16 はんぶんこ専用自販機
今日も今日とて部室に向かうけれど軽井はまだ用事とやらが終わらないらしい。早くしてくれ僕だって自制心の限界というものがある。そう思っていたら軽井からこっちのセリフだっつーのなどという意味の分からないことを言われてしまった。
……いや、本当は意図を分かってはいるんだ。実行できない僕が不甲斐無いだけ。アイツは多分僕と発芽先輩を二人きりにしようとしているんだろう。僕が何らかのアクションを起こすまで。
でもそう簡単に決断はできないな、なんて小さくため息を一つ吐いて部室のドアを開いた。
ところで、最近は飲み物をポットでばかり用意していたのは発芽先輩が改良したいからという理由で自動販売機を使用不可能にしたからである。どんなお金を入れてもチャリン、カランとなる。十円玉でもだ。
なぜこんな話を唐突にしたかというと、発芽先輩がどや顔で自動販売機|(おそらく改)の前で立っているからだ。かわいい。じゃなくて!
「発芽先輩、こんにちは。もしかして自動販売機の改良が終わったんですか?」
「エヘヘ、こんにちは、後輩君! その通りだよ」
「やっぱり、すごくうれしそうな顔をしてましたから」
「じゃ、じゃあ、せっかくだから、さ」
「ええ、ポットを出しますね」
あんまりにかわいいから意地悪をしたくなってしまった。あ、すごく不満そうな顔になった。それでもポットの方に手を伸ばすと泣きそうになっていく。
「ううぅぅぅぅ……」
「あはは、泣かないでください。冗談ですよ、その顔に僕は弱いんです。さっそく使ってみますね」
そう言うと、パァーッと嬉しそうな顔をするのだから、やっぱり発芽先輩はかわいい。いや、そんなことをすぐ思ってしまう僕もだいぶ単純だなぁなんて考える。
「じゃあ、不便を楽しもうよ!」
「そうですね、こんなこともあろうと十円玉は準備してました」
「おおぉぉぉ、準備いいね」
前回の反省を生かせる男ですよ、僕は。そんなことを思いながらどや顔で十円玉を投入した。
チャリン(自販機に十円玉を入れる音)
カラン(自販機の下から十円玉が出てくる音)
自販機に拒まれてしまった。どや顔だっただけ恥ずかしい。横では発芽先輩がプルプルしてる。笑いをこらえてますよね。先輩?
「ま、まあこんなこともありますよね」
「そ、そうだね……うん。もう一回行ってみよう」
チャリン(自販機に十円玉を入れる音)
カラン(自販機に十円玉が拒まれた音)
悲しみ。じゃなくて、さ。よく考えれば小銭を入れるところを見れば何が許されているか分かるようになってたはず。十円玉ONLYとかでね。前回の反省を生かそうよ。
というわけで、小銭を入れる部分を見てみれば十円の部分が変わっていた。このドーナツ型の形状は……
「五円玉限定自販機ですか?」
「そんなに五円玉持ってくる人は居ないでしょ、それじゃあ不便なだけだもん。楽しくないよ」
「そりゃそうですよね……五十円玉ですか?」
「うん! その通り、これは五十円玉限定自販機なのだ!」
「うーん。使えそうだけど微妙に不便な感じ、さすがですね」
「エヘヘ、ところで十円玉を用意してきた後輩君、五十円玉はあるかな?」
どうしてか不安そうに、こちらにのぞき込んで聞いてくる発芽先輩。ちょっと、近いですよ。最近は近くに座ったりすることが多かったですけど! というより今回は内容的にこんな風に動揺することは無いと思ったのに!
いや、落ち着け、僕。平常心だ。
「さすがに用意がないですねー、値段的に二枚あれば買えるようになっているみたいですけど、残念なことに一枚しかないです」
「一枚あるんだ! ……よかった」
何か小さくつぶやいた声は聞こえなかった。
「エヘヘ、実は私も一枚しかないんだ」
「それ、発芽先輩も買えなかったんじゃあ……」
「エヘヘ、二人で分けよっか」
「……そうですね」
きっと何を言ってもむだだろう。こんな風に不便を楽しむことが目的だったのだろうから。
二人のうちどちらが商品を選ぶかで少し揉めたりしたけれど、無事二人で買うことが出来た。一つの飲み物を買うのに何でこんなに時間がかかってるのかな? まあ、それが不便を楽しむってことだと思うし、実際楽しいから文句はないんだけど。
「じ、じゃあ、先に貰うね」
どこか緊張したような発芽先輩がそう言って口を付ける。確かティーカップとかあるって花咲先輩前言ってなかったけ? 先輩何で直接行ったんですか……
「ん! こ、これ、あとは……後輩君の!」
真っ赤になって缶ジュースを差し出してくる発芽先輩。このまま飲めってことですかね……
恥かしい思いはないだろうと油断していたらこれだよ。予測できなくて、こそばゆくて、でもうれしいのだから僕も単純だ。
缶ジュースは一気飲みした。
軽井の入れ知恵があったとかなかったとか




