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03 最後の1人まで生き残れば自由が手に入る

■チュートリアルステージ


■10:30




 私は少女にVRMMO初心者だと打ち明けた。基本の操作を教えてもらう。


 閉じたチョキを縦にスナップさせるとメニューが開くらしい。


 そうしてみる。


 半透明でフラットデザインの操作パネルが現れた。頭を動かしても操作パネルは向いている方向に追いかけてくる。


 正直、驚いた。


「すごい。ゲームみたいだ」


「わかる〜! 最初はびっくりするよねぇ」


 少女は私の手を取って、操作パネルの「ステータス」を押させる。




 ――プレイヤーネーム:No.89




 プレイヤーネームは呼称番号がそのまま付けられているらしい。


 彼女に言われるがまま初期設定をする。


 視界の左下にHPゲージが表示され、右上に10:30と時刻の表示も付いた。少女の頭の上に綠色のアイコンが浮かんでいる。


「手ぇ出して〜」


 言われるがままに手のひらを差し出すと、パチン、とタッチされた。


 アイコンの上に文字が表示される。




 ――No.4




 これが少女のプレイヤーネームのようだった。


「4番?」


「ちーがーう! 右から読むの!」


「え? えーと、し、オー、エヌ……。あっ、シオン?」


「あたりぃ」


 まさか呼称番号を名前風に読み換えるなんて想像したことがなかった。


「キミはぁ……、はちじゅうー、く、だから……、は、ハ……。ハク? ハク!」


 ハク。


 それが私の呼び名になった。


 メニュー画面はいくつかの文字列が並んでいるものの操作できない。だが、これからのゲームに必要になる機能なのだろう。


 また、どこにもログアウトのパネルは存在しなかった。


 ステータス画面に表示されているのはプレイヤーネームだけではない。




 ――HP:100/100




 これが0になる時、死ぬ。


 しかも、ゲームの世界で死んだら、現実の自分は即座に処刑されるのだ。


 私は手の甲をつねった。


「……痛みがない」


 いや、意識すると痛いような気もするが……。


 シオンが私の手のひらを、きゅっ、と握って親指の腹で優しくさすった。


「えっと……、なに?」


「痛くなかったでしょお?」


「うん」


「でもぉ、……痛みは忘れちゃダメなんだよぉ」


 シオンは力なく笑い、肩を寄せる。


 温かくて柔らかい感触が伝わってきた。痛みがない、というのは、体じゅうの皮が薄くなってしまったような心細さがある。こうして誰かに触れていなければ、自分と世界の境が曖昧に感じるほどだ。


 少女は本物とさしたる違いはないように見える。私は彼女の手を取った。


「なぁに〜?」


「いや、本物かどうか確かめたくて」


「それは無理だよぉ。フルダイブ型VRMMOって、考える力を少しカットしちゃうんだって。だから違和感に気づけないの」


 シオンはふにゃふにゃした顔で言った。


 おそらく錯覚のこと。例えば、ある一点だけを見ていると、周りの点が消えるという錯覚が有名だろうか。これは「人間の眼は止まっているものを全く認識できない」という性質によって引き起こされる。


 だから人間は常に眼球を小刻みに動かして周囲の情報を確かめるのだが、今の私に見えている景色は視細胞から得た情報ではない。脳に直接つながれた電極から微弱な電気信号が送られ、夢を見ているのと似た状態になっているのだ。


