07 チェックメイト
■はじまりの街・エルクレスト 〈森の海〉埠頭
■11:40
「では、わたしは街の西側を、貴様は東側を探せ」
クロはマップを表示し、円形の城郭都市であるエルクレストの全景を見せた。
「いや……、それはまずい」
スキル盗みと対峙した時、殺人がNG行動の私は不利だ。
「まずい?」
「……あっ」
私は口を滑らせたことに気づく。
NG行動が「殺人」なのは私だけだ。NG行動はおそらく一人ずつ違う。そうでなければステータス画面のNG行動が黒塗りの表示になっていたのはおかしい。
そして、NG行動が漏洩することは限りなくゲームを不利にする。
殺人できない相手をPKするのは容易い。〈キルデス・オンライン〉の参加者は少なくとも現実で人を殺している。今さら殺人を躊躇するとは思えない。
訝しげに私を見てくる美少女も然り、だ。
「『まずい』とはどういうことだ?」
「それはだな……」
視線をクロから逸し、ガランとした大通りをぼうっと眺める。大通りの閑散とした様子は、私の脳内のアイディアくらいスッカラカンだ。
「このゲームはプレイヤーが600人いるんだよな?」
「上を見ろ。数字は638だ」
エルクレストにスポーンした時は『659』だった。
空を仰ぐと、不気味が赤色が『638』と示している。
……オイオイ、すでに21人も死んだのか。
自分の知らないところで、知らない人間が死んでいるとは言え、21人とはっきり数で示されるのはさすがに気分が悪い。
だが、これで明らかになったことがある。
「この街にスポーンしたプレイヤーは少ない」
「それがどう『まずい』のだ?」
「いや、街にプレイヤーが少ないのが好機なんだよ」
クロはピンと来ていない様子だ。
「まず、他のプレイヤーがどこにスポーンしたか。おそらくエルクレストの街中かその周辺だろう。〈キルデス・オンライン〉のGMは、これを殺し合いゲームだと言っていた。だったら、プレイヤー同士をいきなり同じ場所ではなく、程よい距離を保った状態でスポーンさせるだろ?」
「ああ。わたしが貴様に会ったのはゲーム開始30分頃だ。それまでに他のプレイヤーとは会っていない」
「いや……、スキル盗みと会ったはずだが……」
「路地で、使えないカードを見ていたら盗まれた。大通りに出たら貴様がいた」
じろりと私を睨む。
使えないカードの効果について言及するのはよしておこう。私が犯人だと断定されかねない。知りすぎているのも、ある意味で枷になるようだ。
それに、見ていた時、か。
まあ、その状況なら私を犯人だと疑うのも無理はない。
「……今は私たちの他にスキル盗みがいると思ってくれ」
「フッ。カマをかけたつもりだったが、うまく躱したな」
こらえきれずにため息が出た。
「すまない。これからはフェアに行こう」
クロは両手を上げた。猫妖族だが、肉球はない。
「結論から言う。手分けして探すのは時間の無駄だ」
「広すぎて見つからないということか?」
「それもあるが、一番の理由は、もうしばらくすると、街はプレイヤーであふれかえるからだ」
「なるほど。木の葉を隠すなら森の中、ということか。だが、なぜプレイヤーであふれかえると分かる?」
「ゲーム開始40分で20人が死んだ。これがどういう意味か分かるか?」
「……このゲームにはモンスターがいる?」
「その通りだ。プレイヤーたちは安全地帯の街を目指してやってくる」
だから、スキル盗みを捕まえるにはタイムリミットが存在する。
クロの隣に立ってマップを開き、中央の広場を指さした。
「私に考えがある」
■はじまりの街・エルクレスト 中央広場
■11:45
私は円形の中央広場でウインドウショッピングしていた。片手には【★ロングブレード】を装備している。武器があれば、いきなり襲われることはないだろう。
