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4/30(金)『落とした財布』

4月30日金曜日

 「あー」

 声が聞こえた。聞き覚えのある声だった。

 体を揺すぶられている。まだ寝ておきたい。だが、もう起きろという事なのだろう。体を揺すぶっているのが誰なのかは知らないが、そういう事ならば仕方ない。

 そう思い、目を覚ますと目の前に偲がいた。

 『おはようございます

 朝食が出来たみたいなので起こしに来ました』

 左目に眼帯、左腕と右足が義肢、シンプルな何の飾り気のないメイド服を身に包んだ彼女がスケッチブックを持って布団で寝ている俺のすぐ横に座っていた。

 「ああ、おはよう......」

 彼女に挨拶して、俺は起き上がる。

 時計を見ると時刻は7:00頃だ。今日は平日で普通なら学校に登校しなくてはならない。

 だが、俺は保護観察対象であり、自身の目的がある。だから、今は学校には行けない。

 『お召し物はどうする?ご主人様』

 彼女の持つスケッチブックの文字が切り替わる。

 「お召し物?」

 聞き慣れぬ言葉に疑問系な言葉が口から漏れた。

 『着替え......はそう言えば家に置いてきたままだった......』

 「ああ、そういやそうだった。すっかり忘れてた

 ていうか、何でお前がそんな事気にしてんだ」

 『メイドの仕事として既にプログラムされている』

 「プログラムって......、ロボットかよ」

 『ご主人様に奉仕するのがメイドの役目

 ご主人様の着替えや部屋の掃除から性処理まで、それが予め最初から入れられている命令です

 だから、もしもご主人様が朝勃起(あさだち)していればそれを解消する手助けをしたり、ご主人様が俺を求めるのであれば体を差し出します』

 「.........俺はお前を奴隷として買った訳じゃねぇよ...」

 夢の中で俺は彼女を購入した。夢心地の中で浅はかな行動を取った訳ではあるが、俺は彼女を絶対服従させる為に購入した訳じゃない。

 俺の場合はただの出来心だ。だから、服従させる気はない。

 「じゃあ、その初期命令を破棄する」

 命令を出して、従わせる事が出来るのなら、その逆も出来る筈だ。

 『それは無理です。ご主人様が購入したメイドという悪魔は契約した相手に対して奉仕する事が義務付けられている

 謂わば、呪い。呪いは命令特権でどうにか出来る物じゃない』

 「そんじゃあ、朝勃起してたらやられちゃう訳?」

 『それはご主人様が拒否すればしない。しないし、求めなければ応じない

 奉仕しなければいけないという気持ちを埋め込められているだけ

 だから、もしもご主人様が嫌だと思う事があれば拒んでほしい』

 「拒めば、しない?」

 『しない』

 彼女の顔は無表情のまま、スケッチブックの文字は消えては出現して、彼女は語る。

 『奉仕の呪いに二言はない...と思う』

 「不確定かよ......

 まぁ、いいや。俺はお前を信じる」

 別に奉仕されて死ぬ羽目にはならないだろう。

 「そんじゃ、朝飯に食い行くか」

 平日、普通なら高校へと登校しているのだが、俺と偲が現在いるのは交番である。

 幸い、鬼上(おにがみ)市の交番に在中している警官は無事であり、被害は出ていない。

 鬼上市、それは俺が生まれた土地であり、昔から鬼神(きしん)伝承のある土地でもある。

 そして、今、俺らがいる交番は鬼上市の北東にある閉口(とじぐち)町と呼ばれる所でコンビニやスーパーといった物がない程のド田舎で、あるのは田畑と自然ばかりだ。

 ここは未だにちゃんとした道路はなく、舗装すらされていない。

 その代わりに都会では味わえない綺麗な自然を見る事が出来る。

 ここら辺には学校はないが廃校ならある。三十年ぐらい前まで小中学校は使われていたが過疎化が進んでしまった為に閉校してしまったとの事。

 だから、ここらにはほとんど子供がいない。

 「それで彼らが私達の保護観察下に置かれる事になった例の......」

 ひ弱そうな痩せた細い外見の男性警官がそう言った。

 彼の名前は樋山(ひやま)信造(しんぞう)。ここ、閉口学園前交番に元からいた警官である。

 「そうだ、コイツらが例の契約者と契約した悪魔だ

 一応、危険人物に指定されてるがコイツの意思を尊重してこの場にいる

 ちゃんと上とは掛け合って、承諾をもらっている」

 北上さんは樋山さんにそう説明するも

 「大丈夫なんですか...?その......危険だったりしませんか?」

 しかしながら、少し怯えた様子を見せながら北上さんの話に不安を覚えている様子の樋山さん。

 「そんな事、言ってると真っ先にお前が殺されちまうぞ

 俺が思うにコイツら、根は良い奴だ

 口では正義を否定していても、守りたい物に対してはしっかりとしている」

 「彼女はまだ分からないけど、斎藤君は悪い子じゃないと思う」

 「金澤さん......

