召し使いたちのアリバイ
「どうだ、だれが書いたものかわかったか?」
所長は気がついていない。
電話を受けながらメモをしたことすら忘れているらしい。
「四人とも、筆跡があきらかにちがいます」
「ふむ」
所長が不満げな顔をする。
「万年筆がどうして犬小屋のそばにあったのか、そのことがまだわかっていません」
公介は話題を万年筆にそらした。
「あのー、その万年筆なら、今朝がた私が使いましたけど」
マサヨが申し出る。
「オマエ、そのあと庭に持ち出したな」
所長はすかさずナンクセをつけた。
「とんでもありません。今朝、ペットショップから電話があったとき、メモに使っただけですので」
「ふむ、何時ごろのことだ」
「九時前だったと思います。メリーの新しいシャンプーが入荷したという連絡でした。ですから、そのことをジュンコさんに……」
マサヨの話を引き取り、ジュンコがことのいきさつを話す。
「そのシャンプー、あたしがペットショップに注文しておいたものなんです。マサヨさんから電話のことを聞いて、すぐに受け取りに行ったんです。でも、おかしいんですよ。ペットショップは、そんな電話はしていないって」
「ニセの電話に呼び出されたのでは? メリーをさらうには、あなたがいては邪魔になりますので」
公介の説明に、
「まさに、うっ、そのとおりだ。うへっ」
横から所長が口を出した。
栗まんじゅうをのどにつまらせている。
さらにはポケットにも入れていた。ポケットにさえ入ってしまえば、すべて自分のものになると思っているのだ。
そんな所長を横目で見ながら……。
――やはり万年筆は所長がポケットに入れ、犬小屋をのぞいたときに落としたんだ。
公介はそう確信した。
「ペットショップから帰ったの、何時ごろだったか覚えていますか?」
「十時過ぎです。どこにもメリーがいないことがわかって、それですぐに奥様におしらせしたんです」
「九時から十時の間、みなさんはどちらにいましたか?」
あとの三人にもアリバイをたずねる。
「私は買い物に。ジュンコさんと一緒に出て、帰ってきたのは十一時前でしたわ」
ヒロミが答えると、所長がにらみつけて犯人よばわりした。
「オマエ、天国に寄ってパチンコをしただろう。オマエが玉を落としたんだ」
これがズボシだったのか、
「……」
ヒロミはじっとうつむいてしまった。
そんなヒロミを、所長がさらに責め立てる。
「ほらみろ。はなからワシは、オマエが怪しいとにらんでいたんだ」
自分のせいでヒロミが犯人にされている。
――まいったなあ。
反論できないヒロミにかわって、公介はアリバイの証明をしてやった。
「所長、待ってください。その時間にパチンコをしていたということは、メリーがさらわれたとき、ここにはいなかったということになりませんか? ですからアリバイがあるということに」
「ふん、あまいな。公介、オマエはここで続きをやっておれ。ワシは外を調査する。見落としがあるかもしれんのでな」
所長はぶすくれて立ち上がると、ひとり応接室を出ていった。
「では、先ほどの続きを」
公介はアリバイの質問を再開した。
リョウコが話し始める。
「たしか、そのころは掃除を……」
「庭にだれかが入ってきたとか、そんなことに気がつきませんでしたか?」
「はい、私は何も。もっとも掃除機の音で、外の音はよく聞こえませんが」
最後は、残っていたマサヨが証言した。
「その時間、私は奥様と一緒でした。それにリョウコさんも掃除をしていましたわ。ずっと掃除機の音が聞こえていましたから」
そう言って、奥様の顔をうかがい見た。そのことを証明してもらいたいように……。
「ええ。マサヨさんは私の部屋におりましたし、掃除機の音も聞こえていましたわ」
奥様はうなずいて、その時間の二人のアリバイを証明した。
四人には、それぞれにアリバイがあった。
――あと何を聞こうかな。
公介が考えていると……。
「あのー。私たち仕事がありますので、そろそろよろしいでしょうか?」
マサヨが四人を代表するように申し出た。
「はい、もうけっこうですよ」
これ以上聞いても何もわかりそうにない。
公介は調査の続行を断念せざるをえなかった。
「失礼いたします」
四人の召し使いたちが、ぞろぞろと応接室から出ていく。
「ここでお昼を召しあがってくださいね」
奥様はニッコリほほえんで、すでに昼食の用意がしてあるからとさそってくれた。