初デート【エリナ視点】
話のリクエストを頂いたので、描いてみました。
アルヴィスに連れられて、エリナは初めて徒歩で城下町を歩いていた。
王都は広い。エリナが知っているのは、実家の公爵家がある貴族街と呼ばれる区画と、学園までの道のりくらいだ。それも馬車での移動のみ。身長よりも高い位置から、歩く人たちを見下ろすようにしていた。それが、エリナが知っている景色だ。
アルヴィスはエリナと手を繋いで、少し前を歩いている。頭一つ分以上の身長差がある二人なので、当然のことながら足の長さも違う。歩き始めた時はエリナも駆け足に近かった。しかし、直ぐにアルヴィスはエリナの速さに合わせてくれている。
城から離れて少し大きな通りに出ると、沢山のお店が並んでいるのが見える。興味津々に辺りを見回しながら歩いていると、気になるお店が目に入った。
「あ……」
「どうしました?」
「い、いえ……」
エリナが見つけたのは、花を売っている店だった。公爵家の屋敷にあるような大きいものではなく、小さくて掌に載りそうな大きさの花が沢山並べられている。エリナの視線に気がついたアルヴィスが足を止めてくれた。
「あぁ、ここは苗と花の専門店です」
「……このようなお店もあるのですね」
「ああいった小さな花は持ち運びにも便利ですから、城内の使用人たちには人気でした」
「……殿下も、買われたことがあるのですか?」
男性が花を買うのは、女性へ贈り物をすることが殆どだ。城からも遠くはないし、何よりアルヴィス自身がお店を知っていたということは、ここで買い物をしたことがあっても不思議ではない。
聞いてはいけないことかと思いつつ、エリナは恐る恐るアルヴィスの顔色を伺った。
「……まぁ、2度ほどですが」
「そうなのですか……」
返ってきたのは肯定する言葉で、エリナは少しだけショックを受けている自分に気がつく。
アルヴィスはエリナよりも年上で、何よりも成人しており騎士をしていたのだ。今恋人がいなくても、過去にそういう相手がいてもおかしくはない。エリナとアルヴィスが婚約してから、まだ日は浅いのだから。
「エリナ嬢?」
「あ、いえ……アルヴィス殿下から花を贈られた方がいるなんて、きっとその方は嬉しかったでしょうね」
「……あぁ、恐らくエリナ嬢は誤解をしていると思いますが、私が贈った訳ではありませんよ」
「え?そうなのですか?」
では一体どういうことなのだろう。まさか、自分の為に買ったのだろうか。花を好きな男性もいる。アルヴィスもその一人なのかもそれない。
すると、アルヴィスはゴホンと咳払いをする。見れば、アルヴィスは苦笑していた。
「何やらまた違った方向へと想像していただいているところ申し訳ないのですが……私が買ったのは、王女殿下に請われたからです。もっと言うと、リティ……リティーヌ殿下の使いっ走りですよ」
「えぇっ!?アルヴィス殿下が、ですか?」
ルベリア王国の第一王女であるリティーヌ。エリナも、ジラルドの婚約者だった頃から親しくさせてもらっている。そして、アルヴィスは王弟の息子であるため、リティーヌとは従兄妹の関係だ。
「近衛として、王女殿下の命令には従わないといけませんから。と言っても、半分以上は私に対する嫌がらせのようなものです」
「嫌がらせ、ですか?」
「……私が近衛にいるのが納得できないみたいだったので。今は、違う意味で機嫌を損ねてはいますが……」
仕方ないという風に笑うアルヴィスだが、その表情はいままでエリナが見たどの表情よりも、穏やかに見えた。口では嫌がらせ等と言ってはいるが、そこには従妹に対する情を感じられた。よく知っている相手だからこそ、解り合えている。そんな風に。
「リティのことなら、今はエリナ嬢の方が詳しいでしょう?」
「え?わたくし、ですか?」
「随分と、仲が良いと聞いています」
「……はい。とても可愛がって頂いております。お茶目なところもありますが、お優しい方です」
「……同意は出来かねますが、エリナ嬢がそう思っているのなら、下手なことを言わない方がいいでしょうね」
「?どういうことですか?」
その問いには答えず、アルヴィスはエリナの手を引いて歩き始めた。やがて、そこかしこから香ばしい匂いが漂ってくる。市場の区画へと入ってきたようだ。
「エリナ嬢、屋台を利用したことは?」
「いえ、ありません……」
「まぁ当然ですね……少し、食べてみますか?」
「え……?で、でもそれは」
驚き目を見開いた。エリナが口にするものは毒見されてからのものばかりである。しかし、ここには毒見役などいない。加えてアルヴィスは王太子なのだ。毒見をせずに、食べ物を口に入れるなどあってはならない。
「レストランなどの隔離された場所で調理されたのは流石に断りますが、ここでは仕掛ける場所も時間もありません。問題ないですよ」
「で、ですが」
戸惑うエリナを他所に、アルヴィスは歩いていく。近くの屋台で売っている串焼きを購入すると、そのまま一口食べてしまった。
「え、えぇ!」
「……大丈夫ですよ。毒もありませんから、エリナ嬢もどうぞ」
「わ、判るんですか?」
「これでも元騎士ですし、毒には慣れていますから。ただ、同じものを食べてもらわないといけないので、そこだけ了承してもらえればですが」
アルヴィスが口にしたものでなければならない、ということだ。問題ないとしながらも、万が一を考えているのだろう。エリナに害がないようにという、アルヴィスの配慮だ。
エリナはアルヴィスから串を受けとる。アルヴィスは手慣れていて、そのまま食べていた。しかし、エリナはそれ自体が初めてである。戸惑いながら恐る恐るといった風に、串にかぶり付いた。
「どうですか?」
「……美味しい、です!」
「それは良かったです」
普段の夕食などとは違って、マナーも何もない。はしたないことではあるが、とても美味しかった。貴族令嬢として侍女らを連れていたら、経験することの出来ないものだっただろう。
「あまり買い食いを薦めると、リトアード公爵家から苦情がきてしまうかもしれませんので、ほどほどにしておきましょうか」
「はい、そうですね。でも、楽しいです」
こうして、エリナはアルヴィスと城下の散策を楽しむのだった。
続くかもしれません……