庭の調査
犬小屋は裏庭にあるという。
メリーの世話係を案内に、所長と公介は裏庭に行ってみた。
そこにも青い芝生が一面に広がり、犬小屋は奥様の部屋のベランダのそばにあった。
「公介、小屋の中を調べてみろ」
所長に言われ、公介は犬のように四本足になり、小さな入り口から頭を入れた。
――うっ。
シッコのニオイだ。
ウンコのニオイだ。
さらに暗いときている。
「こら、なんか見つかったか?」
「いいえ、暗くてよく見えません」
公介は顔を出し、何度も深呼吸を繰り返した。
「そんないいかげんな探し方じゃ、見つかるもんも見つからんわ」
所長が芝生の上に腹ばいになる。それから犬小屋の中に頭をつっこみ、左右にねじるように短い首を動かす。
そのうち……。
手足を地面につっぱり、しきりにおしりをモゾモゾとさせ始めた。
小屋の隅々まで探しているようだ。
――あのニオイ、よくがまんできるなあ。
公介は感心して見ていた。
と、そのとき。
犬小屋の中で悲鳴があがる。
所長が地面に両手をつっぱって、うしろ向きに下がる。すると、犬小屋も所長にくっついてくる。大きな頭のせいで抜けなくなってしまったようだ。
「公介、どうにかするんだ!」
「わかりました」
公介は所長の肩に両手をかけ、とりあえずうしろに思いきり引いた。
「いてえー。こらっ、もっとやさしくせんか」
文句を言われても、原因は所長のでかい頭にあるのだ。
かまわず全体重をかけて引っぱった。
「げえー」
所長の頭が抜け出る。
「ふむ」
所長は口元を不気味にゆがめると、口からプッと何かを地面に吐き出した。
「どうだ、よく探せば見つかるもんだ」
それはパチンコ玉だった。
公介はドキリとして手に取った。
やはり天国という文字が刻まれている。さっき小屋の中をのぞいたとき、胸のポケットから落ちたにちがいない。
――ヤバイなあ。
所長に言えばどやされるに決まっている。そばには召し使いもいることだし、ここはともかく黙っておくしかなかった。
「おそらく犯人が落としたんだろうな」
「ええ、まあ……」
「するとだな。犯人は、パチンコをするヤツということになる。こいつは重要な証拠になるぞ。しっかり持っておくんだ」
所長がニヤリと笑う。
公介がパチンコ玉をポケットにしまい、ふと顔を上げると、芝生に沈んだ万年筆が目に入った。
「所長、そこに万年筆が」
「ふむ」
所長は万年筆を手に取ると、ためつすがめつ見ていたが、
「こいつも重要な証拠になるな。ワシがあずかっておこう」
そう言って、ポケットにさっさとしまいこんだ。
「今の万年筆、いつもはどこに置いてあります?」
公介は世話係の女に聞いた。
「たしか応接室の電話台に」
応接室の万年筆が犬小屋のそばにあること、これこそおかしなことではないか。
――なんでここに?
公介が考えをめぐらせていると……。
「そんなことより犯人がどうやって百万円、いや、犬を連れ去ったかだ」
所長がふきげんそうに言う。
「もしかして……」
言いかけて、公介はすぐに思いとどまった。
パチンコ玉は自分のポケットからこぼれたものである。万年筆も同じように、所長のポケットからこぼれ落ちたのではなかろうか。だがそれを言えば、所長が応接室でくすねたと……。
今は世話係の女がいる。そんなことを口に出せるはずがない。
公介は確かめるように所長のポケットをうかがい見た。
ポケットはずいぶんふくれている。ほかにもなにやら入っていそうだ。
「かんたんには越えられないでしょうね?」
話題を変え、公介は高い塀を指さした。
「ああ、あいつを越えるにはハシゴがいるな。そうだ! 犯人はハシゴを使ったんだ」
所長の思いつきに、そばにいた世話係の女がクスッと笑う。
――ハシゴだなんて。
公介はあきれた。
誘拐で、しかも明るい昼中のこと。犯人がハシゴなんて使うはずがない。
それはシロウトでもわかることなのだ。
「行ってみましょう」
公介は所長の腕を取り、世話係から引き離すよう塀のそばまで行った。
「ハシゴを使えば目立ちすぎます。ですから、犯人はもっと慎重な方法で……」
「百万円の犬だぞ。百万円が庭で遊んでおるんだ。わかっておれば、どんな手を使ってでもワシがさらっておったわ」
「そこ、そこですよ、所長。メリーが百万円もする犬だってことを、犯人は知っていたのでは?」
「ふむ。そのことがわかっていたから、ワシはわざとハシゴの話をしたのだ」
「内部の者の犯行かもしれませんね。そうであれば高い塀も関係ありませんので」
「だから内部の者が怪しい、はなからワシはそう言っておるではないか」
公介の推理そのままを言ってから、所長は世話係に向かって大声でどなった。
「この家にいる者、全員をすぐに集めるんだ」
「あっ、はい」
女はピョコンととび上がると、あわてて家の中にもどっていった。
ほかにも何か証拠が見つかるかもしれない。
二人は念のために、目をこらして広い庭を一周してみた。
しかしながら……。
庭に落ちていたのは、あのパチンコ玉と万年筆だけであった。