【クリスマス特別編2022】夫婦となった二人の距離『エリナ視点』
状況は本編に沿ってますが、内容は時間軸など気にせずにご覧ください。
ある朝、エリナは肌寒さを感じて目が覚めた。身体を起こして隣を見れば、既にそこには誰もいない。カーテンを開けて窓から空を見上げてみると、陽は随分と高く昇っていた。どうやら、寝坊をしてしまったらしい。
「寝過ごしてしまったわね」
アルヴィスもエリナを気遣って起こさなかったのだろう。ほんの少しだけ大きくなったお腹をエリナは優しく撫でる。目に見えて膨らみが見えることで、より実感が沸くものだ。だが、その為なのか以前よりも寝坊してしまうことが多く、アルヴィスを見送ることが出来ない事だけが残念でならない。
再び外を眺めていると、コンコンと扉がノックされた。
「エリナ様、お目覚めでしょうか?」
「サラ? えぇ、入ってきても大丈夫よ」
物音が聞こえたことで、エリナが起きたことを知ったのだろう。遠慮がちに開けられる扉から、サラが顔を出した。
「ごめんなさい、随分と寝過ごしてしまったわ」
「お気になさらないでください。大事な時ですし、王太子殿下も寝かせておくようにと仰っていました」
「……」
優しい気遣いに有難いとは思うが、起こしてもらいたかったと思う自分もいた。せめて声だけでも聞ければよかったのにと。そんな不満が表情に出ていたのか、サラがクスクスと笑い声を漏らした。
「サラ?」
「お顔を見たかった、とお顔に書いてあります。エリナ様にとっては、寝かせてもらうよりも起こしていただいた方が良かったのですね」
「そんなこと……いえ、そうなのだけれど」
サラを相手に取り繕ったところで意味はない。エリナは正直に己の気持ちを吐露した。朝隣にアルヴィスがいないのは寂しい。朝に顔を見ることが出来なければ、夜まで会うことは出来ない。その夜も帰りが遅いのだから、下手をすれば声を聞くことなく寝てしまうこともある。
アルヴィスはエリナの顔を見ているだろうし、そんな風に思う事はないのかもしれない。あくまで起こさないのはアルヴィスの優しさだ。それにエリナが王太子妃として行うべきことも、一部ではあるがアルヴィスが行ってしまっている。忙しいのは当然だし、肩代わりしてもらっている以上不満を言うのは駄目だということも理解していた。それでも……。
「やっぱりもう少しだけゆっくりとお話をしたい。それでも負担を掛けるような真似はしたくはないの」
「……そのまま本心をお伝えすれば宜しいと思いますよ。王太子殿下は、エリナ様のお気持ちを無下にするような真似はなさいませんでしょう。それに……」
「それに?」
意味ありげに言葉を止めたサラは、にっこりと微笑んでいた。意図が理解できずに、エリナは首を傾げる。
「本日は、早目に戻られると仰っていました。昼過ぎにはお帰りになるそうですよ」
「え?」
昼過ぎに戻る。それは一体どうしてか。何かアルヴィスの身に起きたのだろうか。だがそれではサラが微笑んでいる理由がわからない。困惑の中にいるエリナに、サラが続ける。
「それでは準備をしましょう。お昼過ぎと言えば、もうすぐですから」
「え? あの、サラ?」
戸惑いながらもエリナはサラに言われるがままになるしかなかった。
そうして迎えた昼過ぎ。王太子宮のサロンのソファーにエリナは座っていた。宮にいる間に着ることはない、否、今のエリナの状態では着ることはなくなったと言っていいドレスを身に着けて。
アルヴィスが用意したものらしいそれは、お腹を苦しめることのないようなデザインであり、エリナも苦しく感じることはなかった。アルヴィスから最初にプレゼントされたネックレスも身に着けている。他にも贈られた装飾品はあるが、その中でもこれはエリナにとって特別なものだ。
「エリナ様、王太子殿下がお帰りになったようですよ」
