神様にも成れないし人にも戻れない子達へ
相棒は仕事である言葉を投げられると、丸一日棺桶から出て来ない。
一緒に暮らす家は土地二百坪はある洋館で、その部屋の一つに棺桶を置いた部屋がある。
広い部屋の中央に棺桶だけを置いて、窓には厚手の黒いカーテンをしているが、部屋の扉には鍵が付いていない。
そんな扉を二回ノックして開く。
明かりの点いていない部屋でも、暗闇に慣れた目では棺桶を確認出来る。
その棺桶が相変わらず頑なに閉じたままなのを見て、扉を閉めながら溜息が出た。
部屋の中央に置いてある棺桶に近付き、蓋を二回、拳で叩く。
返答はなく、蓋に手を掛けて持ち上げようとしても、中から鍵が掛けられており、ガチャガチャと音がするばかりだ。
特注品らしい棺桶は、蓋を閉じていても酸素がなくならないような空気孔もある。
引き篭るように作られていると感心するが、俺としては非常に困るのだ。
もう一度蓋へノックする。
「イチ」コンコン、その後には無音。
「壱縷」コンコン、その後にも無音。
仕事の相棒であるイチこと壱縷は、棺桶の蓋と同じように頑ななところがある。
その割には、たった一言で棺桶に引き篭る位には繊細な心の持ち主だ。
「壱縷、一緒にご飯を食べよう」
ノックをしながら声を掛ける。
もう既に昼を回ってしまっているが、昨日の仕事終わりである深夜から棺桶に引き篭もっている相棒は、その頃から何一つ口にしていないはずだ。
「仕事帰りに、壱縷の好きなドーナツも買って来たから」
厚みのある棺桶の奥から音は聞こえない。
しかし、仕事柄気配には敏感で、棺桶の奥に引き篭もった相棒が僅かに身動いだことは分かった。
そのまま畳み掛けるように言葉を続ける。
「このままだと、ストックの無くなったトイレットペーパーも買いに行けないだろう」
俺が適当に買って来たら、不満そうに端正な顔を歪める相棒は、何度も見てきた。
使えれば良い俺と、拘りのある相棒ならば、相棒が選ぶべきなのだ。
俺が適当に買っても良いけど、なんて呟けば蓋がガチャガチャと音を立てた。
完全に抗議の音だ。
「帰りに映画でも借りて、シーツに包まって見ても良い」
キィ、と僅かに金属が軋むような音がした。
俺は言葉を重ねる度に、蓋をノックし続けている。
「ソファーで昼寝したって良い」
ノックした手が押し返される感覚に、手を引いて待つ。
「なぁ、壱縷」
開いた蓋の隙間から揺れる深い青を見た。
相棒の瞳は深い海の色を持ち、それが今は水気を含んで揺れている。
余計に海のように見えてならない。
細腕で重そうな蓋を吹き飛ばした相棒は、棺桶を倒すように転がり出てくる。
長く柔らかな髪が流れるように揺れ、私服として着ている黒いドレスも裾を翻す。
飛び込むように俺の胸に顔をぶつけた相棒に、おぉ、と驚きを滲ませる。
鼻を上下させた相棒は、俺が本当に仕事をしてきたことを確認して顔を上げた。
「臭い」端的な言葉に、口元を引き攣らせる。
濡れたままの瞳で「血と、脂、後は焦げたのと灰」嗅ぎ取ったそれを並べていく。
世間一般では真っ当とは言い難い仕事をお互いにしている訳だが、それを恥だとも引け目だとも感じたことは無い。
だからこそ、相棒は何故自分を連れて行かなかったと言いたげに眉を寄せる。
当然、棺桶に引き篭もっていたからだ。
「零」
「何だ?と言うか、肋に体重掛けるの止めてくれ」
ミシリと胸下の骨が嫌な音を立てたところでそう言えば、ゆっくりと離れていく相棒。
胸元のフリル帯を留める金具に埋め込まれた宝石が、暗い部屋で鈍く光っていた。
「ご飯食べてデザートにドーナツ食べて、トイレットペーパーはダブルでシャワートイレ用と普通を買ってDVDはホラー映画を借りて昼寝をしてから見よう」
立ち上がった相棒の目尻は赤い。
それでも俺に手を差し伸べて、立ち上がることを要求する。
俺が手を握りながらも自分の力で立ち上がり、そのまま自然に指を絡めて部屋を出た。
閉まる扉の隙間から、乱雑に投げ置かれた棺桶を瞳に映した相棒は小さな声で俺を「神様」と呼ぶ。
俺は神様じゃない、神様は自分の手で人間を殺さない。
どれだけそう思っても、もう二度と棺桶の外へ出ない相棒を想像してしまえば、口を閉じるしかなかった。