 分かりました、金澤さんがそう言うのなら、私も彼の事を信じます」

 と彼はそう言う。しかしながら、それはただの建前でしかないだろう。

 別にそれはそれで俺は構わないし、俺には関係ない事だ。

 俺の目的はここにある危険性のある相手、悪意のある悪魔契約者を葬るのみだ。

 「おい、少年。自己紹介」

 と北上さんは俺へとそう促す。

 「え?俺?」

 突然、そんな事を言われて戸惑うが

 「......斎藤忍です」

 一応、自身の名前ぐらい言っておくのが礼儀だと思い自己紹介をする。

 「それだけか?」

 「それだけか...って、別に他に言う事ないですけど」

 「素っ気ない自己紹介だな。他にもあるだろう

 そんなんじゃ、女にモテないぞ」

 失恋した男にそれを言うんじゃない。そう心の中でツッコミを入れておく。

 「趣味は.........、堕落する事で嫌いな事は...群れを作る事です

 座右の銘は......特にねぇや

 そんな訳で自分の為に生きて死にたい、斎藤忍です。以後、よろしくお願いします」

 俺は嫌々自己紹介をやり直す。俺は人との馴れ合いが苦手だ。だから、友達と呼べる人間が少ない。

 「もうちょっと、ポジティブに自己紹介が出来ないのか?」

 自己紹介のやり直しを促した相手から呆れられたように言われてしまう。

 アンタがやり直させたんだろ。

 「まぁいい

 そんで、今度はお前さんの番だ。メイドさん」

 彼女はペコリと頭を下げた後、手元にスケッチブックを出現させた。

 『名前は人を思うと書いて、(しのぶ)

 趣味は......ぼんやりする事とご主人様に奉仕をする事

 嫌いな事は暴力、暴言、人を殺す事

 他の誰でもないご主人様に仕える事が自身の使命

 ご指導、ご鞭撻、よろしくお願いします』

 彼女は口では言葉を喋れない。スケッチブックで彼女は自己紹介を行った。

 「そんじゃあ、今度は俺らの番だな

 俺は北上(きたがみ)賢誠(けんせい)

 これから、ここ、閉口学園前交番にて配属された

 特技は殴る蹴る。まぁ、基本的に近接戦が得意だ

 趣味はパチンコ、競馬、釣り

 座右の銘は一蓮托生

 ここにいる奴らは俺の仲間でチームだ。だから、最後の最期まで付き合ってもらうぞ

 バトンタッチだ。金澤」

 と彼は彼女の下の名前を呼ばず、交代する。

 「金澤真澄です。北上先輩と同じく、ここに配属されました

 趣味は手芸

 一意専心。この仕事をしている間はわき見をせず、一つの事を見て励む。それが私の座右の銘です

 皆さんと一緒に平和の為に頑張りますのでよろしくお願いします

 次、樋山さん」

 「...はい

 樋山信造。趣味は......電車に乗る事

 座右の銘は安寧秩序

 何事も平和に、何事も平穏に。何事にも秩序が保たれている事が一番いい

 こんなド田舎じゃ、事件なんて起こる事がないでしょうけど、事件が起こらない事を願って事に当たろうと思います

 よろしくお願いします」

 「なんか、新人の時を思い出しますね」

 と彼女はそう言葉を口する。

 「そうだな、俺も新人の時は緊張してた」

 「緊張?北上君、緊張するタイプには見えないけど?」

 この会話を聞く限りではこの三人はどうやら、互いに知った仲のようだ。

◇◇◇◇

 午前中、俺の出来る仕事はなく、暇をもて余していた。

 やる事なんて、何一つなかった。

 樋山さんは巡回に出ており、ここに残っている二人は書類の整理をしていた。

 そう簡単に物事が動く訳がない。世界は割りと平和で、危険のある世界ではないようだ。

 「暇......」

 だから、思わず言葉を漏らしてしまった。

 「あー?」

 仕方なく、姿を現し続けている偲の方へと視線を向けると、「何?」といった感じで首を傾げられる。

 「暇過ぎる。腐りそう」

 と彼女に訴える。どうにもならない事は理解している。彼女に訴えたとて現状は変わらない。

 『腐りそう?』

 彼女は手元にスケッチブックを出現させて、聞き返してきた。

 「ああ、腐りそうだ」

 暇というのはこんなにも苦しい事とは思いもしなかった。普段、家では勉学に励んだり、読書をしたり、ゲームをしたりと時間を潰す為の物はあった。だから、暇をもて余すなんて事はなかったのだろう。