本当に早く帰ってきた。そのことに驚きつつ、エリナは立ちあがってサロンを出ようと飛び出すと、目の前に現れた影に抱きすくめられた。顏は見えないがエリナにはわかる。顔いっぱいに広がる匂いは、エリナが大好きなものだ。抱きしめられた腕の中から顔を上げれば、困ったような顔をしたアルヴィスがいた。
「走ってはいけないと、師医にも言われているだろうに」
「あ……えっと申し訳ありません」
衝動的に身体が動いてしまった。そういえば、アルヴィスは「仕方ないな」と笑って許してくれた。すると、そのまま膝裏に手を入れられて抱き上げられてしまう。先ほどよりも近い場所にアルヴィスの顔が来る。この距離で見ることが出来るのは久しぶりだ。
「ただいま、エリナ」
「っお帰りなさいませ、アルヴィス様」
そのまま首に手を回して、エリナはアルヴィスの首元に顔をうずめる。安心できる香りにくるまれて、エリナはそのままアルヴィスに連れられる形で移動した。
連れて来られたのは中庭だった。それほど大きい規模ではないが、小さなガーデンパーティならできるほどの大きさの場所に、食事などが用意されている。アルヴィスに抱きかかえられたまま、エリナは周囲を見渡した。
「これ……」
「昨年、エリナが言っていただろう? 今日は恋人たちにとって特別な日だと」
「あ」
あの日はエリナも覚えている。アルヴィスと二人で食事をした日だ。その時のことをアルヴィスも覚えていてくれたらしい。しかし、これは一体どういうことなのだろう。
「最近はエリナも外に出ることもないし、色々と思う事もあるだろう。それはエリナだけではなく、侍女たちも同じだ。来年は、更に騒がしくなるだろうしな」
「……そう、かもしれませんね」
そっとエリナは己のお腹に触れた。来年には、この子が生まれている。もしかしたら、エリナもアルヴィスも、そしてサラたち使用人らもこんな風に過ごせるのは最後になるかもしれない。
「ちょっとした気晴らしにでもなればいい。まだ昼過ぎだが」
「うふふ、パーティには少し早い時間ですね」
身内だけの小さなパーティー。それは少しだけ特別な日にも感じられた。恋人としてではないが、家族としての。
アルヴィスはエリナを抱えたまま、中庭に用意された椅子へと腰掛ける。エリナがアルヴィスから離れようと手を離した。だが、それは当のアルヴィスによって阻まれてしまう。
「アルヴィス様?」
「この後は俺も休みだ。だから、一緒にいられる」
そう話すアルヴィスはエリナを膝の上に乗せたままだ。ただでさえ今のエリナには二人分の重さがある。しかし、アルヴィスは微動だにしなかった。
「重たいですから、アルヴィス様あの」
「平気さ。それに、最近はあまり話すことも出来なかったからな」
離すつもりはない、と存外に言われてエリナは頬が火照っていくのを感じた。目覚めて感じた寂しさを塗り替えてくれるようで、心が温かくなる。
「俺にして欲しいことがあれば言ってくれ。今日くらいは我儘を言ってくれると嬉しいが」
「……何でも構いませんか?」
「もちろんだ」
今ならば素直になれる気がする。エリナは、アルヴィスと視線を合わせた。優しい水色の瞳がエリナに勇気をくれる。
「今日は、ずっと一緒に……近くにいてください。私が眠るまで」
「……それだけでいいのか?」
「ずっと、ですよ」
それだけ、とアルヴィスは言う。でもエリナが望むのは、本当にずっとだ。その意味を理解したのか、アルヴィスは目をパチパチとしたかと思うと次の瞬間には目を細める。
「それがエリナの望みならば」
心地よい言葉にエリナは瞳を閉じた。すると、触れるだけの口づけが降ってくる。お返しとばかりに、エリナはアルヴィスの首にもう一度手を回すと目の前に現れた頬へと口づけた。
去年も描いていたので、今年も!
甘い二人の補給になっていればいいのですが(笑)