5.ダンジョン攻略と一つの出会い
俺がカラーツのダンジョンに籠り始めて一ヶ月が経過した。
現在俺はダンジョン十層に到達し、ボスモンスターであるキングスライムを討伐したところで足踏みしている。
その原因はというと――
「大丈夫と言われてもねぇ。何度も言うが冒険者ランクの低い君を一人で通すわけにはいかないんだよ」
これが足踏みしている理由である。
カラーツのダンジョンは十層までがいわばお試しダンジョンとなっている。
その範囲内にはトラップの類がなく魔物のポップも一体ずつであり、魔物が集団で襲ってくることはない。
十層を越えると落とし穴や毒針、モンスターハウス、空間転移など様々な罠が出現し、多くのビギナー冒険者を窮地へと追いやってきた。
そこで冒険者保護を掲げるアインス国の方針で十層以降はパーティーを組んだ冒険者のみ通行できるよう、十一層へ向かう階段の前に見張りの兵士を設置して通行を制限しているのである。
ちなみにソロ冒険者でもC級であれば十一層への立ち入りが許可されている。
リュウジはこの一ヶ月でランクは一つ上がりE級冒険者となっている。
F級からE級までの昇格には半年程度要するのが通例で、リュウジの一ヶ月という期間は異例の速度でであった。
その実は毎度大量に運び込まれる魔石に、もはや驚きを通り越して無の境地に至ったギルド受付のお姉さんが推薦という形でギルド長に上申し、リュウジを昇進させたのである。
(うーむ、困ったなぁ。パーティーとか面倒なんだよね、俺コミュ障だし)
俺はそんなことを考えながら九層でビッグスライムを狩る。
そしてもう一つ困ったことがある。
剣スキルが「F」のまま上がらないのだ。
倒したスライムの数は優に千を超えている。
最弱のスライムからそれこそキングスライムまで、リュウジはこの一ヶ月間ひたすらスライム討伐の依頼をこなしてきたのだった。
(まあ剣の適正がないんだろうな。魔法なんてすぐC位まで上がったから、ちょっと楽観してたな)
と、その時である。
リュウジの気配察知に冒険者とモンスターの反応が確認されたのだった。
ちなみにこの世界に気配察知という魔法は存在しない。
風魔法を極めたリュウジは大気の状態から、大まかな周辺の情報はキャッチできる。
リュウジはそれを便宜的に気配察知と名付けていたのであった。
(ビッグスライムと魔法使いの……女性かな?使っている魔法は「火」か。体がほとんど水分のスライム種には、火属性魔法は相性悪いんだよね)
アインス国では基本的にダンジョン内のことは自己責任である。
そして他の冒険者が戦っている最中は、横槍を入れないということが不文律となっていた。
気配察知の反応からするとビッグスライムと戦っている冒険者はソロのようで、使用している魔法の反応が微弱なことから初級魔法をひたすら連発していると推測される。
(この階層で初級魔法連打か――MP切れかもしれないな。ちょっと様子を見にいくか)
リュウジは風魔法を身に纏い、風神もかくやというスピードでダンジョン内を疾走するのであった。
「はぁ、はぁ、はぁ」
最短ルートを最速で辿り現着したリュウジ。
そこには頭部全体を覆う黒いローブを纏った一人の少女と、その少女と対峙する一匹のビッグスライムの姿があった。
少女は既に肩で息をしており、その姿からはMPの心許なさが見て取れた。
「えーと。一応聞くが、助けが必要か?」
「……」
無言の少女。
そして空気を読んで動きを見せずプルプルとしているビッグスライム。
場には重い空気が流れていた。
「もうMP無いでしょ。初級魔法ばかり使ってるみたいだし。魔石も山分けしなくていいから」
「……」
相変わらず無言だが、俺の言葉に心なしかちょっと怒っているようだ。
(俺、何か変なこといったか?)
客観的な事実として少女はMP切れである。
それに手助けについて肯定もしていないが否定もしていない。
(報酬も受け取るつもりはないからまあいいでしょ)
そう考えた俺は、参戦を決意するのであった。
~三十分後~
「ふう、いい仕事したぜ」
俺は額で汗をぬぐう仕草をし、剣を鞘に納める。
「……ひどい」
少女がひどく残念そうなものを見る目で俺を凝視しながらつぶやく。
それもそのはずである。
俺の剣スキルランクは最弱の「F」。
更に得物としているのは刃が潰れ、攻撃力に乏しいグローリーソードである。
そんな俺と初級魔法でありスライム種が耐性を持つ火魔法を連打する少女。
曲がりなりにも上位種であるビッグスライムとの戦いは、それはもう筆舌しがたい泥試合となったのだった。
「いや、ひどいと言えばアンタの魔法、無茶苦茶だな。独学でやるもんじゃないよ、魔法は」
そう言って俺は、如何に少女の放つ魔法が非効率で残念なものであったかを、理路整然と語り聞かせるのだった。
少女は基本的に無口なのであろう。
俺が講釈を述べる間、一言も発さずに只々立ち尽くしていた。
時折フードから垣間見える少女の目は死んだ魚のようであった。
髪は黒であり、日本の中学生が魔法使いのコスプレをしているような感じである。
ただ目は死んでいるものの顔のパーツは整っており、100人中101人は美少女と答えるであろう容姿をしていた。
しばらく黙って俺の話を聞いていた少女であったが、どうやら俺の口撃に耐え切れなくなったのだろう。
「……あなたには言われたくない」
そう言って彼女は如何に俺の放つ剣技が非効率で残念なものであったかを、理路整然と俺に語り聞かせるのだった。
お互いの口撃が終わり、二人は顔を見合わせるとニヤリと笑みを浮かべ、
「ふんっ」
「……ふん」
それぞれ反対の方向へと歩き出すのであった。