17 言いなれない言葉
今日は廊下で花咲先輩に会ったので、まだ忙しいのか聞いたところ、逆に昨日の缶ジュースについて掘り返されそうになったので速攻で話を逸らした。発芽先輩、花咲先輩に昨日の子と話しましたね、もう恥ずかしいです。
あと、花咲先輩、『愛ちゃん、缶ジュース』と繰り返しつぶやいて来るのはやめてください。怖いです。あと先輩の社会的信用が僕は心配です。
なんて思いながら、今日も二人で部室にいるわけなんだが、目の前の発芽先輩は日頃見ないほどに真剣な顔をしてる。真剣な顔をして謎の飲み物を差し出している。
「後輩君! これを何も言わず飲んでみて!」
「おおぅ、思い出される筆談の記憶。あんなことはもう嫌ですよ」
「ち、違うよ! あの時から作りたかった薬なんだよ」
「と、いう事は完成したってことですか?」
「エヘヘ、まあ、ね。これ飲んでからが大事なんだけど」
「? どういうことですか?」
「こ、こっちの話だから。だからね、飲んで!」
「分かりました、分かりました」
押し切られるように謎の飲み物Xを受け取ってしまった。まあ、何らかの不便が起きるんだろうけど、それを含めて楽しんでいこう。そんなことを考えて、覚悟を決めて飲んだ。
……特に何も起きない。まあ、発言していれば変わった部分が分かるかもしれない。『あいうえお』語になるかもしれない。
「愛、今回の不便について教えて下さい」
……今僕は何を言った? え、あれ?
「おおう、思った以上にこれは効くなぁ……」
真っ赤になって悶えてる発芽先輩。うん、内心で思うだけならちゃんと言えるみたいだけど、口に出すときはその、あの……愛って呼んでしまうみたいだ。
「えーっと、この薬はどういう効果が……?」
「あ、そうだった! エヘヘ、この薬は呼びなれた呼び方が出来なくなる薬だよ!」
真っ赤になりながらもちゃんと答えてくれる先輩。はにかんだ笑顔がいつも以上にかわいい……じゃなくて! さすがにこれはまずい。
「あ、今回は後輩君も私も筆談禁止だからね! 絶対守ってね!」
「ちょ! 愛、本当にどういう趣旨なんですか」
「不意打ちはやめて、破壊力あるからー!」
二人とも真っ赤になりながらも深呼吸していったん気持ちを落ち着かせた。いや、落ち着く訳はないんだけど多少落ち着いたってことで、冷静に話し合うことにしよう。発芽先輩と呼ぼうとしなければ大丈夫、大丈夫。
「で、これには解毒薬とかあるんですよね、愛」
「……っ! うん。あるけど、でも今はダメ」
二人して真っ赤になってうつむく。学習しようよ、僕も!
「さすがにこのままはかなり恥ずかしいんですけど、それこそ『あいうえお』の時よりも」
「まって、今その言葉は出さないで! 笑っちゃうから!」
「もういっそ笑ってくださいよ、愛……」
「うーん、本当に慣れないね、新鮮。……これならきっと勇気が出せる」
「? さっきから何か変じゃないですか? 愛、どこか調子がおかしいんですか?」
「キャー、も、もう! わざとやってない!?」
いや、わざとってわけじゃあないはずです。こんな状態なら言えるって感じで変なテンションになってるのは確かですが!
あと、この不便発芽先輩もダメージ受けてるように見えるんですけど、大丈夫ですか?
「はぁー、決意揺らぐなぁ……嬉し照れる、だけどそれだけじゃだめだって言われたんだ、これでちゃんと伝えるんだ!」
発芽先輩が赤くなって首を振ってる何か可愛い。じゃなくて。これどうするんだ。どうすればいいんだ?
「うん! 効果もしっかり出るみたいだし、女は度胸!」
発芽先輩はそういうと自らも同じ薬らしきものを取り出して飲んだ。何やってるんですか! え、二つ準備してあったの? というかなんで飲んじゃったんですか!
「それを言うなら愛嬌じゃ……って何してるんですか! 愛」
「ちょっと、ふいうちは吹きそうになるから辞めて甲斐君」
「甲斐君……って」
どっちが不意打ちですか……先輩も薬飲んじゃったのか。これどうするんだ、というか先輩が飲んだら後輩君じゃなくて僕の名前で呼ぶことになるのか、曽倉君とかじゃなくていきなり甲斐君なのか……嬉しいし、こそばゆいし、恥ずかしいな。
僕がどうするのか悩んでいると顔を真っ赤にして、それでも真剣な顔と雰囲気をした発芽先輩が声をかけてきた。
「甲斐君。私はいつも私の発明に付き合ってくれて、不便を一緒に楽しんでくれる、あなたの事が好きです。私と付き合ってください。それに、これからも不便を一緒に楽しんでください」
「愛……」
そんなの僕だって、ありきたりな毎日を変えてくれた不思議でかわいい先輩の事が、ずっと好きだったのに。それを自覚できなくて軽井に気付かされて、それでもまごまごしていた僕は、発芽先輩に告白させて……ここで自分の心からも先輩からも逃げずにちゃんと真摯に返事をしないとさすがにダメだって分かる。わざわざ勇気を出すために発明をしてまで告白してくれた発芽先輩に、いや愛先輩に僕の気持ちを伝えるんだ!
「愛、僕もあなたの事が好きです。きっとこの部活に誘ってくれた時から。だから……これからも、不便を楽しませてください。あなたの隣で」
こんな僕の情けない告白でも愛先輩はパァーっと笑って、
「喜んで!」
と、抱き着いてきた。僕はうろたえることはせず、そのまま受け止める。きっとこの人に振り回されるのは僕の役目なんだ、なんて思いながら。
こうして、僕は先輩と付き合うことになった。花咲先輩の試練とか、それを見た軽井から嫉妬されたりとか、そんな四人での活動で発芽先輩が笑ったりするんだけれど、それはまた別の話。
「後輩君! いい加減、愛先輩って呼ばないとまたあの薬を飲ませるよ!」
「なら、先輩も恥ずかしがらないで甲斐君って呼んでくださいよ。僕が後輩君で軽井が軽井君だったのは少しショックだったんですから」
「えっ! そうだったんだ……あの、薬飲んで呼ぶのじゃ、ダメ?」
「ダメですよ、薬が切れたら元に戻っちゃうじゃないですか。
……だから、二人でゆっくり慣れていきましょう。愛、先輩」
END!
はい、本編完結です。この後は裏話的なものを投稿する予定です。もうちょっとだけ続くのでもうちょっとだけお付き合いいただけたら幸いです。




