【祝福の日2023年】エリナ視点
ハッピーバレンタイン!
という事で昨年に引き続き書いてみました。
甘さというより、エリナの不器用さとかがメイン?かもしれません汗
勢いで描き上げたので、誤字等々あればご指摘ください。。。
「今年こそは手作りのプレゼントを!」
そんな気合を入れて、こうして調理場へと出向いたエリナ。昨年は結局リボンを飾ったりして、ほんの少し手を加えただけのものしか出来なかった。しかし、今年は違う。今年こそは、最初から最後まで作り上げたい。
どれだけ不格好であってもアルヴィスならば喜んでくれる。その自信はある。けれど、出来るならばちゃんとしたものを贈りたいというのが心情だ。
調理場にやってきたエリナは、この日の為に練習を重ねてきた。以前よりは、まともに料理が出来るようになっているはずだ。
「まずは小麦粉を……」
「ゆっくりでいいですからね」
「……」
料理長がエリナの手付きを不安そうに眺める。小麦粉一つを用意するだけでも、エリナにとっては真剣にやらなければならない。どういうわけか、この手の作業が全くと言っていいほど苦手なエリナだ。サラなどが行えばサクッと終わるのだが、エリナがやると数分はかかる。
「で、出来ました」
「では次はこれを」
「バターですね」
本当ならばマナで周囲の温度を操作して柔らかくするのがいい。しかし、エリナはそういった細かい操作が出来ない。だからこそ、前もって時間をかけて放置しておいたのだ。
「これを……っと」
「ゆっくりでいいですから、ゆっくりで」
「はい」
何度も繰り返される「ゆっくりと」という言葉。焦っては全てが駄目になる。ここ数日何度も経験をしてきた。集中する。余計なことは考えない。力を入れ過ぎない。そうしていい具合にクリームとなったところへ、他の材料を入れていく。一つ一つ確認をしながら。
「ここまでは、大丈夫よね」
「はい。問題ありません」
「少し休憩を挟みましょう。妃殿下も」
適度に休むこと。集中しすぎても人は疲労する。これも人によるものだ。そのまま続けた方が集中出来る人もいるし、続かない人もいる。普段ならばエリナも前者なのだが、料理だけは駄目だった。
「時間がかかってごめんなさい」
「お気になさいませんように。誰にだって得手不得手はあるものです」
ずっと練習に付き合ってくれている料理長には感謝しかない。どうしてこれほどに料理については要領が悪いのだろう。勉強も刺繍も裁縫だって褒められることが多いというのに。これはエリナだけでなく、ここに居る全員にとっての謎だ。
「どれほど時間がかかっても宜しいではありませんか。大切なのは、殿下の為に作りたいという妃殿下の想いです」
「ありがとう」
再び作業を開始するエリナ。途中何度か材料を落としたり、分量を間違えたりなどすることはあった。しかし、これまでと比べて一番いいものが出来ただろう。
「で、きた」
「上手にできていますよ。エリナ様」
せめて形を作るのだけは綺麗にしたいと頑張った結果、綺麗なハートの形を作ることが出来た。あとは焼くだけ。あと少しで完成する。温度調整などは流石に危険だとやらせてもらえなかったので、そこは料理長に任せることとなった。
綺麗な焼き色になったクッキーをみて、エリナの頬は自然とほころぶ。ここまで自分でやり切ったことが嬉しい。仄かに香る甘い匂いが、とても美味しそうだった。
「出来上がりの時が一番おいしいのよね……でも持っていったらお邪魔になってしまうし」
「エリナ様、持っていって差し上げましょう!」
「サ、サラ⁉」
「王女殿下も仰っていたではありませんか」
サラにそう言われて、エリナもリティーヌが話していたことを思い出す。あれは、少し前にサロンでお茶を楽しんでいた時のことだ。
『全くアルヴィス兄様も融通が利かないんだから困るのよね。だからエリナ、たまに突撃するといいわよ? そうすれば嫌でも休憩を取らざるを得ないんだから』
『それはその、いいのでしょうか?』
『いいのよ。それに、エリナだって見てみたくない? 兄様が仕事しているところとか、鍛錬しているところとか』
日常の姿は、ここで見ることが出来る。そうではなくて、普段アルヴィスが仕事をしている姿は確かにあまり見たことがない。行事での姿だって、まだまだ少ないのだ。
「行っても、いいのかしら……」
「アルヴィス殿下がエリナ様を無下にすることなどあり得ませんから、大丈夫ですよ」
「じゃ、じゃあ少しだけ」
