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2017年/短編まとめ

神様にも成れないし人にも戻れない子達へ

作者: 文崎 美生

相棒は仕事である言葉を投げられると、丸一日棺桶から出て来ない。

一緒に暮らす家は土地二百坪はある洋館で、その部屋の一つに棺桶を置いた部屋がある。

広い部屋の中央に棺桶だけを置いて、窓には厚手の黒いカーテンをしているが、部屋の扉には鍵が付いていない。


そんな扉を二回ノックして開く。

明かりの点いていない部屋でも、暗闇に慣れた目では棺桶を確認出来る。

その棺桶が相変わらず頑なに閉じたままなのを見て、扉を閉めながら溜息が出た。


部屋の中央に置いてある棺桶に近付き、蓋を二回、拳で叩く。

返答はなく、蓋に手を掛けて持ち上げようとしても、中から鍵が掛けられており、ガチャガチャと音がするばかりだ。


特注品らしい棺桶は、蓋を閉じていても酸素がなくならないような空気孔もある。

引き篭るように作られていると感心するが、俺としては非常に困るのだ。

もう一度蓋へノックする。


「イチ」コンコン、その後には無音。

壱縷(イチル)」コンコン、その後にも無音。


仕事の相棒であるイチこと壱縷は、棺桶の蓋と同じように頑ななところがある。

その割には、たった一言で棺桶に引き篭る位には繊細な心の持ち主だ。


「壱縷、一緒にご飯を食べよう」


ノックをしながら声を掛ける。

もう既に昼を回ってしまっているが、昨日の仕事終わりである深夜から棺桶に引き篭もっている相棒は、その頃から何一つ口にしていないはずだ。


「仕事帰りに、壱縷の好きなドーナツも買って来たから」


厚みのある棺桶の奥から音は聞こえない。

しかし、仕事柄気配には敏感で、棺桶の奥に引き篭もった相棒が僅かに身動いだことは分かった。

そのまま畳み掛けるように言葉を続ける。


「このままだと、ストックの無くなったトイレットペーパーも買いに行けないだろう」


俺が適当に買って来たら、不満そうに端正な顔を歪める相棒は、何度も見てきた。

使えれば良い俺と、拘りのある相棒ならば、相棒が選ぶべきなのだ。

俺が適当に買っても良いけど、なんて呟けば蓋がガチャガチャと音を立てた。

完全に抗議の音だ。


「帰りに映画でも借りて、シーツに包まって見ても良い」


キィ、と僅かに金属が軋むような音がした。

俺は言葉を重ねる度に、蓋をノックし続けている。


「ソファーで昼寝したって良い」


ノックした手が押し返される感覚に、手を引いて待つ。


「なぁ、壱縷」


開いた蓋の隙間から揺れる深い青を見た。

相棒の瞳は深い海の色を持ち、それが今は水気を含んで揺れている。

余計に海のように見えてならない。


細腕で重そうな蓋を吹き飛ばした相棒は、棺桶を倒すように転がり出てくる。

長く柔らかな髪が流れるように揺れ、私服として着ている黒いドレスも裾を翻す。

飛び込むように俺の胸に顔をぶつけた相棒に、おぉ、と驚きを滲ませる。


鼻を上下させた相棒は、俺が本当に仕事をしてきたことを確認して顔を上げた。

「臭い」端的な言葉に、口元を引き攣らせる。

濡れたままの瞳で「血と、脂、後は焦げたのと灰」嗅ぎ取ったそれを並べていく。


世間一般では真っ当とは言い難い仕事をお互いにしている訳だが、それを恥だとも引け目だとも感じたことは無い。

だからこそ、相棒は何故自分を連れて行かなかったと言いたげに眉を寄せる。

当然、棺桶に引き篭もっていたからだ。


(レイ)

「何だ?と言うか、肋に体重掛けるの止めてくれ」


ミシリと胸下の骨が嫌な音を立てたところでそう言えば、ゆっくりと離れていく相棒。

胸元のフリル帯を留める金具に埋め込まれた宝石が、暗い部屋で鈍く光っていた。


「ご飯食べてデザートにドーナツ食べて、トイレットペーパーはダブルでシャワートイレ用と普通を買ってDVDはホラー映画を借りて昼寝をしてから見よう」


立ち上がった相棒の目尻は赤い。

それでも俺に手を差し伸べて、立ち上がることを要求する。

俺が手を握りながらも自分の力で立ち上がり、そのまま自然に指を絡めて部屋を出た。

閉まる扉の隙間から、乱雑に投げ置かれた棺桶を瞳に映した相棒は小さな声で俺を「神様」と呼ぶ。


俺は神様じゃない、神様は自分の手で人間を殺さない。

どれだけそう思っても、もう二度と棺桶の外へ出ない相棒を想像してしまえば、口を閉じるしかなかった。

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