言われた時、ジラルドは王太子相手に虚偽の申請などするはずがないと思った。王族に逆らうなど馬鹿らしいと。しかし、彼は呆れたようにジラルドが王太子でなくて良かったと吐き捨てたのだ。
その時に初めてジラルドは「まさか」と疑いの目を持った。これまで何も考えずに処理をしてきたが、その中に虚偽が含まれていた可能性を。そこで浮かんだのはリリアンの言葉だった。以前アルヴィスはジラルドへ伝えてきたことがあったのだ。リリアンの言葉は虚偽だったと。実際にリリアンを突き落としたのは別人で、ジラルドの友人たちは処罰を受けている。罰を受けたということは、それはすなわち間違っていたのはこちら側だったことを示している。ジラルドが聞いていた言葉は嘘だった。それは同時にリリアンの言葉が嘘だったということだ。
『どうしてお前がここにいるっ』
あの非難の目は受けて当然の報いだった。幼き頃に何度も言われたはずの言葉を、ジラルドは完全に忘れていたのだ。甘い言葉には毒がある。その囁きには注意するようにと。
『ジラルド様は凄いです!』
『私、ジラルド様のことが……』
自分のことのように嬉しそうに微笑む彼女。頬を染めて必死に愛を伝えてきた時には思わず華奢な身体を抱き締めていた。その唇を無理やりにでも奪って、そのままずっと彼女と共に居たいと思った。
『エリナ様が私を気に入らないって……わ、わたし……』
目に涙を溜めてこれまで我慢をしてきたのだと訴えてきた彼女に、心を動かされた。彼女を悲しませるような女など、誰が王妃にするものかと。そう思った時には、計画を立てていた。それも彼女の目的のためだったとしたら……。
「全部僕の所為、か」
ジラルドが欲しい言葉を的確にくれるリリアンを疑わなかったのは、舞い上がっていたからだ。たった数か月しか関わっていないリリアンが、数年間も共にいたエリナよりもずっと近くにいる存在のように感じられたことに、違和感を抱くべきだった。どうして、ジラルドの欲しい言葉を知っているのかと。
今更後悔したところで、何が変わるわけではないだろう。アルヴィスも言っていた。全て遅いと。その通りだ。何を言っても反省したとしても、過去が変わるわけではない。ではなぜ、アルヴィスはここへジラルドを連れてきたのか。答えは一つだけだ。彼が、アルヴィスが優しすぎるから。
ならばジラルドがすべきことは決まっている。アルヴィスの言葉通り、その回復を待つだけだ。その場に膝を付き、ジラルドはアルヴィスの背に触れた。