第60話 夢の未来と観覧車
こんにちは。新米小説家、風井明日香です。
小説を書き始めてから、早一年半。なかなか成長が見られず、一人悲しみに更けていたりもしてました。
でも読者の力というのは偉大で、そんな自分でも楽しく小説を書けます。
自分が楽しく書いたもので、読んだ人が楽しんでくれる。そんなに嬉しいことはない。そう思いながら前書きを書く今の時間、更新十分前(ギリギリ)。
昼食を食べ終わり遊園地後半戦。
早めの昼食だったため午後はたくさん時間がある。この時間で目一杯遊ぶつもりだ。
午後一まず向かったのは、お化け屋敷。
これは真人の要望だった。なんでも、結構レベルが高くかなり怖いと有名なお化け屋敷なんだとか。
「なんかもう外見から怖いね……」
そう口にする愛美さん。その言葉通り、お化け屋敷の雰囲気は中に入らずとも伝わってくるほどのものだった。
二人でしばらく外観を眺めていると、後ろにいた真人が声をかけてくる。
「よし。浩介と佐倉さん、二人で先行っててくれ。俺たちは後から行くから」
「二人で先に楽しんできてちょうだい」
真人に続き長谷川さんもそう言ってくれる。
この二人は俺たちが付き合い始めてからも色々気を使ってくれている。
今回の名目はダブルデートらしいから、二人ずつ入るのが普通ではあるかもしれない。
ここは二人の言葉に甘えさせてもらおう。
「わかった。じゃあ出口で待ってる」
「おう」
二人に見送られながら愛美さんとお化け屋敷の中へと入っていく。
中は結構暗く、足元が赤い非常灯でほんのり照らされている程度だった。
少し歩いたところで、ふいに右腕が何かに包まれる。
横を見ると愛美さんが俺に体を寄せて、腕に抱きついてきていた。
「め、愛美さん?」
「ご、ごめん。私、こういうのダメなの……」
「え!? ど、どうする? 無理なら引き返しても大丈夫だよ?」
「ううん。折角松下くんと椿が気を使ってくれたんだし、頑張る」
「無理はしないでね?」
「うん」
そう言って暗闇の中で俺に笑顔を見せる愛美さん。
でもその笑顔はひきつっていた。俺がしっかりリードしないと……。
プシューッ!!!
「きゃあ!!」
気合いを入れた次の瞬間、足元の愛美さん側から大きな音と共に白い煙が噴出された。
特別怖がりなわけじゃない俺も、このときばかりは心臓が口から飛び出るかと思った。
なぜなら──
「あ、あの、愛美さん……」
「ごめん。もうちょっとだけ、おねがい……」
「う、うん」
愛美さんはさっきよりも強く俺に抱きついてきていて、何とは言わないが愛美さんのふくよかなアレが俺の腕に押し付けられている。
こ、これはまずい。あり得ないくらい心臓がバクバクしてる。
でも愛美さんの彼氏として、ここで逃げるわけにも絶対にいかないし……。
「きゃあっ!」
「───っ!」
その後も、仕掛けという仕掛けで腕を抱き締めてくる愛美さんのせいで、ある意味肝を冷やすお化け屋敷となった。
* * *
「こ、こわかったぁ……」
「そ、そうだね」
なんとか心臓が破裂せずにお化け屋敷を脱出。
正直お化け屋敷自体が怖かったかどうかはあまり覚えていない。
俺の意識はずっと愛美さんのことで一杯だった。
なかなか落ち着かない鼓動を気にしながら出口付近で待っていると、真人と長谷川さんが中から出てきた。
「あ~、怖かった怖かった~♪」
「あなたねぇ……」
真人は清々しい笑顔、長谷川さんは頬を染めながら真人を睨んでいる。
な、中で一体何があったんだろうか……。
とてつもなく気になったのだが、長谷川さんのあの様子から見るに今それを聞くのは完全に地雷だろう。
素直にやめておこう。たぶん、長谷川さんって怒らしたら怖いタイプ……。
「愛美さん、他に乗りたいものとかある?」
「ん~。浩介くんの乗りたいものに乗りたい!」
「え、いいの?」
「私ばっかりは嫌だもん。浩介くんが決めてっ」
「うーん、それじゃあ……」
それから、色々なものに乗った。
違うジェットコースターや、いきなり垂直落下するもの。
巨大な振り子のような船に、池に突っ込むコースター。
四人で本当に色々なアトラクションを満喫した。
その途中、真人と長谷川さんが別行動することなった。
「気を使わないで」と言ったのだが、そういうことではなく純粋に別行動がしたかったらしい。
二人ずつに分かれ、別行動を始めてから約一時間。
愛美さんと飲み物を買いに入った休憩所で二人を見かけた。
「あ、真人~」
「しーっ」
近づいて真人に話しかけようとしたところで、真人が人差し指を口の前に立ててきた。