 現在の時刻は11:00頃。後もう一時間で昼食の時間だ。

 そんな暇をもて余した時だった。

 「あの~、すみません」

 一人の男が尋ねてきた。

 身長は160ぐらいと小柄で、外見からすれば二十代半ばぐらいで切れ長の目が特徴的な男だった。

 「偲?」

 気が付けば、偲は姿を消していた。

 「お巡りさんはいらしてかな?」

 「はい、どうかしましたか?」

 金澤さんが対応する。

 「財布を落としてしまって......、もしかしたら届いているかもしれへんと思うてここに来たんやけど」

 落とし物の対処。折角なので俺は金澤さんとこの交番に来た男性のやり取りを見ておく事にした。

 男の話はこうだ。

 ここ閉口町に来てから、財布はまだ自身のポケットの中に入っていた。最後に財布を使用したのは閉口町で唯一、自動販売機のある場所。

 閉口駅で飲み物を買うまでは財布を持っている事は覚えている。

 だが、それ以降の財布のどうのこうのが覚えていない。

 それで財布を探している最中にこの交番に辿り着いたという訳らしい。

 彼の名前は五十嵐(いがらし)静治(せいじ)。他県から来た観光客らしい。

 それにしてもこんな場所に来るなんて珍しい。こんな場所に来ても何にもない。

 あるのは自然ばかりだ。

 行くのなら、閉口町ではなく、もう少しマシな所があるんじゃないだろうか?

 いくら自然好きだとしても、ここらは辺境過ぎる。

 少し疑問に思う事はあったが、「俺には関係ない」と、とりあえずは思考の中で切り捨てておく。

 「ただいま、戻りました」

 落とし物の届け出に来た男性と話をしている最中、調度良いタイミングで樋山さんが帰ってきた。

 「お帰りなさい

 そうだ、樋山さん。財布の落とし物とか拾いませんでしたか?」

 「財布?

 私はそういうのは見てないけどなぁ」

 「そうですか......」

 「どうかしたんですか?」

 「落とし物の届け出がありまして、財布を落とされたみたいなんです」

 「それは大変だ。ここら辺は過疎化で人があまりいないから届けてくれる人がいるかどうか......」

 「それなら、探しに行けばいいだろ」

 と口を挟んできたのは北上さんだった。

 「留守番ならしておいてやるから、行ってこいよ」

 「そうですね。そっちの方がいいみたいですね

 五十嵐さん、同行お願いします。どこで落としたのか分からないので」

 「お巡りさんが直々に探してくれるんか?」

 「見付かるのをここで待つより、探しに行った方が早いので」

 「それと斎藤君

 君も一緒に探しに行ってこい」

 「俺?」

 何で?俺には関係ないじゃん。

 ていうか、こんな場所にいてアイツを守れるとは思えない。

 それに相手がどういう人間なのか、分からない上にどこにいるかなんて分からない。

 イーグルとかいう殺し屋が本当にいるかなんて分からない。もしかしたら、金澤さんが嘘を吐いている可能性だってある。

 「さっきまで暇だとか、腐りそうだとか言ってた割には嫌そうな顔をするな...

