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四話「それぞれの世界」

 意識が暗転してからどのくらい経っただろうか。もしくはほんの一瞬の事だろうか。


 ロクスレイ自身が真っ白い空間にいるのに気づいたのは、そう時間がかからなかったと思う。


「ここは、どこだ?」


 ロクスレイは空間と同じ白い大理石のような椅子に座らされている。辺りをよく見渡せば、自分以外にも人がいるではないか。


 中心に浮かんでいる球体から左手に、白い髭をたくわえた白髪の男がいる。右手には青と白の縦線が入った僧帽を被り、服も同じ色を基調とした緩やかな僧服に身を包んだ女性がいる。


 そして正面の球体の後ろには、青白い肌に青白さの混ざったブロンドの髪をしている、ゴシック風のドレスを着た女性がいた。


 その三人とも、白い大理石の椅子に座らされているのだ。


「何ですか。一体」


 ロクスレイは椅子から立ち上がろうとしたが、動かない。椅子に縄で括り付けられているように、びくともしないのだ。


 左手にいる男性も同じようで、必死に立ち上がろうと格闘している。右手の女性は特に抵抗するそぶりなく、祈りを捧げている。


 正面の女性はというと、小首をかしげ、今の現状を楽しむかのように人形のような仮面の笑みを張り付け、緩やかに座っていた。


「皆さん、初めまして」


 そうしていると中央の球体が回転しだし、下向きにしていた穴のようなものがこちらの様子を観察する。それはまるでむき出しの眼球のようであった。


 球体は四人を確認すると、再び話し始めた。


「まず、よく集まってくれました。皆さんには現在混乱による自傷を防ぐために拘束させていただいています。今解放しますので、暴れないようお願いします」


 すると、ロクスレイを縛っているような感覚が遠ざかる。ロクスレイはゆっくりと立ち上がろうとすると、立てた。遅れて、左手の男性と右手の女性も立ち上がった。


 ただ正面の女性だけは楽しそうに足を前後に振っているだけで、特に動こうとはしなかった。


「では自己紹介をお願いします。まず、貴方から」


 ロクスレイは球体の穴の部分を向けられて、自分が指名されていることに気付いた。


 ロクスレイは一瞬ためらうが、神に等しい力を見せつけられては抵抗も無意味と感じて、正直に話すことにした。


「私はロクスレイ・ダークウッド。ダークウッドは出身地で姓や家の出生ではありません」


「初めまして、ロクスレイさん。では元気に次に行きましょう」


 球体は次に、ロクスレイの左側の男性を指名した。男性は特に隠し立てすることもなく、大きな声で名乗りを上げようとしている。


 男性は先ほど述べたように白い髭をたくわえているだけではなく、山のように大きく屈強そう身体つきをしている。白い髭も髪も伸び放題で、身体中にある古傷を少し隠している。おそらく、歴戦の戦士なのだろう。


 その目は黒く、肌は照りつく太陽に焼かれたように浅黒い。また首には絹のターバンを巻き、薄い亜麻リネンの服を着ていた。


「俺はトーマス・サンソン。泣く子も黙る大髭のトーマスだ。大海をまたぎ、大陸を駆ける大男。どこかで聞いたことはないか? ない。ないのか?」


 トーマスにそう聞かれて、皆首を横に振った。トーマスは残念そうにしゅんとして席に座ったのだった。


「ありがとう。トーマス。では貴女」


 ロクスレイの正面にいるゴシック風のドレスを着た女性が指し示される。女性は三人を見回した後、静かに薄い紫色の唇を開いて話し始めた。


「私はマグダレーナ・スチュアート。出身は死の国。よろしく、お嬢さん」


 マグダレーナは何故だか僧服の女性だけにそう挨拶をしたのであった。


 僧服の女性は一人、困惑する中、代わりに球体が受け答えをした。


「どういたしまして、マグダレーナ。最後に、貴女のお名前を伺っても?」


 そう言われるや否や、僧服の女性は元気に話し始めた。


「サンドリアのマリーナと申します。よろしくおねがいします! 若輩者ですが、精一杯頑張りたいと思います」


 一体、何を頑張るんだ。と思うくらい初々しい挨拶をすると、マリーナは席に座った。


「皆さん、挨拶ありがとう。ところで私の名前がまだでしたね。私はフラスク。以後お見知りおきを」


 フラスクは名前を名乗り、くるりと一回転した。


「ここにお呼びした理由は既にお聞きいただいていると思いますが、改めて言います。まずあなた達は顔無き者から言付けを、大国で最も権力のある者からお聞きした代理の者であると認識しています。間違いないですね」


 その言葉に、皆頷いた。


「俺は前皇帝から聞かされた」


「さあ、誰かしらね」


「わ、私は大司教様からお聞きしました」


三人は口々に言葉を述べた。ただロクスレイだけは黙っていることにした。


「話を続けます。私はあなた達をそれぞれの世界の、それぞれの最も力ある勢力から派遣された、信頼に足る人であると認識しています。つまりこの場所、この日時にお呼びしたのはあなた達にある事実を報せるため、集めたのです」


