逆探知機
所長が逆探知器を公介に渡す。
「すぐにでも犯人から電話があるやしれん。公介、早くこいつを取り付けるんだ」
「わかりました」
公介は電話台のそばに行き、バッグから逆探知器を取り出した。
まず電話を裏返しにして、底についているフタをはずす。続いて説明書の図面を見るに、逆探知器についた赤や白といった何本ものコードを電話に接続するようになっていた。
公介は説明書を読みながら、図面を見ながら……コードを一本ずつ接続していった。
ところが、これが思いのほかややこしい。
「なにをモタモタしておるんだ!」
さっそく所長のカミナリが落ちた。
「あとちょっとです」
「それくらい、さっさとできないでどうする。よく見ておれ」
所長が電話を取りあげ、残ったコードを電話につないでいく。しかも説明書も図面も見ずに……。
「ワシにかかればこんなもんだ」
「まだ赤いコードが一本……」
「うん?」
所長は首をひねった。だがすぐに、鼻の穴をふくらませ強がりを言う。
「これはだな、わざとつないでおらんのだ」
「でも説明書じゃ、たしか赤は……」
「赤も白もない。ワシのやることはカンペキだ」
所長は捨てゼリフを残し、さっさとソファーにもどってしまった。
――まあいいか。犯人から電話がかかってくるとは限らないしな。
公介は自分に言い聞かせ、カセットテープを逆探知機にセットした。
「これでもし、犯人から電話があれば、相手の居場所がわかりますぞ」
「それではメリーがどこにいるかも?」
「おそらく犯人と一緒でしょうからな。現場にのりこんで、かならず救い出してみせますよ」
所長は自信満々である。
「ところで奥様。誘拐されたお子様の名前、たしかメリーさんでしたね?」
公介は気になっていたことをたずねてみた。
どう見ても奥様は日本人の顔だ。それにメリーだなんて、まるでヒツジか犬の名前なのである。
「はい、メリーですわ」
「写真はありますか?」
「ええ、ちょっとお待ちくださいね」
奥様が書棚から小さな写真立てを持ってくる。
――やはりな。
公介の思ったとおりだった。
それには白い犬の顔がアップで写っている。
「お子様はたいそう毛深いうえに、犬のような顔をしておりますな」
写真をのぞきこみながら、所長がいたってまじめな顔で言う。
「ええ、メリーは犬ですのよ」
「ふむ」
所長の顔がぶすくれる。
「よほど価値のある犬なんでしょうね」
公介は確かめるように聞いてみた。なにしろ百万円もの大金を出すのだ。
「わが子同様に育てたんですの。ですから私にとっては、かけがえのない子供なんです」
「なんてマヌケなヤロウだ。犬では売っても、たいした金にはなるまいに」
所長があきれた口ぶりで言う。
「いいえ。メリーは由緒ある血統書つきの犬なんですのよ。百万円以上しますわ。でも、お金では……」
奥様は言葉を切らし、メリーの写真を強く胸に抱きしめた。
「百万円、百万円の犬……」
ウワゴトのようにつぶやく所長にかわって、公介が質問する。
「それで、メリーがいなくなったのは?」
「今朝の九時から十時の間ですわ。私が九時に庭を散歩したときには、たしかにいましたから。それが十時には、どこにも姿がなくて」
「逃げ出した、そうは考えられませんか?」
「ごらんのとおり高い塀で、自分では外には出られませんのよ。それにつないでいたリードは、しっかり小屋と結んであったんです」
奥様は庭に目をはわせた。
消えたメリーの姿を探すように……。