3 入部、金庫を開けろ!
不思議な先輩に不思議な発明部に誘われて数日。あの後いろいろ回ったけどどれも何かピンと来なかったので、結局僕はあの先輩に魅せられたのだろうと思う。そんなわけで発明部部長である不思議な先輩こと発芽先輩に入部の意思を示そうと思ったわけだ。
「確かこっちだったかな?」
校舎の三階を進む、たしかこっちだったはず……あった。
喧噪から離れた場所にぽつりとたたずむ扉。控えめに発明部と書かれている。ん? その下に何か書いてある。
『外回り中、御用のある方は発芽 愛まで!』
と、言われても……発芽先輩の連絡先は知らないんだけれどなぁ。まあ、いいか。せっかくなので校舎を見て回ろうかな?
そう思って振り返るとしょんぼりとした様子の発芽先輩がこちらに来ていた。どうやら構内探索は次の機会にお預けらしい。
「発芽先輩、曽倉です」
そう声をかけると、バッと顔を持ちあげこちらを向く発芽先輩、さっきまでのしょんぼりオーラがなかったかのようにこちらに駆け寄ってくる。
……小型犬ってかわいいよね。
「こーはい君だぁぁー! こーはい君! こーはい君!」
「は、発芽先輩。落ち着いてください」
この人は本当に僕の一つ上なのだろうか? なんて思うほどにわんこのようだ。それはいいんだけど、くっついて来るのはちょっと、恥ずかしいというより心なしか甘い匂いが……って、ダメだダメだ。こんなことを考えてたら失礼だろう。
この後、発芽先輩がひとしきりはしゃいで落ち着くまで僕は何かと戦うことになったのだった。
「エヘヘ、入って、入ってー」
「お邪魔します? まあ、いいか、入りますね」
部室は家か何かなのか? と、何と言っていいか分からないながらも発芽先輩と二人で部室に入る。相変わらず、特に謎の機械なんかも置いていない、普通の教室だ。
「後輩君が来てくれてうれしい! あの場所に結局誰も来なくてさー」
「まあ、あんな場所にたどり着くのは難しいですよね」
ほかの人たちの熱意に押されて、人のいない場所を目指した結果たどり着いたような場所なのだ。正直、勧誘に向いているとはいいがたい。
「そうなんだ……あの場所、私は好きなんだけどなー」
「僕も好きですよ。落ち着いてて」
「ふぇ! あ、いや場所の話ね」
「? そうですよね?」
さっきから何を言っているんだ? 話はずれていないはず……と、今日は雑談をしに来たんじゃないんだった。なぜか深呼吸している発芽先輩に声をかける。
「この発明部に入部したいんですけど、入部届とかありますか?」
「ほんと!」
ずいっと、発芽先輩が寄ってきた。そんなに嬉しいのか、嬉しいんだろうなぁ……勧誘、上手くいってなかったみたいだし。
「そんなに詰め寄らなくても、入りますよ。ここは本当に面白そうですし」
「やったー!」
子供のように喜ぶ発芽先輩。本当にこの先輩は年上なのか?
落ち着かせる、二回目。あと一回でデイリークエストクリア。そんなことを思いながら落ち着いた発芽先輩に質問をする。
「結局、入部届ってあるんですか?」
「うん、大事な書類だからね。金庫にしまってるんだ」
そう言って部屋の隅にあった黒い箱を取り出す発芽先輩。金庫にしては重さがないように見えたので、金庫というより保管庫といったものなのだろう。
「エヘヘ、これも私の発明品なのだ!」
「まさかの自作ですか」
マジかー、さすがに予想外である。でもこの金庫のどこが不便なのだろうか? まあ、不便な物ばかり作るわけもないか。あ、でも金庫なら不便な方が安全性は高いのか?
「確かに、不便な方が良いですね。金庫なら」
「え? これも扱い的に不便なんだよ?」
「ええぇ……どういう事ですか?」
「この金庫は二つの鍵を重ねて回さないと開かないんだ!」
「うわあ、たしかに管理が面倒くさそうですね」
相変わらず、予想の右斜め下を行くなぁ。まあ、面白くていいけど。セキュリティを高めるならもっと効率的な方法があることを考えれば不便な金庫と言っていいだろう。
「大丈夫だよ! 管理してないから」
そう言って発芽先輩が持ってきたのは小さな小箱。その中にあるそっくりな形の小さな少し薄い鍵……ざっと十数本。
「せめて管理はしてくださいよ!」
こうして、入部届を入手するためのノーヒント神経衰弱が始まった。せっかくなので発芽先輩と交代で試すことにした。
「これとこれか?」
「うーん、こっちかなぁ?」
二人でどの組み合わせが正しいか選んで、
「発芽先輩、どうでしたー」
「ダメだったー」
お互いの組み合わせを試してダメだったと言い合って、
「この組み合わせならどうだ!」
そしてついに、金庫を開けることが出来たのだった。
「おつかれー、後輩君」
「お疲れ様です。発芽先輩」
お互いに文字通り神経を衰弱させ、ぐったりしているけど、許してほしい。割と真面目に大変だったのだから。
「あ、発芽先輩。せっかく開いたんですからその鍵の組み合わせは何かに残しておいた方が良いですよ?」
「え、もう小箱にしまったけど?」
「嘘ですよね」
新入部員がもし来たらまた同じ苦労が待っているのか……まあ、おかげで前よりも初目先輩と仲良くなれた気がする。そういう意味では便利なものなのかもしれない。
そんなことを思いながら、金庫をぼんやりと見たのだった。
あ、入部届を提出して、無事発明部の部員になれました。