とエリナが言うよりも早く侍女たちは動いていた。出来立てのクッキーが冷めないようにとカバーをかぶせ、エリナにもケープを羽織らせる。動きが早いことにエリナも驚きを隠せなかった。しかしこれもそれも、エリナのことを想ってくれての行動だ。
「……ありがとう」
「当然です! さぁ行きましょう」
準備を終えてそこを出ると、専属護衛であるフィラリータとミューゼが準備万端の状態で待っていた。
そうしてエリナはアルヴィスの執務室の前へとやってきた。扉の前にはレックスが立っているが、エリナの姿を見ると満面の笑みを浮かべながら、その場を空けてくれる。
「ありがとうございます、シーリング卿」
「いえいえ。あいつは仕事人間なんで、出来れば長くいてくださると有難いです」
「はい」
長い時間休憩を取らせてくれという意味だ。エリナはクスクスと笑う。アルヴィスとレックスは、主従関係というより友人関係に近い。本当に気安い間柄だ。元同僚かつ同期、そして宿舎では同室という一緒にいることが多かったことも関係しているのだろう。
「ふぅ」
深呼吸を繰り返して心を落ち着かせてから、エリナは扉を叩いた。少し待っていると、扉が開かれる。開けたのはエドワルドだった。
「妃殿下? どうかされたのですか?」
「あの、アルヴィス様に差し入れ、を届けに」
「妃殿下自らそのような……」
エドワルドはそう言いかけてから周囲を見渡し、何か合点が言ったようでフッと笑みを漏らした。
「そういうことであれば私は少し席を外しますから、少しの間アルヴィス様のお相手をお願いできますか?」
「もちろんです!」
「宜しくお願いします。多少長引いても構いませんので」
「ありがとうございます」
エドワルドと入れ替わるようにエリナは執務室へと入った。フィラリータたちも中に入ってくることなく、外で待機していると言われた。ゆっくりと扉を閉めて、エリナは執務室を見渡す。
「あ」
アルヴィスは本棚の前で、何やら思案顔をしながら書物を読んでいた。否、何か調べものをしているのだろう。静かに扉を閉めたのは正解だったようだ。そっと手に持っていたものをテーブルへ置き、エリナはアルヴィスへと近づく。ほんの少しだけ、悪戯心が沸いたのだ。手の届く距離まで近づくと、アルヴィスは溜息をつきながら本を閉じる。エリナはその瞬間にアルヴィスの背中から抱き着いた。
「うわっ⁉ っってエリナ?」
「驚きましたか?」
「あぁ。そりゃ驚くが……エド?」
「ハスワーク卿は席を外すと言っていました」
「あいつ」
舌打ちをしながらアルヴィスは前髪を描き上げる仕草をする。その表情はどこか疲れているようにも見えた。
「アルヴィス様、あの私召し上がっていただきたいものがありまして」
「俺に?」
「はい!」
エリナはアルヴィスから離れると、半ば無理矢理に手を引っ張った。アルヴィスは逆らうことなく付いてくる。二人で隣り合ってソファーへと座ったところで、エリナは今日の力作をアルヴィスへと披露する。
「これ」
「私が作ったのです。焼くのは料理長にお願いしましたが」
「すごいな……」
感嘆の声を漏らしたアルヴィスは、クッキーを一枚とるとそのまま口へ放り込んだ。それをじっとエリナは見つめる。
「うん、美味いよ」
「良かった」
美味しいという言葉を聞けただけで安堵する。うまくできたという自信はあったが、こうして食べてもらってみるまで不安だったのだ。
「まだほんのり温かい。もしかして出来て直ぐもってきてくれたのか?」
「は、はい。温かいままの方が美味しいと思ったので……お邪魔でしたか?」
「そんなことはない。それに、大方休ませろとか言われたんだろ? 全く」
「それだけではありません」
確かにレックスにもエドワルドにも言われたことだが、それだけが理由ではない。今日が何の日か。きっとアルヴィスは忘れている。昨年まで知らなかったことだし、それは仕方がないと思う。
「今日は祝福の日なのです」
「祝福……そうか。もう一年経ったのか」
どうやら思い出してくれたらしい。そう、もう一年前の話だ。なんだかあっという間に過ぎていった気がするし、遠い昔のような気もする。
「そうだったんだな」
だがエリナがこうして手作りのものを用意した理由をアルヴィスはわかってくれたようだ。アルヴィスは優しく微笑みながら、エリナの頭に手を乗せた。そうしてそのまま髪をひと房持ち上げて、口づけをする。
「ありがとう、エリナ」
「はい、アルヴィス様」
エリナは見上げるようにアルヴィスを見つめれば、そのまま二人の距離が縮まっていく。エリナはゆっくりと瞳を閉じ、与えられる温もりに身を委ねた。