トリック
公介は塀の前に立った。
高い塀の上を越し、はたしてメリーを投げ出すことができるのか? まずは実際に、そのことを確かめたかったのだ。
塀の高さはゆうに三メートルある。おまけに塀の上には忍び返しの鉄条網までついている。
女性の力ではとうてい無理だと思われた。
ためしにジャンプしてみる。
やはり塀の上までは手が届かない。
さらに着地したとき、公介はあやうく転びそうになった。そこにはにぎりこぶし大の石があって、その上に片足が運悪く着地してしまったのだ。
あげくに胸のポケットから、パチンコ玉までいくつかこぼれ落ちてしまう。
――おっと、昼メシが。
パチンコ玉はラーメンになる。ひとつとしておろそかにできない。
いそいで拾い集め、念のために数えてみた。
――うん?
十一個ある。
数え直してみたが、やはり十一個。
なぜかひとつ増えている。
――なんで?
玉のひとつひとつを見てみると、ひとつだけ風林火山と名前が刻まれていた。
――風林火山といえば……。
すぐに名前を思い出した。
そこはヒロミの行きつけのパチンコ店だ。
――買い物袋だ!
パチンコ玉が買い物袋にまぎれこみ、何かのひょうしで、ここでこぼれ落ちたとすれば……。
――そうか、メリーは……。
買い物袋に入れられて外に出されたのだ。しかも事件のあった直前、ヒロミは買い物袋を持って外に出ているのだ。
――待てよ。
そこでハタと思考が止まる。
ヒロミが屋敷を出るとき、手にした買い物袋はカラだった。
――ということは……。
買い物袋はヒロミによって塀の外から投げ入れられたことになり、塀の内側にはもう一人、メリーを買い物袋に入れる協力者がいたのだ。
――どうやって?
ふと、ひとつの推理が浮かんだ。
塀の外にいたヒロミが、ロープを入れた買い物袋を庭に投げ入れる。そのとき、まぎれこんでいたパチンコ玉がこぼれ落ちたのだろう。
塀の内側の協力者が、メリーを入れた買い物袋にロープを結び、ロープの一方を外に投げ返す。それをヒロミが引き寄せれば、メリーは買い物袋とともに外に出る。
――できるかな?
公介は塀を見上げた。
ロープを外に投げ出す場合、塀と一番下の鉄条網の間を通さなければならない。でなければ、外から引き寄せるとき、買い物袋が鉄条網に引っかかってしまうだろう。
すき間は、わずか三十センチほど。フニャフニャしたロープを通すのはむずかしいと思われた。
――そうか、これで……。
さっきふんづけた石を拾う。
ロープの先に石を結んでおけば、石の重みでロープもついていく。石を使えば、わずかなすき間を通すことも可能だろう。
――いや待てよ。
それでは石が塀の外になってしまう。石は塀の内側に落ちていたのだ。
――そうか、逆にすればいいんだ。
ロープは外から投げ入れられ、出すときにじゃまな石は庭に残されたのだ。
犯行があった時間。
屋敷の中にいたのはマサヨとリョウコで、マサヨは奥様とずっと一緒だった。だとすると、それができたのはリョウコしかいない。
ヒロミとリョウコ、この二人が協力してやったのだろう。
疑問が次々と解ける。
考えつけば、いたってかんたんなトリックだったのである。