【二度目のデート2023年】アルヴィス視点
いつか本編でも呼ばせたい!
という事で、ホワイトデー記念の短編です。
いつものように、時間軸を気にせずお読みください。結婚後の二人です。
エリナが執務室へ突撃してくるということが起きて一月後。この日は、祝福の日のお返しをする日だ。昨年は知ったばかりだったので何も渡すことが出来なかったが、今年は違う。
アルヴィスの手元には、エリナの為に用意したプレゼントがあった。魔女であるメルティに頼んで作ってもらったモノに、アルヴィスのマナを込めてある。手作りといえるものではないが、ほんの少しでもアルヴィスが手を加えたかった。エリナは自ら作ったものを渡してくれるから猶更だ。
午前中は会議があったので身体を空けることは出来なかったが、午後からの予定は空けてある。エリナにも伝えてあるし、何も問題はない。ほんの少し緊張をしているのは、今日の予定が城下を歩くことだからだろう。
無論護衛もつくし、事前にルートは決めてある。近衛隊を連れまわしてしまうことが申し訳ないので、最低限で構わないと指示を出していた。それでも引け目を感じてしまうのは、性分だからなのだろう。
城下を歩くのに合わせて、アルヴィスの服装は非常にラフなものだ。シャツの上に上着を羽織り、腰には愛剣を携えている。近衛隊服を着ていないだけで、以前によくしていた装いに近いものだ。エリナにも、出来るだけ大人しめの服装をお願いしていた。
「アルヴィス様、妃殿下のご用意が出来たそうです」
「今行くよ」
滅多に被らない帽子を頭に乗せて、アルヴィスは自室を出る。サロンへ向かえば、エリナが準備万端で待っていた。エリナが身に着けているのは淡い水色のワンピース、そしてアルヴィスが一番最初に贈ったネックレスだ。
エリナへと声をかければ、アルヴィスへと駆け寄り彼女は柔らかく微笑む。
「お待たせしてしまいました」
「いいや、俺の方こそギリギリになってすまない」
「そんなことありません。私はご一緒にお出かけ出来るだけで嬉しいです。まさかまた城下をご一緒出来るなんて思ってませんでしたから」
「あまり褒められたことじゃないのは確かだが……それでも城下を知る機会にもなるだろう」
国を治める者として、すぐ傍に暮らす者たちを知ることは決して無駄ではない。お忍びなので堂々と護衛を連れ歩くわけではないし、城下を身近に感じることも出来るはずだ。
「それじゃ、行こうか」
「はい!」
手を差し出せば、エリナがそこに己の手を重ねる。そのまま手を繋いだ状態で、王太子宮を出て行った。
普段ならばエスコートとして腕に手を置くが、あまりそれらしく振る舞うと目立ってしまう。だから手を繋いだ状態で城下を歩くことにした。もちろん、馬車も使わない。徒歩で向かうのだ。
「それとエリナ」
「はい、なんでしょうか?」
完全に王城から離れる前に、アルヴィスは立ち止まってエリナの耳元へと口を寄せた。
「ここでは、あまり名前で呼ばないでもらいたいんだ。一応、俺の名前は知れ渡っているから。顏もだけど」
「……そうですね。では何とお呼びすればいいでしょうか?」
「アルでいい。出来れば敬称もなくして、口調も砕けた形がいいが……」
「えっと」
お忍びという形なのだから、名前呼びはNGだ。アルというのはアルヴィスの愛称なので、不自然ではない。家族以外では幼馴染の二人だけがかつてそう呼んでいた。今となっては呼ばれることはほとんどない愛称だ。しかしエリナならば呼んでもらっても構わない。
「あの……ア、アルさま」
「様はない方がいいんだが」
「うぅ……頑張ります」
「そうか」
顔を赤くしているエリナに、アルヴィスは笑みを深くした。たった二文字の言葉を呼ぶだけだ。それでもエリナは呼ぶことを躊躇い照れている。エリナにとって己の名前が特別なものだと、そう言われているようだ。これが嬉しくないわけがない。
「おいおい、だな」
「はい……アル、様」
口元がにやけてるのを抑えながら、アルヴィスは城下へと歩を進めた。
前回のデートでは向かわなかった場所へ向かう。屋台などはないが、市場があるところだ。商人たちが各自のスペースを守りながら、売り買いをする場所。城下町で過ごす民が多く行きかう場所でもある。
「あれは何ですか?」
「あぁ、あれは――」
興味津々な様子のエリナは、アルヴィスへと気になることを次々と質問してくる。売られているモノに珍しいものはそれほど多くないが、こうして売られている様子を見るのは初めてなのだろう。
時折掘り出し物が見られることもあるが、出会えるのは時の運だ。
少し歩き回ったところで噴水広場へとやってきた。小休憩を取るため、ベンチへと腰掛ける。そこからも人々が行きかう様子が見れて、エリナはそれを目で追っていた。
「凄いですね」
「まぁ、王都は人が多いからな。にぎやかなところも多いだろう……これが全てではないが」
「アルさま?」
「君を連れていくことはできない。けれど、王都にはそういう場所もある。暗くて狭い、悲しい場所が」
