消えたメリー
猫田さんの屋敷はたいそう立派だった。
高い塀が敷地をとりかこみ、塀の上には鉄条網の忍び返しまである。見上げるほどの門には監視カメラもついている。
所長はカメラに向かってポーズをとりつつ、門柱にあるインターホンに話しかけた。
「よろず屋探偵事務所の者ですが」
「どうぞ中へお入りください」
返事の音声とともに電動門扉が音もなく開き、目の前に建物と広い庭があらわれた。よく手入れされた芝生が青々としている。
「こいつはすごいな。今度の仕事がうまくいけば、一年は遊んで暮らせるぞ」
所長の口元がだらしなくゆるむ。
かたや公介は、どうにも落ちつかなかった。仕事がうまくいくか、気が気でならなかったのだ。
「所長、ほんとに大丈夫ですか?」
「あたりまえだ。ワシの手にかかれば、いかなる難事件も取るに足りぬわ」
所長に恐れるものは何もない。コートのポケットに両手をつっこみ、さっそうと歩き進む。
玄関で中年の女性が待っていた。
「奥様がお待ちしております」
奥様と言うからにはこの女、どうやらここで働く召し使いらしい。
この召し使いに案内され、二人は広い応接室に通された。
「奥様を呼んでまいります」
二人にソファーに座るようすすめおいてから、召し使いはすぐさま部屋を退いた。
所長がソファーから腰を上げる。それから何やら落ちつかぬようすで、部屋の中をウロウロと歩きまわり始めた。
壁には大きな絵画。
床には厚いジュウタン。
棚には古い皿やつぼの飾り物。
高い天井にはガラスのシャンデリア。
それらはどう見ても、たいそう高価なものばかりである。
「ふむ」
所長が手あたりしだいにさわる。
「ダメですよ、所長!」
公介はあわてて立ち上がった。置き時計を、所長がポケットに入れようとしているのだ。
「バカタレ! これはあとで調査に使うんだ」
だが置き時計は、さすがに大きすぎたようだ。コートの大きなポケットにもおさまらなかった。
「ふむ」
所長はいかにも残念そうな顔で、置き時計を飾り棚にもどしたのだった。
奥様が応接室に入ってきた。
指にはダイヤの指輪。
首には真珠のネックレス。
真珠とダイヤを追って、所長の目が泳ぐ。
「お待ちしておりました」
奥様は二人に座るようすすめ、自分もソファーに腰をおろした。
「よろず屋であります。で、こっちが助手の公介と申します」
「猫田です、よろしくお願いします」
奥様が頭を下げ、沈んだ声で言葉を続ける。
「電話でもお話ししましたが、私、あの子のことが心配で、心配で……」
「おまかせください。かならずやぶじに救い出してみせますぞ。これまで何度も、同じような事件を解決してきましたからな」
所長が胸をはってみせる。
――そんなホラ、よく吹けるもんだな。
公介はあきれると同時に感心した。なんたってこのかた、迷子の子猫、それも一匹しか探し出したことがないのである。
「さっそくですが、まずもって報酬の件から。お子様をぶじ救出できたあかつきには、いかほどいただけるのですかな?」
所長はとりすました顔で、いつものように成功報酬の交渉から始めた。所長にとってはお金がすべてなのだ。
「少ないかもしれませんが、百万円ということでいかがでしょうか?」
奥様が大金を提示する。それも顔色ひとつ変えずにである。
――百万円だって!
おもわず声が出そうになって、公介はあわてて飲みこんだ。
「ふむ、けっこうでしょう。なにしろ誘拐事件は経費がかかりますんで。それに場合によっては、この身に危険を伴いますからな」
所長がもったいぶって言う。
だが、しかし……。
ほほの肉がピクピクと小刻みにふるえている。心の中は、喜びの嵐が吹き荒れているのだ。
「で、犯人から連絡がありましたかな?」
「いえ、それがまだ何も」
「いずれ身の代金の要求がありますぞ。なにしろ誘拐ですからな」
「お金ですむなら糸目はつけません。いくらでも用意するつもりですわ」
「なあに、金なんぞ渡さずに解決してみせますよ。犯人にやるぐ……」
そこまで言いかけて、所長はあわててゴホンと大げさにセキバライをした。犯人にやるぐらいなら、その金をワシにくれ――そう言いかけたのだ。