思わず口をつむんで静かに近寄ると、長谷川さんが真人の肩に頭を乗せて眠っていた。
「長谷川さん、大丈夫?」
なるべく小声で真人へ問う。
真人は小さく笑いながら同じく小声で答える。
「ちょっと疲れちまったみたいでよ。お前らと別行動してから休憩所に来たんだが、ベンチに座らせて休ませてたらそのまま夢の中よ」
そう言って肩をすくめ……ようとして長谷川さんの頭があることに気付き、苦笑いだけを浮かべる。
別行動がしたかったのはそういう理由だったのか。
でもまあ、やっぱり気は使われていたみたいだ。
「俺は長谷川さんと一緒にいるから、お前らは気にせず楽しんでこうよ」
「いいの? 松下くん」
長谷川さんのことが心配な様子の愛美さんは、真人に問いかける。
「気にすんなって。長谷川さんだって佐倉さんに迷惑かけたくなくて別行動したんだし、本当に気にすんな」
「そっか……。じゃあ松下くん、椿のことよろしくね?」
「おう、まかせとけ」
親指を立ててウインクをする真人と、その肩で幸せそうに眠る長谷川さん見届け休憩所を後にする。
外に出ると、西の空が茜色に染まり始めていた。
もう少ししたら帰りのバスが出る時間になる。あと乗れるアトラクションは一つか二つくらいだろう。
「次で最後になるかもしれないけど、愛美さん乗りたいのある?」
「あれっ!」
迷わず指をさす愛美さん。その先には最初にジェットコースターから眺めていた観覧車があった。
「観覧車、最後に乗りたいと思ってたの。いい……?」
「もちろん」
「ありがと! じゃあ行こっ」
愛美さんが俺の手を引く。こちらに微笑む彼女の手を握って二人で観覧車へ向かう。
こんな積極的な愛美さんと、こうして一緒に過ごせるのが今でも夢みたいだ。
こんな日常がいつまでも続けば、それ以上に素敵なことなんてないと本気で思う。
……そう、いつまでも。
* * *
「足元に気をつけてお乗りくださいね~」
スタッフさんの指示に従って、観覧車に乗る。
観覧車に乗るのなんていつぶりだろうか。小学生の頃に両親と遊園地に行ったのが最後だったっけ。
スタッフさんが扉を閉め鍵をかけた後、愛美さんと向かい合って席に座る。
スタッフさんに見送られた後視線を戻すと、愛美さんと目が合ってお互いに笑い合う。
「えへへ。なんか、二人きりで観覧車って照れるね」
恥ずかしそうに頬をかきながら言ってくる愛美さん。
頬がいつもより赤く染まって見えるのは夕日のせいだろうか。
観覧車はゆっくりとしたスピードのまま回り、徐々に上がっていく。
決して速いスピードではないが、確実に少しずつ進んでいく。
それはまるで、俺と愛美さんの関係のよう。そんな風に思う。
出会いは入学式から一週間後。香苗先生からの頼みで図書委員のお手伝いをすることになった。
そこで愛美さんと出会い、その時から観覧車は回り始めた。
そう。今思えば、一目見たときから始まっていたのだろう。
一緒に仕事をして、お互いの共通の趣味が見つかって。
たぶん、最初に距離が近づいたのはこの時。
春咲先輩と出会って、マレラでは長谷川さんと出会って。
長谷川さんのことで相談に乗ったときには、愛美さんをもっと理解できた気がする。
一緒にお弁当を食べたりして日常的に関わるようになって、でも時にはちょっとからかわれたりして。
でも、あの事がなければ互いを意識することも少なくなっていたかもしれない。
みんなから誕生日プレゼントを貰って、四人で勉強会をして。
三人のことをもっと知れて、妹のすみれにも気の合う先輩ができた。
愛美さんとすみれと一緒に猫カフェを訪れて、テストのために二人きりの勉強会を始めたりして。
もう、この時にはアクセルを踏み始めていたのだろうか。愛美さんとの距離はぐんと近づいた。
そして、テストが終わった後──
「わあ~。きれい~!」
窓に近づき、ますます綺麗に色付く夕日を見て感嘆の声を溢す愛美さん。
その夕日に照らされる横顔を、思わずジッと見つめてしまう。
視線に気づいた愛美さんがこっちに振り向き、首をかしげる。
「どうかしたの?」
「あ、ごめん。ちょっと考え事してて」
小さく笑いながらそう返すと、愛美さんは「考え事?」ともう一度首をかしげる。
観覧車はずっと回り続ける。
やっぱりスピードはゆっくりだけど、それでも止まることはなくずっと回り続ける。
俺と愛美さんとの関係が観覧車であるなら、それがずっと続いて欲しい。
普通なら一周回ったら降りるけど、ずっとずっと回り続けてほしい。ずっと……一緒にいたい。
「愛美さん」
「ん、なあに?」
「隣、座っていい?」
「? いいよ?」
