プロローグ
所長……よろず屋探偵事務所の所長。
公介……たった一人の所員。
奥様……今回の事件の依頼主。大きな屋敷に住み、五人の召し使いを雇っている。
マサヨ……屋敷内全体の係。
ジュンコ……ペットの世話係。
ヒロミ……買い物や料理の係。
リョウコ……掃除や洗濯の係。
ゲンさん……運転手や庭の手入れの係。
ピリィリィ、ピリィリィ……。
ケイタイが鳴る。
「公介、仕事だ。すぐに来るんだ」
所長からの呼び出しだった。
「わかりました」
返事の終わらないうちに通話が切れる。
何やら急用のようだ。
パチンコ店パーラー天国を飛び出し、公介は事務所へと走った。拾ったパチンコ玉がポケットの中でカチカチと音をたてる。
玉は三十個でインスタントラーメンと交換でき、いずれ昼メシになるのだ。
――腹へったなあ。
すきっ腹が鳴いた。
昼メシどころか、まだ朝食も食べていない。
公介の働く探偵事務所は所長と二人だけの小さなものだった。客からの依頼は何でも引き受け、天井裏のネズミ退治から、行方不明になった猫探しまでと万事やる。
そのわりに依頼はほとんど来ない。だからして給料はスズメの涙ほどで、公介のサイフはいつもピーピー鳴いていた。
事務所のドアを開けたとたん、いつものように所長のカミナリが落ちた。
「このバカモンが! 遅いぞ」
「すみません。で、今日の仕事は?」
「聞いておどろくなよ。誘拐事件だ」
「ウソでしょ!」
「ウソなもんか。だいいちワシが、これまでウソをついたことがあるか」
所長の目がギラギラと輝いている。いつになく本気モードのようだ。
「誘拐なんて、受けて大丈夫なんですか?」
公介の心配は当然だった。これまでストーカーの調査ぐらいで、誘拐なんてはじめてである。
「あたりまえではないか。これまでも難事件をかずかず解決してきたんだ。ワシの大いなる業績は、あれが物語っておるわ」
所長の視線の先には、警察署長の署名入りの賞状が飾られてある。ただしそれは、警察主催の交流ボーリング大会でもらったもので、しかもブービー賞。
さらにとなりには『人を見たら泥棒と思え』と書かれた色紙が貼られてある。所長が好きな格言で、自分の手で書いたものだ。
「誘拐はな、警察に頼めんときがある。だからうちに依頼があったんだ。なんといっても、ワシの腕は超一流だからな」
はじめての探偵らしい仕事だ。
受けたからには公介も気になった。
「で、依頼人は?」
「猫田という人だ。ついさっき、すぐに来てほしいと電話があった」
「誘拐されたのは、やはり子供ですか?」
「ああ、メリーという娘のようだ。詳しいことは向こうに着いてから話すと言っておった。そうだ、逆探知器がいるな」
所長はロッカーを開け、ホコリまみれの箱を取り出してきた。さっそくバッグにつめこみ、机の引き出にあったテープを入れる。
逆探知器はかなり旧式で、録音装置はカセットデッキ。それもそのはず、所長が質流れ市で手に入れたものである。
使うのは、もちろん今回がはじめて。
「一気に解決するぞ」
所長はやる気満々である。
それは格好からしてわかった。大きなポケットのついたヨレヨレのコート姿。探偵ドラマでよく見るところの、名探偵らしく決めたつもりなのだ。
ところがだ。
所長は背が低い。
所長は腹がメタボだ。
所長は極端なガニマタだ。
きわめつきは真四角の顔の中のギョロギョロとした目玉。どこからどう見ても、泥棒もしくは強盗にしか見えない。