05 最強スキルの最弱プレイヤー
■はじまりの街・エルクレスト
■11:00
目覚めると青空に『659』と真っ赤な数字が浮かんでいた。
「すでに3人が……」
私は石畳の上に寝転がっているようだ。
起き上がって周囲を見渡したが、やはりシオンの姿はない。
他に人の姿も見当たらなかった。
「あれ? この景色、どこかで……」
中世ドイツ風の町並み。外壁に木の構造が露わになった民家が並ぶ。漆喰は家々が白で統一されているが、経年劣化で優しいクリーム色のものもあった。
「……はじまりの街・エルクレストだ!」
間違いなく、SSOの一部。
振り向くと港が広がっている。しかもただの港じゃない。7つの海の一つ「森の海」と呼ばれる広大な森林地帯に、張り出すように埠頭が伸びている。
ごくり、つばを飲み込んだ。
ダメだ。血がたぎって仕方ない!
SSOハッキング事件さえなければ、この風景はなくならなかった。
「すごい……」
私は本当に、ゲームの世界にやって来た。
大好きだった〈セブンシーズ・オンライン〉の世界に、20年もの歳月を経て〈キルデス・オンライン〉のプレイヤーとして、私は戻ってきたのだ。
■はじまりの街・エルクレスト
■11:20
私は心のままに町を探索した。
嬉しくて小躍りしそうだ。
が、小躍りするほど身体を動かし慣れていなかった。私の外見は20も若返って14歳くらいになっている。やはり手足が短くなったせいか、はたまた初フルダイブ型VRだからか、歩くのでさえ大変だった。
何はともあれ、今は前に進むことができるし、というかそれだけで楽しい!
ふとベーカリーの窓を見る。そこに映った私は思春期の少年だ。
「この耳、この髪、この肌……!」
尖った耳、白い髪、褐色肌。紛れもなく堕長耳族だ。
「ほ、本当か? SSOで希少アバターに設定されてたよな……」
SSOは膨大な種類のアバターから好きなものを選べる。獣人が基本だが、たった2枠だけ、亜人も選ぶことができるのだ。堕長耳族はレア中のレアで、アカウント売買の筆頭アバターだ。
20年前のSSOでは獅子人族を使っていたので、正直に言えばまた獅子人族でプレイしたかったという気持ちがある。
選んだアバターで性能に差はない。気持ちの問題だ。
「前回のデータを引き継ぐってキャリブレーションデータだけじゃないよな……」
ゲーム用入力装置で、正しく操作するために調整することを『キャリブレーション』という。HMD型VRMMOでも自分の体格にあったキャラメイクをしておくと操作が格段に楽になるのだ。フルダイブ型なら、尚更のはずなのだが……。
私はまだ身体の操作に慣れていなかった。
観光気分で街を歩いていたわけではないのだ、断じて。
「そういえば【カードホルダー】をもらったんだっけ」
メニュー画面を開いてアイテム一覧から【カードホルダー】をタッチ。
ポォン、とサウンドエフェクトが鳴り、ふわふわと革のベルトが浮いている。それを手に取り、革製の小さなポーチを開けた。
中にカードが1枚ある。
〈キルデス・オンライン〉がSSOと同じシステムを採用しているのなら、最初にもらえるこのカードで、ゲームの難易度が決まると言っていい。
良くて、【投刃】や【弓術】といった遠隔武器スキルか。接近戦は不可能だ。私は古いキャリブレーションデータのせいで、歩くのがやっとだから。
悪くて、【体力+100】だ。SSOのステータスはカードを収集して上昇させる。カードは何枚でも持てるので、できる限り体力アップのカードは集めたい。
もしも【料理】とか【採集】とか職人系スキルが来たら終わりだ。PKを目的とした〈キルデス・オンライン〉で何の役にも立たない。
私は目を瞑る。手探りでカードを引いて、おそるおそる目を開けた。
「これは、スキルカード【武器倉庫】!」
きた。
カードにはあらゆる武器のイラストが描かれている他、Aスキル、★6という表記がある。
Aスキルとは、アクティブスキルの略で、カードホルダーにセットした状態で、スキル名をコールするとそのカードの効果を発動できるのだ。
★6とは、スキルカード中、最上級レアであることを示している。
効果は、ゲーム内に登場する武器を何でも1つ具現化できるというもの。
「ふっ……、勝負ついたな」
あらゆる武器を具現化できるというのは、バトルロワイヤル系のデスゲームにおいてチート級。いや、チートそのものだ。
仮にこれが一般ゲームだったら、私は率先してこのスキルは使わないだろう。強すぎて、アイテム収集が馬鹿らしくなるからだ。
だが、これは〈キルデス・オンライン〉。PKを主目的とする上、敵対プレイヤーは全員、現実の殺人犯ときた。しかも死刑囚なので報復の心配はない。
笑いがこみ上げてくる。
これか。
これなのか。
強すぎる力を手に入れたがゆえの全能感。
どこか正義にすら思えてくる。
正義だから強いのではない! 強いから正義なのだ!
私はカードをデッキケースに戻し、【カードホルダー】を身につけるためにメニュー画面を開く。
――イクイップメント
腰の項目をタッチしてカードホルダーをウエストポーチのように装備した。
「そうだ。NG行動を先に確認しておこう」
調子に乗ってうっかりNG行動をしてしまう、なんてことはB級すぎる過ちだ。
そもそもNG行動は何の意味があるのか。仮にNG行動をした場合、考えられるのは即座に死、だ。騒がしいからって、無差別殺人をしたキルキルである。ありえそうな話に思えてきた。
私は深呼吸をして落ち着いた後、ステータス画面を開く。
NG行動が書いてあるとしたらこのタブしかない。
プレイヤーネーム、HPの他に、各パラメーターの項目が増えていた。筋力や俊敏性といった項目があるエリアより下。
――NG行動:■■■
他人から見えないようにロックされているのだ。
私は、ごく、とつばを飲み込む。震える人差し指で黒い塗り潰しをタッチした。
――NG行動:殺人
……え?
はじめは目を疑った。こすってもみた。10秒つむって開いて、また見た。
ま、間違いない……。
って、どうすればいいんだ。
バトルロワイヤル系のデスゲームなのに殺人禁止!?
「そんなの、どうやって勝てばいいんだよ……」
思わず愚痴が漏れる。
私は最強のスキルカードを持ち、最弱のペナルティを背負ったのだ。