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十三話「黒百合騎士団の初戦」

 相対するクレイの軍勢の内訳は歩兵約六十、弓兵約二十、騎兵二十という構成だった。


 更に歩兵の装備は鉄の兜と半袖のような鎧、革のズボン、鉄のすね当て、そして大きな円形の盾を持ち。多くの兵が取り回しのよい長さの剣を携帯し、投槍のための槍を備えていた。


 変わって弓兵は布の服に短弓、護身用の剣を携え、歩兵に比べてやや見劣りする装備に見えた。


 そして騎兵は馬にこそ鎧はつけていないものの鞍も鐙もあり、歩兵と同じ重装甲を着た重装騎兵。武器は短槍とその代わりとなる剣を腰に据えていた。


 対してこちらは、護衛部隊の弓騎兵がミラーを含めて十一人。馬上の弓術はお手の物なので、騎兵戦は有利に進めてくれるだろう。問題は歩兵だ。


 歩兵は黒百合騎士団が占め、武器は長槍とフリントロック式マスケット銃だ。フリントロックとはいわゆる火打ち石で火薬に火を付ける方式だ。マッチロックつまり火縄銃よりも雨に強く、火種の管理も要らないため差別化されていた。



 そのマスケット銃だが、正直にいえば運用について不安は多い。


 弱点としては、単純に銃の価格や消耗品の火薬の値段が高いこと。運搬、兵站の確保が難しいこと。更に使用に関しては単純な命中率だけでも低く、弓よりも断然近距離での使用に限られること。装填にはかなりの時間を要すること。極めつけに不発や暴発があることも考慮に入れなければならない。


 長所よりも短所の方が並べればキリがない。それでも、マスケット銃を使用するメリットはある。マスケット銃には高い殺傷能力と大きな音で敵を脅かすことができ、習熟に時間がかからないという利点があった。


 それに加え、黒百合騎士団の体質が銃運用の理由でもある。黒百合騎士団はお飾りの要素だけではなく、新技術の試験的運用が任務でもある。ここで有用性を発揮できれば、常備軍や同じ騎士団に技術が給与されるのだ。


 とはいえ、その有用性も訓練での数値上のことで実戦においては役に立たないという意見も数多くあった。


 それも、今回の戦いで大きく変わるかもしれない。


「予備のマスケットの清掃は怠らないで! 暴発したら自分の命も、隊も危険に晒されるわ。近接戦闘のために長槍はいつでも使えるようにして。銃剣の準備も忘れずに!」


 黒百合騎士団はミリアの指示の下、慌ただしく戦闘の準備をしている。あくまでも儀礼的な参加であったため、護衛部隊と比べるとやや臨戦体制の怠りがあったのは否めない。だが黒百合騎士団はその時間のロスを帳消しにする速さで着々と訓練通りに動いている。


 一方、ロクスレイと護衛達はというと、<悪魔の綱>の準備で忙しくしていた。


「……本当にそんなトゲが付いた鉄の糸で敵を防げるの?」


「見た目は頼り無いですが、効果は実証済みです。それとこれは鉄の糸ではなく、<鉄条網>と呼んでください。そっちが正式名称です」


 ロクスレイと護衛達が設置しているのは鉄条網と呼ばれる、針金のところどころにトゲがあるものだ。とぐろを巻くよう螺旋状に束ねていたそれを、今は護衛達の手で広げられている。


 鉄条網は螺旋の回転を維持したまま、黒百合騎士団を円状に囲むようにして配置される。ある程度の間隔で留め金を地面に打ち込み、鉄条網を固定していくのだ。


 それを、四重にして配備していく。


「囲んだ以上、黒百合騎士団にもミリアにも、当然私も逃げ場はありません。覚悟はいいですね?」


「望むところよ。ここで私だけ逃げるなんて、黒百合騎士団の名折れよ」


 ミリアの意思が固いことを確認してから、護衛達は鉄条網の囲いを完全に閉じる。そして護衛達は遊兵として鹿に乗り、自分の持ち場に戻って行くのであった。


「では、覚悟のほどを見せてもらいますよ」


 ロクスレイはそう言いつつ、自分もまた特製の弓であるカラクリを手に握った。




 敵のクレイ部隊は歩いて約七百歩のところまで来ていた。敵の部隊は密集陣形を崩さず、陣形をそのままに進んでいる。


 士気を鼓舞し、相手の闘志を挫くためか剣で盾を叩き大きな音を出している者もいる。音、というものはこのように戦う意思を変えるには持ってこいの武器でもあるのだ。


「そろそろ射程ですよ。ウィル、準備はできていますか」


「合点ですよ。兄貴」


 ウィルも自前の弓を持ち出す。こちらはロクスレイと違い、一般的な混合弓だ。カラクリほど複雑でないにしても混合弓も造りが独特だ。基礎となる木の弓に、鹿の腱や加工した鹿の角、焼いて曲げた竹などを組み合わせている。正確な作成方法はロクスレイも聞けぬ軍事機密のため、詳細の方は知らない。


