奥様のウソ
公介がテープを持って、奥様の待つ部屋に入るやいなや、奥様の口から思いがけぬ言葉が出た。
「実を申しますと、私、ひとつウソをついていることがありますの」
「ウソですと?」
「ええ、あのときの電話です。実は、あれは犯人からでしたの。明日の朝までに、現金で五千万円を用意しろって」
「なっ、なんと! 五千万円ですと」
所長が目玉をむき出す。
「どうしてウソを?」
公介もおどろいて聞いた。
「内部の者が関係してるって、所長さんはそのようにおっしゃったでしょ。実は私も、そうではないかと思ったんです。だからウソをついて、ようすをうかがうことにしましたの」
「で、何か気がつきましたか?」
「いいえ、まだ何も。私の思いちがいで、あの人たちは関係ないのかもしれません」
奥様の声が沈む。
「あまい、あまいですぞ。五千万円のためなら、どんな芝居だってやりますぞ。あの四人、かたっぱしからしめあげて、ドロを吐かせてやりましょう」
「でも所長。あの四人には、ちゃんとしたアリバイがありました。それに証拠もありません」
「バカモンが! 人を見たら泥棒と思え。これが、わがよろず屋のモットーなんだ。アリバイなんかどうでもいい。犯人は、あの四人の中におるのだからな」
所長にかかると、アリバイや証拠は何の意味も持たない。その場で思いついた者を、強引にでも犯人に仕立ててしまうのである。
「所長、もう一人います。ゲンさんという人は?」
「そうだ、ソイツが犯人だ。電話があったとき、ヤツだけいなかったではないか」
所長は鼻の穴を大きくふくらませた。
「いいえ、ゲンさんは関係ないと思います。だってゲンさんがここを出たあと、メリーはまだ庭におりましたもの。ですから連れ出しておりませんわ」
奥様がアリバイを証明する。
「出かけたと見せかけ、あとでもどってきた。そういうことだって考えられますぞ」
「車庫は塀の外にあるんです。いったん出たら、門を開けない限り中には入れませんのよ」
「そこを棒高跳びで……」
「それに電話の声は女性でした」
「ふむ」
所長の鼻の穴がしぼんでゆく。
「テープを聞いてくださればわかりますわ」
「では、さっそく」
公介はテープをカセットデッキにセットした。続いてテープを巻きもどし、再生ボタンを押す。
すると、なぜか……。
月がーでたーでーたー
月がーでたー
サノ、ヨイヨイ
なぜだかヘタクソな歌声が飛び出してきた。
歌声はまぎれもなく所長のものだ。
「バカモン! 巻きもどしすぎだ」
「すみません」
公介はあわててテープを止めた。
それから何度か巻きもどしと再生を繰り返してみるも、所長のヘタな歌声ばかり。新しいテープを買う金を惜しみ、使いかけのテープを用意したせいだ。
「オマエ、スイッチを入れ忘れただろう」
「いいえ、たしかに入れました。テープ、まわっていましたので」
「では、オマエが赤のコードをつながんからだ」
失敗の原因すべてを公介に押しつけてから、所長は奥様に向き直った。
「それで五千万円。その女にくれてやるんですか?」
「そのつもりです。メリーは、お金にはかえられませんもの。それに、私には子供がおりませんの。お金を残してもしょうがないんです」
「うっ……」
所長が歯ぎしりをする。
なれるものなら、今からでも奥様の子供になりたいようだ。
「電話の内容、詳しく教えてもらえんですか?」
「もちろんですわ」
奥様がうなずいて続ける。
「警察にしゃべったら犬の命はない。明朝までに現金で五千万円を用意しろ。受け渡し場所については、また明日の朝に連絡するからと。そこまで早口でしゃべると、一方的に切ってしまいましたの」
「なんという卑怯なヤツなんだ。奥様、しばしの辛抱を。かならずワシが捕まえてやりますからな」
所長の鼻の穴が、いつものごとくずんずんふくらんでゆく。
それ以上、広がらないというほどに……。