証拠調べ
二人が応接室にもどると、すでに奥様と四人の召し使いが集まっていた。
テーブルにはお茶とともに、栗まんじゅうが皿の上に盛られてある。
「全員、そろいましたかな?」
「あと一人、ゲンさんという運転手がおりますが、いま車を修理工場へ……。ところで所長さん、こうしてみんなを集められたのはどういうことで?」
奥様がけげんな顔をする。
「内部の者が関係しているのではないか、そう思ったものですから。この中のだれかが、メリーを連れ出すこともできたわけですからな」
召し使いたちの顔をなめるように見てから、所長はさっそく栗まんじゅうを手に取りかぶりついた。
と、そのとき。
ルルルル……。
待っていた電話が鳴る。
公介はすぐに逆探知器のスイッチを入れた。
カセットテープがまわり始める。
「出てもけっこうですよ」
「……」
奥さまが小さくうなずき、受話器をゆっくりと持ち上げた。
「もしもし、猫田でございます」
少し間があき……。
「はい、はい」
同じ返事を何回か繰り返す。相手の話を一方的に聞いているようだ。
公介は逆探知器の反応を見守っていた。
相手の局番から、電話のある位置をしぼりこむようになっているのだ。
「はい、わかりました。ではいずれ」
奥様があっさり受話器をもどす。
あっけないほど短い時間だった。
相手と会話した時間があまりにも短い。局番がしぼりこまれる前に、逆探知器の反応は消えてしまった。
「知人からでした。こんなときですので、しゃべる気にもなれなくて」
奥様が首を小さくふってみせる。
「いずれ犯人から金の要求がありますぞ。まあここにおっては、その電話もできんだろうがな」
所長は皮肉を言ってから、召し使いたちの顔をジロリとにらみつけた。
四人の顔がひきつる。
所長のギョロッとした目の玉でにらまれると、いつもそばにいる公介でさえゾッとする。
「すみませんが、みなさん自己紹介をしていただけませんか」
公介は気をつかうように言った。
まっ先に、メリーの世話係が前に進み出た。
四人の中ではとび抜けて若い。
「あたし、ジュンコっていいます。家がこちらと近いので、通いで働かせていただいてます。仕事はメリーの散歩と食事のお世話。それに病気をしないよう、お風呂でシャンプーも」
「なにっ! 犬が風呂に入るのか。ワシは風呂なんぞめったに入らんが、病気ひとつしたことがないぞ」
所長が横で自慢する。
次は五十才ぐらいだろうか、背の低い召し使いが進み出た。
「はじめまして、リョウコと申します。私の仕事は掃除や洗濯などです」
三番目は、小太りの三十才ぐらいの召し使い。
「ヒロミです。仕事はおもに買い物と料理を」
最後に、はじめに出迎えてくれた召し使い。メガネを乗せた鼻の先がとんがっている。
「マサヨと申します。お客様の接待など、お屋敷全般のことをしております。ジュンコさん以外は住みこみで働かせていただいております」
マサヨは年配なだけに、四人の中では一番えらそうに見えた。
最後にこう言い添える。
「どうして私たちをお疑いに?」
「証拠があるんだ。おい公介、犬小屋にあったパチンコ玉を出せ」
公介がポケットをさぐると、まの悪いことにカチカチと音がした。パーラー天国で拾っていた玉も一緒にあったのだ。
「なんだ、オマエも見つけたのか?」
「ええ、まあ」
「みんな出してみろ」
このさいしょうがない。
公介はパチンコ玉すべてを出した。
「これで全部です」
パチンコ玉は十個あった。
当然のことながら、今朝パーラー天国で拾った数と同じである。
「見せてもらえますか?」
公介の手の平から、奥様がパチンコ玉をひとつつまんだ。それからパチンコ玉に目をこらした。
「天国って?」
「店の名前です」
これもまた当然である。パーラー天国で拾ったものなのだから……。
「このパチンコ玉がどうして証拠に?」
「犬小屋の中と庭に落ちてたんですよ。メリーを連れ出すとき、犯人が落としたんでしょうな」
所長が得意満面の顔で説明する。
――所長のかんちがいなのに。
公介は身の縮む思いで聞いていた。
だが、そのことは口がさけても言えない。とにかくこの場は、じっと下を向いているしかなかった。
「それじゃあ?」
奥様がヒロミに視線を向ける。
ヒロミは顔の前で大きく手を振った。どうやら日ごろから、頻繁にパチンコ通いをしているようだ。
「私じゃありません。だって私の行く店、風林火山というところなんです」
「泣けば許してもらえるとでも? さっさと正直に白状するんだな」
所長が射るような目でにらみつける。
――まいったな。
公介はなんともこまってしまった。
いまさら本当のことは言えない。かといって、このままではヒロミが犯人にされてしまう。
「所長、ちょっと待ってください。証拠がもうひとつあります。万年筆のことも」
「万年筆だと?」
「犬小屋のそばに落ちてた万年筆ですよ。たしかあのとき、所長がコートのポケットに」
「おっ、そうだったな。おい、オマエ。ワシのコートを取ってきてくれ」
所長はソファーにふんぞり返ったまま、ジュンコに向かって指をさした。