なぜ隣に座るのか。なんでわざわざ聞いたのか。
そんな疑問持っていそうな顔をしながらも、了承してくれる。
俺は言葉通り愛美さんの隣に移動し、そのまま愛美さんの手を握る。
「こ、浩介くんっ?」
いきなりの行動にちょっと混乱する愛美さん。
でも、少しするといつもみたいにギュッと握り返してくれる。
「愛美さん」
もう一度愛美さんの名前を呼ぶ。
「なあに?」
「俺、愛美さんのこと好きだ」
「ふ、ふぇっ!?」
いきなりの告白に、明らかに取り乱す愛美さん。
恥ずかしそうに頬を染めたあと口を開く。
「ど、どうしたの? いきなり……」
「ごめん。今伝えたくなって」
「そ、そうなんだ。えっと……わ、私も浩介くんのこと好きだよっ」
「ありがとう、うれしい」
「私もうれしいよっ」
言葉に出して言うのは恥ずかしい気持ちもあるけど、言わなきゃ伝わらないことだってあると思う。
俺は一つ深呼吸をはさみ話し始める。
「あのさ、愛美さん。出来れば笑わないで聞いてほしいんだけどね」
「うん?」
「えっと、高校生のくせに何言ってるんだって思うかもしれないんだけど……」
「ふふっ。そんなに勿体ぶってどうしたの?」
「いや、なんかいざ言葉にしようと思ったら上手く出てこなくて……」
「ゆっくりでいいよ? ゆっくりでいいから、しっかり聞かせて?」
「うん、ありがとう」
目をつむって、もう一度大きく深呼吸をする。
閉じた瞼の中に流れた映像は、いつか夢見た未来。俺の描く理想の幸せな未来。
目を開く。
「俺、愛美さんとずっと一緒にいたい」
「えっ?」
過去を思いだし、言葉を紡ぐ。
「愛美さんと出会ってから本当に世界が変わった。両手から溢れるくらいたくさんのものを貰った」
「そ、そんな。大袈裟だよっ」
首を振って、愛美さんを見つめる。
「大袈裟なんかじゃない。愛美さんと一緒にいれることがすごく幸せで、すごく大切なんだ」
「そ、そうなんだっ……」
俺の本音を口にする。隠し事はしないって決めた。
「だから、すごいワガママだけど。──愛美さんを手放したくない。ずっと、ずっと一緒に愛美さんの隣にいたい」
「え。それって……」
それは俺の本音、そして夢。俺は愛美さんと──
「俺は、愛美さんと結婚したい」
愛美さんと見つめ合う。
ピンク色の眼鏡のフレーム。そしてそのレンズの中にある瞳は、驚きで大きく見開いていた。
長い間見つめ合っていた。途方もない時間のように感じたのに、観覧車が動いた距離は少しだけだった。
俺がまばたきをした時だった。
愛美さんの目から、頬を伝って涙が溢れた。
「め、愛美さんっ? ご……ごめん。やっぱり今の話は忘れて──」
「違うのっ!」
視線を反らした俺に、愛美さんが声をあげる。
反射的に愛美さんの顔を見る。
そこには涙を溢しながら笑顔を咲かせる愛美さんがいた。
「愛美さん……」
「嫌だったとかそういのじゃ全然ないの。その逆。すごく嬉しい」
「じ、じゃあ……」
息を飲む。視界のすべてが愛美さんになる。
彼女は最高の笑顔で言う。
「私も浩介と結婚したい。浩介くんのお嫁さんになりたいっ!」
何かに貫かれたように胸がしめつけられる。
息をするのはとうの昔に忘れ、ただ愛美さんを見つめていた。
「俺も嬉しい、すごく嬉しいよ」
「私もっ。もう嘘みたいで……ぐすっ」
「泣かないでよ」
「だ、だって……」
涙を止まらせることの出来ない愛美さんは、目元を腫らして涙を流す。
俺は、いつかの時のように指で愛美さんの涙をぬぐう。
「前にもこんなことあったよね」
「私が浩介くんに告白した時のこと……?」
「うん。本当にあの時は嬉しかった。ありがとう、愛美さん」
「私だって浩介くんが好きだって言ってくれておかしくなっちゃうほど嬉しかったよっ」
やっぱり涙は止まらないけど、笑顔のままの愛美さん。
色々な気持ちがどんどん溢れてくる。
でも、一番伝わってほしいのは、この気持ち。
「愛美さん、好きだよ」
「私も。浩介くんのこと大好き」
愛美さんが顔を近づけて目を閉じる。
俺もそれに応えるように顔を近づける。そして目を閉じ唇を重ねる。
そのキスは深くて甘くて、とても幸せで。
この先、夢の未来が現実になる。きっとこれからも幸せを貰って貰って、貰い続けるんだと思う。
いつか、貰った幸せと同じ量を愛美さんや新たな命に返してあげられるようにしたい。
ピュアで、眼鏡っ娘な、俺の大切な恋人。
彼女を必ず幸せにする。俺の新しい目標だ。
観覧車は、一番高い所へ到着しようとしていた──。
ピュアで眼鏡な女の子は、最高です。
毎週日曜0時更新中! 次話≫7月22日




