全て設計からやり直しを命じるわ!
きっかけなんてどこからでも出て来るもの。皇女は決して体に傷を作ってはならない。転んだり、どこかにぶつけたり、何かがかすったり……そんなことですら許されない。もちろん、それを決めたのはわたし自身。
わたしの背は他の女性よりもやや高い方。そう自負してもいい。長い髪が似合うほどに背筋を伸ばして歩けば、その辺の町娘を楽に見下せるくらいには高い。だからこそ、歩く時はほんの僅かな段差には注意を払って来たのだけれど、まさかわたしが僅かな段差で傷をつけてしまうなんて思わなかったわ。
「そこの従騎士その1! わたくしが歩く床、地面、道にはあらゆる障害を取り払うことは当然のこと。抜かりはなくて?」
「いい加減、俺の名前を覚えてくれないか? リルーゼ皇女さんよ」
「あら? 覚えて欲しかったのかしら? 失礼したわ。でもそれは必要のないことよ。所詮、その辺に転がっている石ころなのですもの。石ころの名前を一つ一つ覚えるなんて、必要なことなのかしらね」
「あんた、石ころをなめてるだろ? 地面をよく見ない皇女さん、その辺の石ころだって時にはあんたを転ばすことだってあるんだぜ? 別に石の名前を覚えろだなんて求めねえよ。だけどな、油断してると足元をすくわれるぜ?」
「面白くないことを言うのね。わたくしの体に傷でもつけたら、あなた、重罪よ? それをさせないのも従騎士の役目ではなくて?」
「そうでございましたね。では、どうぞ、前へお進みくださいませ」
まったく、失礼極まりなさすぎる従騎士ね。名前を呼ばれたいだなんて、何様のつもりなのかしら。覚えて欲しかったら、ありもしないけれどわたしを驚かせたり、ドキドキさせたり……まぁ、言うだけ無駄ね。
「おいっ!! リルーゼ皇女! 足元をよく見ろっ!」
「はぁ? あなた、誰に向かって……きゃあっ!?」
「ほら見ろ、たかが小さな石ころでも、躓くことはあり得るんだ。ほら、皇女様……お手を――」
「ふざけないでくださるかしら……誰の仕業か、あなたご存じ?」
「は? 誰って、その辺の……名も無き石ころ……」
まさかわたしを転ばせたと言うの? その石ころごときが? いいえ、違うわね。悪いのはこの道に決まっているわ! これは重罪だわ。重すぎる罪よ!
「そこのその1従騎士! 全て設計からやり直しを命じるわ! 今すぐに国内のありとあらゆる道を造り直しさせなさい! それが出来るまで、あなたはわたくしの前に姿を見せること、許しませんわ! い・い・わ・ね?」
「……御意にございますよ。平らにしとけばいいんでしょ? 皇女様」
「何か不服でもあるのかしら?」
「いいえ~とんでもございませんね。では、皇女様はずっと宮廷に籠ってそのまま、年を召されるのですよね?」
この従騎士は、何の世迷言をほざくつもりなのかしら。少しも無い脳を働かせることを知らないのかしら。
「バカね。国内には民が大勢暮らしているのよ? 彼ら彼女ら、そして高貴なわたくしが歩く前の道を平らにして行けばいいのではなくて? 外に出ないまま道を造り直すなどと、おバカな発言なんてわたくしの従騎士が言うハズが無いわ。そうでしょう?」
「そのようで」
そうよ! わたしが転ぶのだからそもそもの国づくりが失敗しているんだわ。陛下が帰って来るまでに、全ての道を真っ平らにしておけば、全国民が陛下に平伏すじゃない! なんて賢いの、わたし。
単に大袈裟に命じているわけではないってことを、少しは理解して感謝してもらいたいものだわ。