2 不便の発明家、発芽愛
宗徹高校に入学した日、部活の勧誘で皆が必死になっている中で、ありきたりな勧誘にうんざりしていた僕、曽倉甲斐は人の寄り付かなさそうな場所を見つけてそこで一息ついていた。そんな場所で僕よりも背の低い女の先輩に声を掛けられた。部活の勧誘にしてはあまりにも場所が悪い、効率も悪いだろうその場所で僕を丸い目でまっすぐ見た先輩にこう声を掛けられたのだ。
「私と一緒に、不便を楽しんでほしいの!」
こんな不思議な勧誘を受けた僕は、その活動に興味を持ってそのまま、この先輩が部長を務める発明部に入部することになったのだった。
校舎の三階、周りの喧騒から少し離れたその空き教室が発明部の部室なのだと、声をかけた女の先輩、発芽 愛 先輩が教えてくれた。そうやって発明部の部室まで連れてこられた僕は発芽先輩と扉をくぐった。
部屋は秘密基地になっているわけではなかった。発明と聞いて謎のフラスコとか置いてあるのでは? なんて思っていたが、そういうわけではないようだ。
「今日は私しかいないけど、ゆっくりしていってねー」
部屋を見回してた僕は発芽先輩のその一言で我に返った。そうして彼女の方を見ると何やらポットのようなものでお湯を沸かしていた。お茶を出すつもりなのだろうか?
「あ、このポットが気になる? エヘヘ、これは私の発明、会話をしないと沸かないポットだよ!」
「なんですかそれ」
なんだそれ、何というか、微妙に不便だ。かろうじて敬語を保っていた自分をほめたい。
このポットについて聞くところによると放置したままだとお湯が沸かないらしい。ポットの近くで人の声がしていればスイッチが入っている状態になるそうだ。
「もう一回言いますよ。なんですかこの微妙な不便さは」
「えー、これでいいんだよ? この発明部は」
「つまり、この部活での発明はこんな微妙に不便なものを発明することが目的ってことでいいんですか?」
ちらりとポットの方を見る。まだお湯は沸いていない。もうちょっと会話する必要があるようだ。
「まあ、そうなるね」
「なんでこんなものを……」
「私の趣味だよ!」
「ええぇ……」
発芽先輩の方を見る。少し頬を赤らめた先輩はこの発明について楽しげに語る。こんな部活だからこそそんなに人が集まらなかったのだ。その顔は今まで言いたかったことをため込んで、一気に放出しているからこその会心の笑顔だった。
「まあ、面白いなって思いますよ」
「そうでしょ!」
「みんなあくせく動き回ってますけど、こんな明らかなむだを楽しめるっていいことだと思います」
「エヘヘ、そう言ってもらえると嬉しい」
「こういう事だったんですね、『不便を楽しむ』って」
「そうなんだよ! せっかく作ってもむだ扱い、そりゃあむだだけどいいものだと思うんだ! こうやってお話しできるからね」
発芽先輩は笑顔でそう言う。確かに会話が生まれるという意味では素晴らしいものなのかもしれない。
そんな感じで雑談を続けた。発芽先輩はなぜか僕の事を後輩君、と呼ぶようになって名前を覚えられないアホの子か? と思ったのは内緒だ。
「……というよりほんとに後輩君って呼ぶつもりですか?」
「えー、かわいいかなって思ったんだけど」
「なんか恥ずかしいです」
「曽倉君はなんか嫌で、か……下の名前は私が恥ずかしいから」
ちょっと、言おうとして赤くなるのは反則ですよ。これはもう僕が後輩君で慣れるしかないか……
何か忘れているような……
「って、発芽先輩、忘れてましたけどポットは大丈夫ですか」
「あーすごい発熱しちゃってるね……」
「発熱!? 本当に大丈夫なんですか?」
「電源を抜いて完璧! 吹きこぼれない安心仕様だよ!」
「それは素直に凄い」
この先輩は発明に関して本当に天才なのかもしれない。
結局僕はその日、紅茶をいただいて帰ったのだった。まあ、ポットの発熱が収まるまで多少雑談が長引いたのも事実だが。