犯人からの伝言
応接間の入り口にあるコートかけから、ジュンコが所長のコートを取ってきた。それからポケットに手を入れ、なにやら黒っぽいものを取り出した。
「あらっ? これって、電話台にあったものですよ」
それは小型のメモ用紙入れだった。
所長が鼻をフンと鳴らす。
「そいつは万年筆と関係があると思ってな。証拠品として保管しておったんだ」
「あっ、ありました」
続いて万年筆を取り出す。
「でも、どうしてその万年筆が、小屋のそばに落ちていたんでしょうね?」
奥様が小首をかしげてたずねた。
「犯人が持ち出し、うかつにも落としたにちがいありませんぞ」
「こっちのポケットにはこんなものが」
反対側のポケットから、ジュンコが小さなツボを引っぱり出す。
「このツボ、棚に飾ってあったはずなんですが、これも事件と関係が?」
「あたりまえだ。たとえばその中に、犯人からの伝言が入っていたらどうする」
ウソぶく所長を見て、
――伝言なんて入ってるもんか。持って帰って、質屋に持ちこもうとしたんだ。
公介はあきれかえってしまった。
「ほんとだわ、何か入ってるみたい」
ジュンコがツボをさかさまにすると、小さく丸まった紙がポロリと出てきた。
「どうだ、ワシの言ったとおりだろう」
所長は紙を拾い、テーブルの上でシワをのばすように広げた。
数字が横に並んでいる。
「その紙、うちのメモ用紙とちがいますわ。それに鉛筆で書いてますわね」
奥様がメモ用紙と見くらべて言う。
「おっしゃるとおりですな」
「でも、どうしてこんなものが、ツボの中に入ってたんでしょうね?」
「おそらく、この四人のうちのだれかが入れたんでしょう」
所長はあてつけがましく言ってから、メモの数字を指さした。
「こいつは暗号かも……。それにしてもヘタクソな字だ。これを書いた者は、そうとう頭の悪いヤツでしょうな」
小学生が左手で書いたら、たしかにこんな文字になりそうである。
ヘタクソ過ぎること。
そのことが、公介はかえって気になった。
――筆跡をごまかすため? そうであれば、やはり内部の者が犯人?
ふと公介は、並んだ数字が電話番号であることに気がついた。
「それって、電話番号なんでは!」
「それくらいとうにわかっておったわ。こちらがそれに電話するのを、犯人は待っておるんだ」
「あのー、所長さん。これって、うちの電話番号なんですが」
奥様が番号を指さして教えた。
「なんと、そうでしたか。公介、オマエの言うことはまったくあてにならんな」
「でもですね。書いた者がわかれば、ツボにメモを入れた理由が聞けます。失礼ですが、このメモ用紙に同じ番号を書いてくれませんか。それで書くのは、みなさん左手でお願いします」
公介は四人にメモ用紙を一枚ずつ配った。
筆跡を照合しようというのだ。
「あら、どうして左手なのかしら?」
「この文字は、おそらく普通には書いていません。筆跡をごまかすため、あえて左手で」
「それで……」
奥様が感心してうなずく。
公介の求めに従い、召し使いたちは左手で数字を書いた。
変わったようすは見られない。だれ一人、怪しい手の動きはなかった。
ツボから出たメモの数字の筆跡。
四人の書いた数字の筆跡。
それぞれの筆跡は、いずれもちがっているように見えた。
――まさか?
あらためて見るに、数字の筆跡が所長のものとよく似ているのだ。
――そうかあ。
奥様から事務所に電話があったあと、所長はメモ紙を丸めてポケットに入れたのだろう。そしてここでツボをくすねたとき、ツボの口からメモ紙が入ったとしても、ちっともおかしなことではない。
――所長のメモだったんだ。
公介はおもわず所長を見たのだった。