アルヴィスは何度か足を運んでいるものの、それでもあまりいい顔はされない。王都中央よりはるかに危険な場所だからだ。それでも治安は良い方らしい。アルヴィスが知っているのは、王都とベルフィアス公爵家の領地だけなので、単純に評価は出来ないけれど。
「いやこの話はいい。それより疲れたか?」
「いいえ、大丈夫です」
「あまり歩かせると俺が怒られるからな」
令嬢を歩かせるなど、とイースラ辺りには睨まれそうだ。だが、ここでは人目がありすぎて何かをすれば目立ってしまう。
「もう少しだけ歩けるか? 学園の傍の丘に行こうと思うが、結構距離があるから」
「行きたいです! 私は、こうしてアルヴィス様と歩くの好きですから」
「良かった……呼び方戻ってるな」
「あ! すみません……アル、様」
慌てて口を両手で抑えるエリナに、アルヴィスが苦笑する。呼び慣れないのは仕方ない。それでもいつかは、それが当たり前となってくれればいい。
「日が暮れないうちに行こうか」
「はい」
アルヴィスが先に立ち上がり手を差し出せば、エリナもそれを握りしめながら立ち上がる。ちょうどここは王城と学園の中間あたりだ。時間的に、徒歩で往復すれば夕闇近くなる。帰りは馬車を用意した方がいいかもしれない。チラリと、遠くに控えているディンへと視線を向ける。すると、ディンは頷いてくれた。この後は丘へ向かうことを、ディンも知っている。だからこそ言いたいこともわかってくれたのだろう。
「ちょっと遠いが、辛くなったら言ってくれ」
「わかりました」
帰りのことは考えなくていい。そうしてアルヴィスはエリナの手を引き、城下を歩きながら丘を目指した。
お店や家を見ながらエリナと他愛ない会話をしていると、あっという間に目的地へと到着した。そう、ここはエリナが学園在籍時にも二人で来たことがあるあの丘だ。
「まだ少し人がいる、か……エリナこっちだ」
「は、はい」
なるべく人がいない場所。それをアルヴィスは知っている。少し入り口から離れるところだけれど、この時間ならば人はいないはずだ。
「わぁ!」
「王都が見えるわけではないが」
「それでも綺麗です。森があって、あそこに見えるのは湖ですか?」
「あぁ。ちょうど、あの先に見える深い森があるだろう? 近衛隊が遠征に使うのがあの森だ」
「そうなんですね」
王都から離れている場所だが、見えないわけではない。だからこそ、定期的に向かう必要があるのだ。
「エリナ、こっち」
「はい」
アルヴィスが上着を脱いで、エリナを手招く。一瞬躊躇いを見せたが、エリナは大人しく従った。
「こういうところ、お好きですよね?」
「……そうかもしれないな」
アルヴィスは少し茜色へ染まり始めた空を見上げる。空を見上げるのは好きだ。ただ青い空とその中を流れる雲を見ているだけで、何時間も過ごしたことがある程度には。夜は小さな星たちが瞬くのを眺めているし、月の形が変わるのを見るのも好きだった。
「なんというか、こうして広い空を見ていると自分がちっぽけな存在に感じるというか、俺も世界の一部でしかないんだなって実感できるから」
「アルヴィス様も、やっぱりつらいと感じることがありますか?」
そう言われてアルヴィスは、隣に座るエリナへと顔を向けた。
「ないとは言えないけど、それでも俺は一人じゃないから。いつだって帰ればエリナが迎えてくれる。こうして傍に居てくれるだろ?」
「それはもちろん!」
「だから俺は平気だよ。俺にはエリナがいる」
アルヴィスは懐に入れていた箱を取り出して、エリナへと差し出した。反射的にそれを受け取ったエリナは、驚いた様子で目をパチパチと瞬く。
「あの、これ」
「お返し。先月の」
「開けても、いいですか?」
「あぁ」
箱を丁寧に開けるエリナに、思わず笑いが漏れる。そこまで慎重にしなくてもいいことなのにと。箱の中には、薔薇をモチーフにした髪飾りが入っていた。水色の石が散りばめられているのは、ただのアルヴィスの独占欲である。
「ありがとうございます、アルヴィス様。とても嬉しいです」
「喜んでもらえて良かった」
「あの、これつけてもいいですか?」
「俺がつけるよ」
この場に侍女はいない。エリナならば一人でもつけられるだろうが、今だけはアルヴィスがやりたかった。アルヴィスの言葉に頬を赤く染めながら、箱を差し出してくれる。髪飾りを手に取って、エリナに髪に触れながらそれを付ける。
「思った通り、よく似合う」
「ありがとうございます! 大切にしますね」
「あぁ」
花が開いたような笑みを見せてくれたエリナに、アルヴィスはその頬に口づけをした。すると、エリナもアルヴィスの頬へと口づけてくれる。
「お返しですよアル」
いたずらっ子のように愛称を呼ばれた。不意打ちは卑怯だろう。きっと今のアルヴィスは顔が赤くなっていることだろう。それを誤魔化すように、アルヴィスはエリナをその胸に抱きしめた。腕の中でエリナが笑っているのがわかる。
「アル、可愛いです」
「全く」
いつもなら「可愛い」という言葉に不満を言うが、それがエリナが相手だと何も返すことが出来なかった。惚れた弱みというのはこういうことを言うのだろうか。ここに誰もいなくて良かったと、アルヴィスは心の底から安堵した。