 スタンド使いとスタンド使いは引かれ合うモンなんだよ

 もしかしたら、当たりを引くかもしれないぞ」

 どこかで聞いたようなメタ発言が北上さんの口から飛び出した。

 「当たりって...くじか何かですか?」

 目を細めて、北上さんに対してそう言う。

 「くじじゃねぇよ

 お前の守りたい物を守るには一つに集中してたら駄目なんだ。一つの事ばかり気にかけていたら、大切な物を取りこぼしてしまう

 別に全部、溢さずに何とかしろなんて言わねぇよ

 自分に出来る事をしろ。そうすれば、自身の見えてない盲点ぐらい気付けるかもしれねぇぞ」

 「盲...点?」

 そう言われてもしっくり来ない。盲点......、見えていない事。

 自身が何らかの物事に囚われているとは思えない。

 それでも、何らかの突破口が開けるとこのおっさんが言うのならば

 「分かりました」

 行くしかないだろう。

 そんな訳で、そういう訳で俺と金澤さんと財布の落とし主とで外へと外出した。

 「因みに財布はどういうのなんですか?」

 やる気なんてないが財布の持ち主は困っているのだ。表面上だけでもやる気を見せておこう。

 「君は警察...じゃあらへんみたいやけど」

 とエセ関西弁を喋る五十嵐さん。

 「俺は...アルバイトですよ

 警察に知り合いがいるので」

 と金澤さんを見ながら、口から出任せを言っておく。

 「君、学生やろ?今日は平日やけど、学校はええん?」

 「鋭いですね、五十嵐さん

 俺、今日は欠席したんすよ」

 「欠席...。単位とか大丈夫なん?」

 「実は俺、大切な用事あるんです」

 「大切な用事?」

 「そう、大切な用事

 勉強する事より大切な用事で、後回しなんかにしてたら、後悔する事なんで

 だから、俺はこうして学校をサボってんですよ」

 俺がしているのは理由があるサボりだ。

 身柄拘束されるついでに鬼上市(ここ)のどこかにいる同類をどうにかする事を目的に、自分の為に行動している。

 「その大切な用事ってのどういうモンなん?」

 「それは言えませんよ。カッコ悪くて言えやしない

 そんな事より、五十嵐さんの財布の方を優先しないと

 俺は今、どうこう動いたって意味がないので」

 「何か悪いな」

 「いえ、財布を落とされた方が災難ですよ」

 正直、他人の事はどうでもいい。だけど、後味が悪くなるのは良い事ではない。

 気持ちが消化不良を起こすのは気持ちいいもんじゃない。

 「それで財布の形と外見は?」

 「こう横長で黒くて...、それ以外は特に特徴ないなぁ」

 「黒くて...横長

 どこでその財布がないのに気が付きましたか?」

 金澤さんが五十嵐さんに質問する。

 「えーっと、そうやなぁ...

 気が付いたんのはお地蔵さんが何体も並んでる場所やったなぁ」

 「そこは確か......」

 「地蔵道(じぞうみち)

 確かそういう名前だったような気がする。子供サイズのお地蔵様が左右両サイドの道の端っこに並んでいる。

 別に閉口町の名物っていう訳でもない。昔っからここに並んでいる。

 「へぇー、そういう名前なんや...」

 今、初めて知った風に呟いた。

 「とりあえず、そこに行ってみましょ」

 俺達はその地蔵道まで行くと、両サイドの道の端に赤い前掛けをしたお地蔵様が並んでいた。

 「斎藤君、よくここの事知ってたね」

 「祖父母がここ出身だったんで、よくここに遊びに来てたんですよ」

 現在、祖父母はいない。既に死んだ後だ。昔は小さい頃はよくここに遊びに来ていた。駅から交番に行くにはこっちを使うのは遠回りなのだが、今は使われていない祖父母の家はこの近くの為によくここを通ったのを覚えている。

 「そうだったの...」

 「んで、五十嵐さんはここで財布がないのに気が付いたんでよね?」

 「そうなんや

 ここら辺で財布がないのに気が付いたんや

 それで慌てて探したんやけど、見付からんでな

 さ迷って、おたくらのいる交番に辿り着いたんや」

 それじゃあ、ここに来るまでのどこかで落としたって訳か...。

 『あー』

 「!?」

 ...偲?

 ふと、声が聞こえた。

 この声はこの場にいる俺以外、反応を示してない。

 それどころかこの声は知っている。

 この声は偲の声だ。

 おそらく、彼女と契約しているから聞こえるのだろう。と適当に勝手に納得しておく。

 「どうかした?」

 金澤さんがそう尋ねてきた。流石は警察をしているだけあって、何らかの異変があればすぐに反応出来るみたいだ。

 「何でもないです」

 今はそう言っておく。

 あの時、彼女がすぐに姿を消したのは、そこにいる五十嵐さんが来たからだ。

 彼女は自身の姿を見られたくなかったのか、それとも五十嵐さんが脅威の対象だと感じたのだろうか?