「待て待て。それぞれの世界とは何なのだ。話が見えてこないぞ」


 フラスクの言葉に、真っ先に反応したのはトーマスであった。


「はい。お答えします。それぞれの世界とはあなた達の世界を仕切る、それぞれの壁によって隔たれた空間の事を指します。これをある者は絶理の壁と、ある者は神の柱と、ある者は単に壁と、ある者は箱庭の端と言っておられるようです」


 フラスクは話を続ける。


「そこは世界の終わりではなく、他のあなた達の世界それぞれを隔てた壁なのです」


「それで、それぞれの隔たれた世界の住人を呼んで何を始めるつもりかしら?」


 マグダレーナがそう訊くと、フラスクはすぐに答えた。


「私達はこれからあなた達の世界を隔てている壁を一部取り除くつもりでいます。その結果起こる混乱、戦争、外交をあなた方を中心に行っていただきたいと思っているのです。安心してください。幸運なことに皆さんの標準語はまだ共通しているようなので、交流に支障はきたさないでしょう」


「では、あなた様は神様なのですね!」


 マリーナが感動にむせび泣くような勢いで、問う。


「私は神ではありません。強いて言うなら創造主のようなものでしょうか」


「……? 何をおっしゃいます神様。この世界を造られたのは神様ただおひとりでしょう?」


 マリーナは不思議そうにしている。


 ロクスレイは何となく察した。マリーナは異世界の書物で呼んだことのある、一神教というものの信者なのだ。対してロクスレイの世界はアニミズムの多神教、これは後々問題となるかもしれないが、今は伏せておこう。それこそ最初で最大の外交問題になりかねないからだ。


 今度はロクスレイが問う番と思い、口を開いた。


「フラスク。絶理の壁が消えると言いましたが、一部とはどの場所のことなのでしょうか」


 フラスクはロクスレイの問いに、眼球を伏せて考え込む。それからしばらくして、回答した。


「それは自分自身で確かめるがいいでしょう。ただしヒントを与えるなら、それぞれの世界はロクスレイが南、トーマスが西、マグダレーナが北、マリーナが東となっています。ご参考を」


 ロクスレイはフラスクの解に、なるほどと相槌を打つ。


「では質問は異常でよろしいでしょうか」


「いえ、待ってくださいまし。最後にしたいことがありますの」


 フラスクの言葉を遮ったのはマグダレーナであった。何をするのかと思えば、彼女は自分の腰に差してあるレイピアを抜いたのだ。


 マグダレーナは無言のまま、自分の右手にいたトーマスに走って向かう。トーマスもマグダレーナの殺気に気付いたのか、片手斧を取り出して迎撃する。


 そう、しようとしたのだ。


「無駄ですよ」


 フラスクが言う通り、マグダレーナもトーマスも相手を斬りつけられなかった。振った武器は互いが互いを傷つける寸前に、音もなく空間に張り付けられて止まったのだ。


「この空間は話し合いの場所です。相手を殺して情報を秘匿しようなど、考えないようにしてください」


 ロクスレイはやっと気づいた。マグダレーナが凶行に走ろうとしたのは、おそらく情報のアドバンテージをとるためだったのだ。壁が消え、世界が繋がるという情報は持ち帰れなければ初動で大きな後れを生じる。それは致命的なほどだ。


 何故なら、先行をできれば先に相手の国を探ることもできるし、混乱も少なくて済む。それに情報の独占ができれば、先に戦争を仕掛けて一方的に領土を拡大する、ということも可能なのだ。


 この短い時間に、それを実行に移すというためらいのなさに、ロクスレイはぞっとする。考えても、普通はできるものではないはずなのだ。


 マグダレーナはフラスクに勧められて席に戻された。


「最後にこのような事態を避けるため、あなた達には特別に<ギフト>をお与えしようと思います。まずはこれを」


 急に右手が光ったと思えば、親指の根元に金の指輪が出現したのだ。よく見れば、他の三人にも同じような指輪が装着されたようで、同じく狼狽えている。


「<ギフト>の名前は<外交特権>です。これによりあなた達は交渉の際に殺されることも、捕らえられることも無くなります。逆に交渉の最中に殺すことも捕らえることもできません。あなた達は特使なので、それに見合う品格を持ち合わせるように」


「……私は特使ではなく、外交官なのですがね」


 ただロクスレイにとっては、フラスクの言うことが正しいならば、願ったり叶ったりの贈り物だ。


 それに対して、マグダレーナにとっては呪いのようなものなのだろうか。これ見よがしに舌打ちをしている。


 邪道とはいえ、外交官が殺し殺されるのも外交の常だ。けれども、こうして特別扱いされるのも悪くない。


 ロクスレイは、ふと一つ質問をしてみたくなった。


「フラスク、先ほど<私達>と言いましたよね。<私達>の目的は一体何なのですか?」


「――ふふふ。気づきましたか」


 フラスクは応えない。ただ、初めて笑ったのであった。


「ではこれにて私からの御紹介は終わりです。それぞれの、新しき外交をお楽しみください」


「ちょっと、待って――」


 ロクスレイが呼び止めようとする前に、意識が再び暗転する。どうやら今度は強制的に送り返されたようだ。


 ロクスレイは暗転した意識の中で、苦虫を噛み潰したような顔をした。


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