 飛距離自体はカラクリも混合弓も約五百歩というところで、脅威の飛距離である。


「ところでロクスレイの兄貴、ここは一つ勝負といきませんか?」


 間もなく射程というところで、ウィルがそんな提案をしてきた。


「不謹慎ですよ。それに今は個人の勝ち負けうんぬんよりも集団の勝利の方が大事です」


「何っすか。兄貴は自信がないみたいですね。なら、今回は俺っちの不戦勝っすね」


「……いえ、勝負はしないとは言ってませんよ。それに勝負にはならないですよ」


 ロクスレイは自分の特製の矢筒を掴む。中には通常の矢筒よりも十本多い四十本の矢と特製の矢が十本入っている。倒す数での勝負なら、単純に矢の数が多い方が有利なのだ。


「余裕っすね。そこんとこ、こちらも考えてますよ。ほらっ」


 ウィルはそう言うと自分の背後を指差す。そこには矢筒が二つ置かれていた。


「予備の矢を持ってきましたか。しかし、いいのですか。どうせなら三つや四つ持ってきてもいいのですよ」


「勝負はフェアじゃないといけないっすからね。そこんとこ加減したんですよ。サービスサービス」


 とはいえ、今回はロクスレイの方が不利だ。単純に数が十本少ないのに加え、特製の矢は使い所が難しく戦力に入らないからだ。


「俺も弓の持ち合わせがあれば参加したいところだな勝負の景品はあるのか?」


「そうっすね。次の飲み代一括払いなんてどうですか」


 そんな会話に加わったのはトーマスだった。乗り物がない以上、トーマスも黒百合騎士団側に加わっていたのだ。


 そしてそれは、何もトーマスだけではない。


「私も弓が使えれば参加したかった。ロクスレイ、いつか弓の稽古をして」


「はいはい、今度考えておきますね」


 メイは騎乗している鹿がいるが、騎乗したままの戦いは苦手だ。そのため、メイは降りて戦うことを選択した。白兵戦でならメイ以上に適任はいない。


 だが正直なところ、白兵戦は避けたかった。黒百合騎士団は剣を常備しているが、銃や長槍の方が主力だ。数の差が顕著に出る白兵戦を嫌い、遠隔での戦いをしたいのだ。


「距離五百っす」


 敵の配置は中央前列に弓兵、その後衛に重装甲歩兵が続く。両翼は騎兵で固め、典型的な密集陣形の構え方であった。


「では始めましょう」


 敵の弓兵はまだ射撃の準備に入っていない。それは敵の弓兵の射程がおそらくこちらの弓の半分だからだ。


 混合弓や長弓に比べ、短弓は矢の飛距離が短い。それは歩いて二百歩ほどが限界でとても勝負にならないのだ。


「お先に!」


 ウィルが弓を携え、胸を大きく張って弦を引く。弦の糸を顎まで引き寄せると、そこで手を離し、矢を空へと送り込む。


 放たれた矢は大きく弧を描き、クレイの隊列に吸い込まれていく。その時、部隊がややざわめいたのをロクスレイは見逃さなかった。


「やはり弓の性能はこちらが上ですか。次いきます」


 ロクスレイもウィルと同じように弦を張り、空へ矢を飛ばす。矢はやはりウィルと同じように吸い込まれ、また敵の部隊がざわめいた。


 そして隊列に変化が見られた。先程まで悠々と歩いていたのを止め、全軍が駆け足をし始めたのだ。


 その地鳴りはロクスレイ達も感じられるほど大きかった。


「距離二百!」


「敵の矢が来ます」


 ロクスレイがミリアに伝えると、素早く命令が飛ぶ。


「大盾構え!」


 ミリアが言う大盾は黒百合騎士団が皆背負っているものだ。主に矢の装填時間の長いクロスボウに見られる装備だが、まだ近代戦に移行せず弓矢が多いため、黒百合騎士団でも採用されている。これなら、両手を邪魔せずに背を向けるだけで身を守れる。


 案の定飛来した敵の矢を、黒百合騎士団は背中の盾で受ける。ロクスレイとウィルはそれぞれ予備の大盾を構えたトーマスとメイの後ろに隠れてやり過ごした。


「敵騎兵、来るっす!」


 ウィルが叫ぶ通り、敵はこちらの弓騎兵を追わずに真っすぐ黒百合騎士団を狙う。おそらく弓騎兵を襲うのは不毛と判断し、歩兵への衝突力を期待したのだろう。


 ならば、望むところだ。


「射撃用意! 槍構え! ロクスレイ、鉄条網の威力当てにしているわよ」


 黒百合騎士団の銃持ちはあらかじめ弾を装填してある状態で、火皿に火薬を注ぎ込み、フリントロックを最大に持ち上げる。そうすると射撃準備が完了し、銃持ちは立ったままマスケットを平行からやや上に構える。