 それより、先決しておくのは財布を探す事だ。

 「ここら辺で財布がないのに気が付いた...んだよな......」

 他の誰かに既に拾われているていう事を頭に入れて、探さないとな。

 そういう訳でここら一帯を探した。お地蔵様の背後や草木を分けて、探したものの財布は見付からなかった。

 やはり、ここで落とした訳じゃないようだ。

 「見付からへん......」

 「ここで落としたという訳じゃないみたいね」

 「ここら辺まで一本道だから...

 五十嵐さん、ここまで来るまでにどこかで休憩しましたか?」

 「せやなぁ...

 ここを真っ直ぐ歩いて三十分ぐらい歩いた所にベンチがあったんやけど

 そこで一度休憩した程度やな」

 「じゃあ、今度は橋か...」

 次、向かうべき場所は怒々川橋。

 怒々川。幅の広い大きな川でそこを境目に向こう側に渡れる木造の橋があるのだが、橋を渡った先には畑はなく、民家もない。あるとするのなら、森がある程度だ。

 その森を抜けた所に駅があるのだが、そこら辺はまた今度説明しよう。

 俺達は怒々川橋へと向かう事にした。

 その怒々川橋のすぐ近くに木造のベンチが一つ置いてある。

 「あった

 俺の財布やぁ。良かったぁ

 ほんま、おおきに」

 その財布は木造のベンチの上に置き去りされていた。

 どうせ、後ろのポッケにでも入れていて、抜け落ちたのだろう。

 「もうそろそろ、茶番はいいか。ご主人様」

 女の声が聞こえた。

 聞こえたと思うと五十嵐さんのすぐ近くに一人の女が現れた。

 その女は五十嵐さんとは対照的に背が高く、身長は180ぐらいある長身の大女だった。

 服装は偲と同じようなメイド服ではあるが彼女とは違って、あちらにはフリルが付いている。

 髪型は茶髪の長髪で鋭い視線がこっちに向けられている。

 「せやなぁ...、へぇーでも殺してまうのは厳禁やで

 ウチは人殺しするのは好かん。それにウチらはあのじぃさんの駒やない

 脅されてもない訳やし、頼み事をされただけやし」

 「ご主人様、戦士という物は強敵を倒す事を誉れとするものだぞ」

 その会話の直後、その大女はこっちへと突っ込んできた。

 手には武器を持っていない。あるのは素手のみで襲い掛かる脅威は俺の方へと迫る。

 それを庇うように何者かが割り込んできた。否、何者かではなく、偲だ。

 偲は獣に切り裂かれたかのように、血を地面へと流す。

 しかしながら、彼女はやはり倒れない。血を流したとしても彼女は倒れる事をしなかった。

 「あー......」

 言語を話せない彼女はただ口から声を漏らす。

 手には刀が握られている。今から始まるのは殺し合いなのだと、彼女はおそらく、決心しているのだろう。

 彼女の身長は160程度で一般女性の平均的な体格に対して、目の前の相手は180程度と背が高い。一般的とは言えない体格で彼女との差は目で見ても分かる。

 体格差があろうと彼女は真っ直ぐに斬りかかる。

 それを後ろに飛ぶように避けるが、その避けたと同時に再度、突進してくる。

 さっきのスピードとは違い、速い。

 それに対して偲も刀を向けて、斬りかかる。

 「あーーー!!」

 だが、彼女のタックルに太刀打ち出来ず、吹き飛ばされてしまい、俺の右側を通りすぎていった。

 「偲!!」

 俺は偲の無事を確認する為に近寄る。

 「あー...」

 偲は苦痛の声を漏らしながらも立ち上がる。

 「大丈夫か?」

 「...」

 それに対して彼女は答えない。

 彼女は目の前の敵を睨み付けている。

 バンと銃声が鳴った。その銃声は偲による物ではなく、敵のでもない。

 拳銃を握っているのは金澤さんだった。

 そして、その銃口を当ててるのは五十嵐さんだった。

 「戦いを止めなければ、撃つわよ」

 その言葉は脅迫だった。五十嵐さんを人質に取っている現状に流石に相手も戦いの構え、臨戦態勢を解くしかなかった。

 「はぁ。やっぱこんなんするやなかったわ」

 溜め息混じり、彼はそう言った。

 「お巡りさん

 ウチらの負けや、死にとぉない

 だから、命ずる。鈴子、全速で助けろ」

 目の前の相手の長身の相手は姿を消した。消したと思ったら、五十嵐さんの目の前に彼女は彼女は姿を現した。

 「!?」

 それに金澤さんは突然の事に呆気に取られてしまった。それは一瞬の出来事だった。彼女は自身の主人をお姫様抱っこで抱え込み、その場を離脱した。彼のメイドは偲同様、人間ではない。それ故に物凄いスピードで逃げ出した。今から追って、追い付くなんて考えられない。

 俺達はその場に取り残されてしまった。

 「逃げられた」

 と金澤さんは拳銃をしまう。

 彼女は呆気に取られ、引き金は引けなかった。それとも、引き金を引く気なんて最初からなかったのだろうか?

