銀行のロビー
翌朝。
電話のある応接室で、奥様と公介は犯人からの連絡を待っていた。
一方の所長。
ゲンさんの運転する車に乗りこみ、駅前にある銀行へと向かっていた。
ゲンさんを一緒に行かせたのは、運転手の役目だけではない。電話をさせるために屋敷から出してやったのだ。
待っていた電話が鳴った。
ツル、ツルルル……。
奥様が受話器を手に取る。
「もしもし……」
わずか十秒たらず。「はい、承知しました」とだけ答え、奥様は受話器をもどした。
「やはり、お金の渡し場所を言ってきたわ」
「どこですか?」
「駅構内のチューリップという喫茶店よ。そこにいれば、電話で次の指示を出すって」
駅は人が多く目立ちにくい。身代金の受け渡し場所として、犯人には都合のいい場所なのだろう。
「声はゲンさんでした?」
「わからないけど男のようでした。こもった低い声でしたわ」
「たぶん、ハンカチを受話器に」
相手もボロを出さないよう、声をごまかすぐらいはやって当然である。
奥様はさっそく銀行に電話を入れた。
かたや銀行。
女子行員たちが顔を見合わせ、何やらヒソヒソ話をしている。先ほどからロビーを、人相の悪い怪しい男がうろついているのだ。
「よろず屋様、お電話が入っております。こちらの窓口までおこしください」
女子行員が客を呼び出すと、その人相が悪い男が突進してくる。
「おい、どの電話だ?」
「えっ?」
「こら! よろず屋という者だ」
「では……」
自分が呼び出したお客だったのだ。
目の前の電話をおずおず指さすと、男はカウンター越しに受話器をひったくった。
「ふむ、チューリップですな」
所長は受話器をもどすと、印かんと通帳、そしてバッグをカウンターの上に置いた。
「おい、金はこのバッグにつめろ」
「は、はい、どうぞあちらのお席で」
女子行員はさっそく手続きを始めた。
さきほどの電話は得意先の猫田様で、よろず屋という代理人に五千万円を渡すよう言われていたのだ。
「ふむ」
待つ間……。
ゲンさんの視線が背後にあったが、所長は知らん顔で気づかぬふりをしていた。