第7話 以心なでな伝心
こんにちは、理系小説書き風井明日香です。
そうなんです。私、理系なんです。それなのに小説大好きとはこれいかに。いやまあそんな人ざらにいますよね? チラチラッ。
「で、二人は何してるの?」
母さんが淡々と聞いてくる。
今の状況は、俺がソファーの上で胸を押さえてうずくまり、その前にすみれが仁王立ちで俺を見下し中。
うん、あらためて見るとやばいなこの状況。
俺は誤解されてはいけないと思い、ありのまま今起こったことを話す。
「いや、ちょっとすみれの頭を撫でていたらさ」
「全然ちょっとじゃなかったけどねー」
すぐさますみれが横から補足してくる。俺は思わず口ごもるが、事実ではあるのでそのまま説明を続ける。
「まあその、ずっと撫でてたらすみれに、撫ですぎ!って怒られた……」
「あら、そうだったの」
母さんは状況を理解したのか相づちを打つが、すみれはまだ言い足りないことがあったらしい。
「お兄ちゃんはいっつも、何も言わないとずっと撫で続けるもん! 次こんなにも撫で続けたらもう二度と撫でさせてあげないからね!」
ぐっ……! なでなでを人質に取られてしまった……! お、俺はどうすれば……。
「もう、駄目じゃない」
すみれの話を聞いた母さんがお叱りの言葉を口にする。
くそぅ、母さんもすみれの味方に行ってしまったか……。しょうがない、なでなで存続のためにも、ここは潔く反省して──
「駄目じゃない、すみれ。ちゃんと浩介が満足するまでなでなでさせてあげないと」
「本当だよ、お兄ちゃん。しっかり反省して……………え?」
ん? 今母さんなんて言った?
「ま、ママ? 今なんて言ったの…?」
すみれもうまく聞き取れなかったのか、母さんに聞き返す。
母さんは不思議そうな顔をしつつ、もう一度先程の言葉を口にする。
「だから、すみれはしっかり浩介が満足するまで、なでなでさせてあげないと駄目でしょ?」
「うえぇ!!?」
すみれは、まさか母さんが俺の味方につくとは思っていなかったのか、目が飛び出るほどの勢いで驚いている。
「昔からすみれの髪はさらさらですっごく撫で心地がいいのよね。浩介が撫でたがるのもよく分かるわ」
なんということだろう。母さんも妹なでなで教(仮)の一員だったらしい。
「か、母さん。わかってくれるのか……?」
「ええ。もちろんよ浩介……」
そう言って俺と母さんは深く頷き合う。
まさかこんなにも近くに、なでなでの素晴らしさを分かち合える同志がいたとは……! 俺は母さんと堅く握手する。今、すごく母さんと心が通じ合ってる気がする……!
「何二人で一致団結してるの! もう二人ともなでなでさせてあげないからっ!」
結局すみれは、晩御飯の時間まで機嫌を直してくれなかった。
* * *
「ふぅ~……」
温かいお湯に浸かりつつ、全身の力を抜く。
日本人なら皆そうだと思うが、俺は風呂が好きだ。お湯に浸かるだけでここまで疲れがとれるとは、本当に驚きである。俺の、心身を癒す方法ベスト3にも入るくらい、俺にとって大切な時間だ。
あ、ちなみに一位はすみれの頭をなでなですることだ。……え? 知ってた?
まあそんなこんなで風呂好きな俺は、いつものように長風呂をしつつ、今日のことを思い出していた。
「(佐倉さん、可愛かったなぁ)」
思考が完全に変態のそれだが、心の中だけなので許して頂きたい。そう、俺が変態なんじゃない。佐倉さんが可愛すぎるのがいけないんだ。
あの顔つきに、あの眼鏡……。本当にすべてが可愛い。可愛くないところを挙げるほうが難しいかもしれない。
そのまま頭の中を佐倉さんで埋め尽くしていると、脱衣場から音がした。
母さんが洗濯機でも回しに来たかなと思い、特に気にせず入浴を続ける。
すると、扉の向こうから意外な声がかかる。
「お兄ちゃん、今お風呂?」
「すみれか? どうしたの? お兄ちゃんと一緒にお風呂に入りたくなったの?」
「そんな訳ないでしょ!」
すみれが浴室の扉をバンッ!と叩きながら怒ってくる。今ので扉が開いたら面白かったかもしれない。
「冗談、冗談。何か用なの?」
「あのさ、さっき私の頭を撫でてたときのことなんだけどさ……」
「ああ、まだ怒ってたの? いや、本当にごめん。これからは節度を持ってなでなでするから、許してくれないかな?」
いつになく真剣に謝る。妹の機嫌と、なでなで存続のためだ。心からの謝罪をする。
「結局撫でるのをやめるっていう選択肢はないんだね…」
妹の呆れた声が扉の向こうからする。しょうがないね。なでなでは偉大だからね。
「まあ、そのことはもういいの。お兄ちゃんも反省してるようだし」
「そっか、ありがとう」
俺の心からの謝罪は、妹にしっかり伝わったようだ。
「私が聞きたいのは全く別の話」
なでなでの件の別の話……。なんだろうか? 特に思い当たるものがなく思考していると、妹から思いがけない質問が投げ掛けられる。
「お兄ちゃん、今日なんかいいことあった?」
……え? なんでそのことを? いや、それよりも……。
「まあ、あったと言えばあったけど、なんで分かったの? そんなに顔に出てた?」
「いや、お兄ちゃんが私の頭を長時間撫でる時って大体なんかあったときだから」
なるほど。まあ、たしかに間違ってはいない。何もない日はいつも数分しか撫でない。
「それに、今日の撫で方は、うれしいことがあったときの撫で方だったから…」
マジですか。
俺はなでなでで髪をさらさらにする超能力持ちだったが、妹はなでなでで感情を読み取る超能力を持っていたらしい。
俺は、あらためて今日起こったことを話す。
「いや実はさ、今日ある人と話す機会があったんだけど、その人が俺と全く同じ趣味だったんだよ。それですごく話が盛り上がってさ。新しく趣味の話が出来る相手と出会えたことが、結構嬉しかったんだ」
「ふ~ん、そっか」
すみれは、さして興味なさそうに応える。じゃあなんでわざわざ聞きに来たんですか、すみれさん。
「まあ、それだけ。早くお風呂あがってね」
「了解」
そう言って、すみれが脱衣場から出ていく。よし、じゃあ言われた通り早めにあがりますか。
そう思考し、浴槽から出て脱衣場の扉を開け──
「あ、そう言えばお兄ちゃ……」
ガラッ──
見事に脱衣場の二つの扉が同時に開く。ここまでピッタリだと、音が重なり、なんとも気持ちいい音になった。
「「………」」
二人して少しの間固まってしまう。そして、すみれはちらっと俺の下半身を見ると、一気に赤面する。そして──
「ばかっ!!」
バンッ!と扉を閉めて脱衣場から出ていってしまう。昔はそんなことも無かったのだが、やはりすみれも一人の女性に成長したようだ。嬉しいような悲しいような……。
そんな、虚しい父親のような気持ちになりつつ、体を拭き着替え、脱衣場をあとにする。
ちなみに、結局すみれは寝るまで機嫌を直してくれなかった。
大事なことなのでもう一度。
私も、可愛い妹の頭を存分に舐め…間違えた、舐めまわしたい。