 その時、ふっと炎がすべて消える。


「きゃっ」


 シオンが小さな悲鳴を上げて私に抱きついた。


 VRMMO経験者とはいえ年頃の女の子らしく、男の私(外見は思春期だけど)に身を寄せて頼ってくる。私は年長者として背中をさすってやった。


 次第に落ち着いてきたと思ったら、


「上、上!」


 指を真上に向けた。


 その方を仰ぐ。


 夜空というには暗すぎる、天井というには高すぎる、そんな場所にポツリ。




『666』




 浮かんでいた。


 不吉で真っ赤なゴシック体。


 他のゲーム参加者たちも三文字を見上げて、ざわつき始める。


 目の前に何かが現れた。


 ピンクの猫、それもデフォルメされて可愛らしい。


 反射的に身体が硬直する。


 とっさに眼だけで周囲を見渡すと、私の前だけでなく全員の頭上に、ピンク猫のぬいぐるみがおどけた表情で浮かんでいた。


 ぬいぐるみから、スー、と古い録音機器を再生するときのような音が鳴る。玉音放送みたいに劣悪な音質で、間延びした、妙に高い声が聞こえてきた。


「おはキル〜。ミンナミンナ、〈キルデス・オンライン〉によおおおおおこそ!!」


 悲鳴が聞こえる。騒ぎ立てる者もいるようだ。


「ミンナミンナ静かになるまで10秒おおおお待つキル〜」


 皆が口をつぐむ。あっという間に静かになった。


「ボクはキルキルだキル〜。GM(ゲームマスター)、あるいは神キル〜」


 ピンク猫、ぬいぐるみ、キルキル。GM、神。


 私は状況を飲み込むので精一杯だった。


 ただ、一つ予想できることがある。


 それは、このキルキルと名乗る不思議ピンク猫が、そろそろ〈キルデス・オンライン〉というゲームのルールを説明するだろう、ということだ。


「キルキルが〈キルデス・オンライン〉のルールををををを説明するよおおおお」


 時々、音声がおかしくなる。


 それすら私の記憶の通り。


「〈キルデス・オンライン〉はミンナミンナ殺し合うゲェェェェム!」


 くるりと一回転。


 今までのかわいらしい顔はなく、なぜかモニターがある。


 無機質な部屋の映像だ。


「……私が映っている」


「ふぇぇ? あたしが映ってるんじゃないのぉ?」


 隣でシオンが震えた声を出した。


 どうやら見ている映像は違うらしいが、自分が映っている点は同じらしい。


「ミンナミンナ上を見るキル〜。あれは生き残っている数キル〜」


 つまり、この無限空間には666人の参加者がいる。


「これが『1』になったら〜、


 ……、


 …………、


 ……………………オメデトオオオオ!! ソイツは無罪釈放だキル〜」


 溜めに溜めて言ったセリフに耳を疑った。


 ここにいる全員、死刑囚だ。一人であろうと、無罪釈放になるのはありえない。


 どこかで「嘘だ!」と叫び声がする。


 普通はそういう反応だ。希望なんてとっくの昔に捨てたからここにいる。


「ハク!」


 シオンが抱きついてきた。


「最後の一人になれたら、出られるんだって!」


「ああ、今そう言ってたな」


 意外にも、シオンのように喜ぶ者たちがチラホラといた。


 死ぬ予定の人間に、生き残れば自由が手に入る、なんて甘言もいいとこ。


 ざわつきがどよめきになり、どよめきが騒ぎになっていく。


 キルキルは無言で私たちを眺めていた。いや、ただのモニターに映像を映しているだけではあるのだけど、あまりに不気味で参加者たちは少しずつ口数が減る。


 完全に静かになると、ちゃぷちゃぷ、と水の音だけが聞こえた。


「キルキルキル〜、ミンナミンナ静かになるまで40秒おおおおかかりました〜」


 校長先生みたいなことを言い出した。


 すると、モニターの映像が四分割され、いろんな参加者の姿が次々と映し出される。テレビをザッピングするような感じだ。


「キルキルは10秒おおおお、待つと言ったキル〜」


 確かに言っていた。


「だから10秒おおおお、につき、1人キル〜」


 ……は?


 私だけではない。シオンも、他の全員も唖然とする。次に、目の前で行われているザッピングがどういう意味かはっきりと分かった。


「キャ……!」


 シオンの口から金切り声が上がるか上がらないか、その刹那。


 私は彼女を押し倒して口を押さえた。


「んむっ!?」


「黙れッ! 頭のなかで素数を数えていろ」


 水面に彼女の髪がたゆたう。


 辺りは悲鳴、悲鳴、悲鳴。悲鳴、悲鳴、悲鳴。悲鳴、悲鳴、悲鳴。


 ザッピングされるモニターを横目で見る。


 一瞬だけ無機質な部屋にいる私の姿が映し出された。


 心臓を氷柱が貫いたような感触を覚える。


 そして、ザッピングが止まった。


 映された四人は男が三人。幸いにも私は含まれていなかった。次に女が一人。少し離れたところから「イヤァァァァッッ!」という断末魔が聞こえてきた。


 ふと、空を仰ぐ。赤い数字が『662』になっていた。


 シオンが私の手をぺちぺちとはたく。


 手を離すと深呼吸を繰り返した。


「89……。じゃなくて、ハク! 今のなんなのぉ!? 怖かったよぉ……」


「ごめん」


 彼女の手を握って起き上がらせる。


「デスゲームにはセオリーがある」


「ふぇ? な、なんでぇ……?」


「一番大きな悲鳴を上げた女が最初に死ぬんだ」


「えぇ……?」


 事態を理解できていないシオンに、私は端的に伝えることにした。


「私はこのゲームを極めた経験がある」

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