 「大丈夫?二人とも怪我はない?」

 俺達に対して、声をかける。

 「大丈夫です。俺より偲が...」

 と視線を移すも、流していた筈の血はなく、姿自体元通りで服すら切り傷なんて物はなかった。

 「大丈夫そうね」

 「それより、五十嵐さん

 俺と同類ですよね?」

 例の相手の他に、契約者と悪魔がいた。

 彼らは何の為にここに来て、何の為に強襲を仕掛けたのだろう。

 そういや、頼まれたって言ってたよな。

 「そうね。見た感じだとそうだとしか思えない

 それにしても予測なんてしてなかった

 もしかしたら、『彼』以外にも他の契約者がいるのかもしれない」

 彼というのはイーグルさんの事だろう。

 「それじゃあ、五十嵐さん以外に他にも契約者がここにいるって事になるのか?」

 「最悪な現状を考えたら、そうなるわね」

 「はぁ......」

 溜め息しか出てこない。他にもいるとして、対処の方法はあるのか?

 「いや、やるしかないか」

 やる気なんてない。だけど、俺の青春を破壊させられるのは真っ平だ。

 「金澤さん、俺がこんな所にいるのは上からの命令だったりしませんか?」

 「......その通りよ」

 少しの間を置いて、彼女はそう言った。

 「君は危険人物なのよ。だから、上は君をここに閉じ込めるように命令を下した

 ここなら、被害が少なくて済む

 だから、君は想い人の近くには置いておけない

 これは人の命がかかってる事だから

 標的は君じゃないし、標的は他にいる

 鷹と私達はゲームしている最中なのよ

 これで私達はゲームに負けて、四人もの死者を出している」

 「ゲーム...?それって、どういう」

 「そのまんまの意味よ

 鷹と名乗る男は私達、警察に宣戦布告を吹っ掛けてきた

 最初はただの悪戯だと思ってた

 だけど...、彼は白昼堂々と私達の目の前で同僚を射殺した

 二人目、三人目は名指しで、しかも一ヶ月おきに私達警察とは関係のない人を殺した

 四人目、今度は名指しではなく、色で殺人予告をしてきた

 私達は打つ手なく、被害者を出してしまった

 それだというのに斎藤君、君に何が出来るっていうの?

 あなたには大人しくしてもらたいの。あなたが、一般人が出てきてほしくないのよ

 これ以上、被害者を増やしたくないの」

 金澤さんの表情は暗い。彼女にとって俺はお荷物なのだろう。

 そして、俺の存在が余計な仕事で子供のお守りを任されてしまった。そう思っているに違いない。

 「金澤さん。俺はお荷物になる気なんてない

 荷物じゃなくて、利用出来る駒だと思えばいい

 何も出来ないガキだと思うだったら、それならそれでいい。だけど、犯人を捕まえたいのなら俺を一人のお荷物にだと思うんじゃなくて利用の出来る仲間...とまでは思わなくてもいいけど

 使い捨ての弾丸ぐらいまでに思ってくれるんだったら、役に立つと思わせるぐらいの気概を見せてやる」

 敬語を捨てて、俺は目の前の相手に言葉を投げ掛ける。

 俺がお荷物なのは分かってる。それでも、もしかしたら殺されるかもしれないアイツの事が心配だ。他の奴のなんて俺には関係ない。

 だけど、アイツが死ぬのは間違っても許してはいけない。

 それは最悪なシナリオで俺のバッドエンドでしかない。

 「そう思えるだったら、私は警察失格ね

 結局、あなたは私にとって一般人なのよ

 それにあなたの未来は若い内に捨てるべきじゃないのよ

 命を捨てる選択なんて私が許さない

 だから、下手をしない事よ。じゃないと容赦しないわよ」

 彼女はそう凄みを効かせて俺の顔を睨み付けた。

 どうやら、彼女自身、譲る気はないようだ。

 何か他の手を考えといけないみたいだ。

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