南から順に、オク姉の商店、リンネルの宿屋、ラファル教会、冒険者学校、酒場『穴あき靴下』を見ていった。どれも〈セブンシーズ・オンライン〉の頃と変わらない。一段落したら顔を出そう、と心に決めた。
円形の広場はまばらに人がいるが、どいつも灰色のアイコンが頭の上に浮かんでいる。NPCだ。
NPCに近づくと名前が表示された。
酒場の前で横になっている〈酔っぱらい〉という名のNPCに声を掛ける。
「こんなところで寝たら風邪を引くぞ」
「あ〜? 酒を持ってこ〜い! ……zzz」
怒鳴った後、寝落ちした。
酒場のドアを見る。
――17:00から開店
リアルタイムと連動しているのもSSOの特徴だ。と言っても、空から降り注ぐ日差しは温かく、春のようだ。二時間ほど前、私は冬にいた。
酒場を後にして民家を通り過ぎる時、事が起こる。私の手にしていた【★ロングブレード】が消滅した。
消える、というよりは、どこかへ移動したようなエフェクトだ。同時に一枚の紙切れがハラハラと地面に落ちた。どうやら家族写真らしい。
ローファーのかかとで踏みつける。
――オブジェクト耐久度:0/2
一瞬で数字が減って、しまいには、パリン、と割れるエフェクトが入る。
「やはり、な」
私は確信した。
空に向かって叫ぶ。
「クロ! 犯人は民家の中だ!」
屋根の上からクロが颯爽と下りてきて、私と共に民家に押し入る。
そこにいたのは【☆ロングブレード】を持った男だ。
男は引きつった顔をしていたが、すぐにギロリと三白眼で睨みつけてくる。勢い良く【☆ロングブレード】を振り上げた。
腰に手を当てて、用意していた言葉を告げる。
「スキル【武器倉庫】! ダガー!」
言い終わるかどうかのその刹那、男の手が振り下ろされた。
クロの、息が漏れる音が聞こえる。
男は何も持っていない手を下にした姿勢で固まった。
「な……に……?」
私は片手のダガーを男めがけて投擲する。
「いッ!?」
胸に深く刺さり、男は呻きながら床に尻もちを付いた。綠色のプレイヤーアイコンの上にHPゲージが表示され、全体の1/10ほど減少する。
私のプレイヤーアイコンは橙色に変化した。
「ひぃっ……」
男が慌ててダガーを抜く。
「【武器倉庫】、収納」
ダガーが消滅した。
それだけなのに男はまた短い悲鳴を上げる。
クロが驚いた顔を私に向けた。
「私の【武器倉庫】は武器を生み出すスキルカード。お前が盗んだのは私が造った偽の【ロングブレード】だ」
正規のアイテムではないため、アイテム名に「☆」が付いていた。
「いや、盗んだ、は間違いか。お前は盗んでいない。『交換』したんだ」
【☆ロングブレード】が消滅した後に現れた紙切れはこの家の家族写真だ。
「このゲームに、スキルを盗むカードは存在するわけがない。そんなカードがあれば、強すぎてゲームバランスを壊すからな」
クロは、ハッ、とした後、唇を噛んで私を睨む。
彼女には伏せていた情報だ。言えば説得できなかっただろう。
「おそらく手持ちのアイテムを『交換』するスキルカードを持っている。クロ――この子がカードを『見ていた』時、つまり、手に持っていた時、『交換』した」
彼女は持っていたカードが急に消えたから、気が動転していた。エフェクトも覚えていないほどなのだから、交換された、という発想に至らなくて当然だ。
男はギリギリと歯ぎしりする。
……もうひと押しだ。
「先に言っておくが、クロのスキルカードを使って反撃できる、というハッタリは効かないからな? そのカードは『使う』スキルじゃない」
クロが盗まれたスキルは『使えないカード』だと言っていた。これはゴミスキルである、という意味ではないのだ。
「常時スキル。そうだろ?」
男の顔はみるみるうちに青くなって、幽霊のように精気がなくなる。
同時に、私は胸をなでおろした。
もしも男がクロからスキルカードを盗み出す前に、別のプレイヤーからもスキルカードを盗んでいたのなら、こんな青ざめた顔はしない。
私はスキル盗みにチェックメイトを指したのだ。