「合図あるまで撃つな。発射後は各自連続で発射。肉薄したら銃剣を付けるか長槍を装備しなさい!」


 マスケット銃の基本は十分引き付けてから撃つことだ。単純な射程距離なら百歩ほどはあるものの、マスケット銃の命中率は悪い。有効射程距離の五十歩ほどでも命中率は良くて三割、酷ければ一割にも満たないと言われているからだ。


 それは装填時間が長いマスケット銃にとって致命的だ。だからこそ、一発目を有効射撃にするためには距離を極限まで近づけるしかない。


 問題はその近距離まで敵を近づけて撃てる度胸と統率力が、黒百合騎士団にあるかどうかだ。


「距離五十!」


「まだよっ! まだまだ引き付けて」


 ミリアは吠える。その勇敢な指揮官の顔はいつものミリアよりも威厳と覇気に満ちあふれ、拳を握りしめた臆病な心を感じさせない。ロクスレイは黒百合騎士団の後列に移動しながら、彼女の姿に感心した。


 もう敵は目と鼻の先だ。敵の馬の荒い息遣い、鎧が擦り合い奏でる鉄の音楽も聞こえる。敵の兵士の目に宿った闘争という狂気に駆られた色も、はっきりと見えた。


「距離三十っ!」


「よしっ! 撃てっ!」


 ミリアの合図とともに間髪入れず轟音が鳴り響いた。それはマスケット銃の一斉発射。目の前で十人近くの騎兵が倒れ込んでいくのが見えた後、それは白い煙に掻き消された。


 ついに黒百合騎士団の初戦が始まったのだ。


「命中率五割といったところですか。訓練されてますね」


 ロクスレイがそう独り言をいっている間にも命令が飛ぶ。


「近接戦闘準備! 急げ急げっ!」


 黒百合騎士団の面々は装填はせず、自分のマスケット銃にソケット型の縫い針のような銃剣を取り付ける。あるいは銃と槍を交換し、目の前に迫るであろう騎兵に対して穂先を向ける。


 そうしていると、敵の歩兵が白い煙を突き破ってロクスレイらに肉薄した。


「来いっ!来い来い!」


 敵の騎兵が敢然と黒百合騎士団の横陣の腹を食い破る、そう思われた瞬間だった。


 ガシャッ、ガシャッ、ドシャッ、ドシャッ。


 突如として騎兵の馬が躓き、騎兵が地面に投げ出される。まるで風の悪魔が馬の脚を傷つけていったかのように、全ての騎兵が同じような末路に至った。


 あるいは黒百合騎士団のすぐ傍まで突き飛ばされた騎兵もいたが、黒百合騎士団の抜いた剣や銃剣ですぐに片付けられたのだ。


 黒百合騎士団の皆は何が起こったのか分からぬまま、呆然と目の前の戦果を眺めた。


「これが、鉄条網……。騎兵がイチコロじゃない」


 鉄条網に引っ掛かりジタバタする馬や落馬した騎兵。動ける者でも手に持った剣で恨めしそうに纏わり付く鉄条網を斬り付けるが、布を手押しするように効果がない。抵抗する者もそうしている間に、長槍や銃剣で刺し殺されていった。


 鉄条網、それはこことは違う世界で木がなく囲いが作れないために発案された道具だ。主に家畜を囲うために使われ、後に戦争への適性を見出だされる。大戦では歩兵や騎兵の行く手を塞ぎ、突破するには専用の工具か爆薬が必要とされていた。


 技術自体は針金を加工する冶金技術があれば可能であった。それでもこの鉄条網を発明するには数世紀の時間を要した。それが環境の変化に対応するというだけで、別の分野に転用するというだけで、悪魔のように人を殺していったのだ。


 だからこそ、その見た目も相まって<悪魔の綱>と呼ばれている。


「まだ敵の第一陣を凌いだだけですよ! 陣の再形成とマスケットの射撃準備早く!」


ロクスレイが檄を飛ばすと、黒百合騎士団は動く。


 ソケット型は銃剣を付けたままで再装填できないため、取り外してから銃口に弾と火薬を込めはじめる。その弾と火薬は防水紙で包んだものを噛み破り、銃口へ中身を注ぐと備え付きの棒で奥まで押し込む。それから火皿に火薬を加え、ロックを最大に起こすことで射撃準備が完了した。


 その射撃準備完了におよそ二十秒。煙が晴れて、今度は歩兵が約五十歩の範囲まで迫っていた。


「構え!」


 ミリアが凛とした通った声で黒百合騎士団を律する。黒百合騎士団の団員は危機迫る顔で狙いを絞り込んだ。


「撃てっ!」


 声は撃鉄のように銃弾を弾き飛ばし、轟音が周囲にこだました。


 長いように感じても、戦いはまだ始まったばかりなのだ。


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