10 恋愛強者な軽井
前回の自販機はいまだに部室にあるという設定です
前回の話を見てないと何これ? となるかもしれません
部室に発芽先輩に返すために十円玉を用意して向かったけど、そこにいたのは軽井だけだった。残念だ。
「なんか失礼なこと考えてないか」
「気のせいだと思うよ」
勘がいいな、軽井のくせに。まあいいや。スルーしていれば気付かないだろう。ついでに話を切り替えておこう。
「そんなことより発芽先輩はまだ来ていないのか?」
「愛ちゃん先輩がいないと寂しいのかー」
「馬鹿言うな、昨日借りた十円を返そうかなって思ってただけだ」
「分かってるっつーの」
「曽倉、もう来ているか?」
「花咲先輩、今日は来れたんですね」
「いや、今日も長くはいられない。ここには伝言をしに来たんだ」
軽井と会話していると花咲先輩がやってきた。少し急いでいるところを見るに忙しい中合間を縫ってきたという感じだ。それでも汗ひとつかいていなくキリっとしているのは花咲先輩らしいというものだ。
そんな花咲先輩曰く発芽先輩は今日、来れないそうだ。
「『後輩君、ごめんね。また明日。明日だよ』だそうだ」
「すみません、話は伝わってきたんですがそれ以上に発芽先輩の声真似が上手くてびっくりです」
「もー、愛ちゃんめっちゃ可愛かった」
「美稲先輩はこういうところ可愛いっす」
「やかましい、則義。そういうことだからな、曽倉」
「あ! ちょっと待ってくださいっす。せっかくここまで来たんだから何か飲んでいかないっすか?」
「だが、湯が沸くまで会話するほどの時間はないぞ」
伝言が終わりさっさと引き返そうとしていた花咲先輩を軽井が引き止める。なんなのかと思えば水分補給を勧めている。確かに疲れてそうだからそれは正しいことのような気がする。
あと、湯が沸くまで会話するという正しいようで微妙にずれたように見える正しい言葉である。
「そんな美稲先輩に朗報っすよ! ここに自販機があるっす」
「って、お前それが狙いか……」
僕にはわかる。昨日の僕みたいに十円ONLYの記述に気が付かずに何度も百円玉を入れるという花咲先輩を鑑賞する気だ。わざわざ十円玉限定の自販機を指さしたのだから間違いない。
軽井は花咲先輩の怒った顔すらも可愛いというような猛者だ。花咲先輩のイラッとした時の目線は僕だとはっきり言うと怖い。
「……ああ、愛ちゃんが言ってたやつか」
だが、残念なことに花咲先輩は自販機の存在を知ってたみたいだ。じっと財布を見て十円玉がないか確認している。そんな花咲先輩に軽井は話しかける。
「十円玉が足りないみたいなら貸すっすよー」
「ああ、それは助かる。あと二枚足りない」
「昨日も思ったけどー、なんでそんなにみんな十円玉を持ち歩いてるんすか」
「僕は偶然だ。ちょうど買った先のレジに五十円玉がなかったみたいでな」
「アタシはつい面倒になって百円とかですませてしまいがちなんだ」
「確かに面倒になることもあるっすねー」
あら、花咲先輩の『チャリン、カラン』を見るのが目的ではなかったのか。普通に十円を貸し始める軽井。なんか声をかけるまでもない素早い反応だった。
そんな会話をしながら、軽井は花咲先輩に二十円を渡す。花咲先輩はさっとペットボトルの飲み物を買って一口飲んだ。その動作が素早かったから、やっぱりのどが渇いていたのだろう。
「美稲先輩! 二十円分くらい分けてほしいっす」
「どうしろというんだ。ここにはコップというよりティーカップのようなものしかないぞ。冷たいものとは合わないだろう」
「あー、じゃあしゃあないっすね。まあこんど返しに来てくださいっす。なんだかんだで俺もここによく来るんでー」
「ああ、近いうちにな。では今度こそ行かなければいけない。じゃあな」
そうして花咲先輩は去って行った。なんだかんだで、嵐のような一幕だった。その背中を見てポツリと軽井がつぶやく。
「あーあ、残念だったな」
「なにがだよ?」
「いや、せっかくああゆう自販機があるんだから。協力して購入すればうまくいけば一緒に飲むっていう名目で間接キスが狙えるかなって思ったんだけどな。流されてしまった」
「お前……いろいろびっくりだよ」
「まあ、また会う約束を取り付けれたしいいか」
「こわっ! お前なんか怖くないか!?」
「こういう駆け引きで近寄っていかないとな」
「ええぇ」
軽井の意外な一面を見てしまったような、そんな一日だった。




